第102話 寝台馬車とムシャムシャファインプレー

思ったよりもぐっすり寝込み、マリアローゼは馬車の揺れで目が覚めた。

目の前には、整った顔立ちのシルヴァインの笑顔がある。


「おはよう、ローゼ」

「んなっ…な…淑女の寝顔を見るなど言語道断ですわ!」


眩しい微笑を見せられて、片や寝ぼけた顔を晒してしまって、マリアローゼはぷんぷんしながら枕を兄の顔に押し付けた。

背中に柔らかい感触がして、マリアローゼが振り返ると、ミルリーリウムがにっこり微笑んで手を伸ばし、マリアローゼを後ろから抱きしめる。


「ふふ。中々ベッドに寝たまま旅をするのは新しいですわね」

「起こしてくださればよかったのに…」


可憐な唇を尖らせて不満をいう娘の髪に、口付けしてからミルリーリウムが優しく笑った。


「ゆっくり寝かせてあげたかったのですもの。さ、起きましょうか」

「はい、お母様」


起き上がって馬車の中を見回してから、いつも座っていて、今まさにベッドと化している長椅子から母と共に床へと降りた。

エイラが前の座席から立ち上がって、さささと元の椅子へと戻していく。

エイラに付いて来たルーナとノクスもそれを手伝い、簡単に食べられる朝食も用意された。


「わたくしが寝ていたせいで、アルとテースタは別の馬車に乗ったのですね?」


前の座席はベッドではなくなっていて、そこにノクスとルーナ、カンナとエイラで座っていた形である。

だからといってシルヴァインまで一緒にベッドに寝転がる必要はないと思うのだが。

兄はそ知らぬ顔で、ベッドから長椅子に戻った座席に腰掛けている。


「まあ、元々使用人枠だしね。おいで」


おいで、と言いつつシルヴァインはマリアローゼの答えなど待たずに抱き上げて膝に乗せる。

こういうところが、人を無視する行動なのだが、否定しても言いくるめられて終りそうなので、マリアローゼは諦めて、食事に出されたサンドイッチを食べ始めた。


「広場のお片づけ、大変だったのでは…?」

「んー……まあね。ただ遺体が残りすぎるのもアンデッド化する可能性もあるから、検分が済んで似顔絵を残した遺体は後続の冒険者に火葬させてるよ」


煙が立つと面倒なのではと思ったが、どちらにしろあの血が滲みこんだ土と草との惨状を見れば、襲撃があったのは確実に分かってしまうという意味では気にする程の事ではないのかもしれない。

そして意外にも画家がここでも大活躍なのである。

まさか画家当人は死人の顔を描くことになるとは思わなかっただろう。


神殿騎士の遺体はきちんと運ぶのかしら…?と


思いながらもぐもぐと咀嚼していると、察したようにシルヴァインが続ける。


「グランスの事もあるし、渓谷近くでも戦闘が起きたように偽装して、落ちた事にしようと思ってね。

偽装するまでもなく、そっちでも戦闘があったみたいだ。

既に別働隊の冒険者達が他の襲撃者の遺体を片付けていたから、それ以上捨てられなかったんだ」


「え、それは…襲撃者がもっといたという事ですの?」

「朝までこちらも気付かなかったけどね、幾分か別働隊に足止めして貰ってたみたいだよ。あと魔獣も使う気だったっていうね。

何が何でも殺したかったんだろうな」


マグノリアは大丈夫なのだろうか。

職務と信仰に忠実であるだけなのに、命を脅かされるなんて。

それなのに、巻き込んだと謝罪して頭まで下げる高潔な人物なのだ。


「魔獣が来なかったのは、きっと最近掃討戦などもあったお陰でしょうか。

あの、怪我をした冒険者さま達にも感謝せねばなりませんね」


「まあ…うーん、それもあるけどね……」


とシルヴァインは何とも歯切れの悪い返事をしてきたので、

マリアローゼはもぐもぐしながら、首をこてんと傾げた。


「ふふ……魔物寄せが……ははっ…………全部食べられるなんて思ってなかっただろうなあ…」


笑いながら、紡がれた言葉に、マリアローゼはぽとりと手にしたサンドイッチを落とした。

素晴らしい反射能力で、シルヴァインはそれを受け止める。


ロサァァァ!

あの子がもしや、全部むしゃむしゃしてしまったんですの…!


ぱくぱくと声にならずに、動かされる可愛らしい口に、シルヴァインは笑いながらサンドイッチを含ませた。


「いや、本当に予想外だったと思うぞ。

例え気付いたとしても、森の中で全部探し出す事は不可能だ」


耐え切れないように、またシルヴァインがふふっと笑いを漏らす。

まさかのファインプレーに、マリアローゼはびっくりしつつも、嬉しくなって服の上からロサを撫でた。

ただの食いしん坊なんだが、それでも助けられたのだ。

美味しそうな匂いの元をむしゃむしゃしまくっただけなのだけど。

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