第76話 消えた聖女達
通称神聖街道。
この大きなモルタリア大陸を十字に走っている街道である。
やや北方に位置するルクスリア神聖国に向かって、南のアウァリティア王国から縦に街道が延び、
東西の帝国からもまた神聖国に向かって街道が横に延びている。
古くから神聖教徒がその道を辿り、神聖国へ向かった事で道は太くなった上に舗装され、街道沿いには教徒の為の宿場町が点在していた。
その後、発展して幾つかの町は都市として大きくなっており、アウァリティア王国からルクスリア神聖国に向かう街道沿いに、各国の子女が集まる聖シリウス学園を中心とした学園都市もある。
神聖街道は商業的にも活発に利用されている為に、普通に旅をするならそこまで危なくは無い。
日の高いうちに移動して、夜は宿場町で休めば、一週間ほどの行程だ。
ただ、途中畑だけでなく山林もあり、護衛を付けずに無事に旅を出来るかといえば、確実ではない。
幾ら取り締まっても、盗賊や山賊などは存在していた。
王都や冒険者の都市レスティアの近くなら、巡回する兵士などもいるので安全は磐石だが、街道から少しでも逸れると危険度はかなり増してしまう。
街道ですら、幾つか難所と言われる場所もあり、何らかの足止めがあれば、
安全な町まで辿り着けない事もあるかもしれない。
でも、そういう場所は父の方で押さえてありそうだ。
冒険者も同道…ではないが、何組か雇うと言っていた。
神聖国でも道中でも何か調べたい事が出来た時に頼める相手がほしい。
明日お願いしてみよう…。
「お嬢様、少し宜しいでしょうか」
「どうぞ」
読んでいた本から目を上げ、ノックをして声をかけてきたエイラに入室を促す。
銀盆に載せられた手紙と紙束をエイラから差し出されて、封筒の表裏を確認するが署名は無い。
エイラを問いかけるように見ると、静かな声でエイラが囁いた。
「ヴァローナからです」
「ありがとうエイラ」
エイラは一礼して、扉の外へと出て行った。
特殊な上級使用人といえど、この時間に外部から届けに来るのは珍しい。
余程急ぎの用なのだろうか、と思いながらマリアローゼは手紙を読む。
流れるような綺麗な文字で綴られていたのは、アノス老、と彼が呼ぶ年老いた館長の言葉だ。
マリアローゼが直々に聞こうと思っていたことを、ヴァローナが肩代わりしてくれたのである。
それは今までアノスが見聞きしてきた、聖女に纏わる話だった。
「これは……」
アノスが東帝国に居た時に聞いたと言う、聖女候補の誘拐事件。
その年たまたま東帝国から候補が5人も出たのだが、その全てが聖女じゃないとされたにも関わらず、全員が行方不明となった事件で、誘拐として扱われたが誰一人生還していない。
聖女ではないので、ただの誘拐事件として片付けられている。
だが、教会からは見舞金として幾許かの金銭が、各家庭に配られたそうだ。
ノアークの年表を手繰り寄せて、聖女の在位期間を見ると、
最も長命だった聖女フィオラの名前が記されている。
彼女が存在したのは今から約150年ほど前で、丁度学園が創設されたばかりの頃だ。
聖女フィオラは元は平民だったという。
ある日突如として力が目覚めて、その時同じ位の年齢だったルクスリア神聖国の公子と結婚している。
絵に描いたようなシンデレラ・ストーリーだ。
聖女フィオラは幾つかの奇跡を行い、公子との間に子供にも恵まれ、
聖女としては長命な39歳で亡くなっている。
国主となった公子は、聖女と共に各地を巡り、公務に励み、
彼女が亡くなると後添いは娶らずに、隠居したという。
模範的なラブストーリーであり、演劇の定番な恋物語としても起用されている位だ。
その影で一体何人の見えない犠牲が払われたのだろうか。
少なくとも、5人。
表情を曇らせたマリアローゼが、読み終わった手紙をまずシルヴァインへと手渡す。
シルヴァインはヴァローナが書いたと思しき紙束に目を滑らせた。
マリアローゼはまだ読み終えていないヴァローナの手紙に、続けて視線を落とす。
当時の事件の記録は勿論本になどなっておらず、ヴァローナはわざわざ王宮の書庫にまでアノス老の話の裏付けをしに調べに行ったのだろう。
出典が当時の高官の手紙や、逗留している外交官が書きとめた日誌等である。
アノス老の語った言葉に、当時の文書の記述と出典も書き添えられていた。
そういった個人的な記録は、フィロソフィ公爵家関連なら公爵邸にも残っているが、
王宮へ送られた情報ならば王宮にしかないし、外部へは漏らされない。
多分、ヴァローナの報告で、父のジェラルドが便宜をはかったのだろう。
流石に私文書類も分類はされているものの、本の様な目録は存在していないし、編纂もされていない。
ヴァローナの手紙に記されているのは、他にも稀に神聖国に向かう聖女候補が襲われたり、時には殺される事もあったということ。
政治的な思惑が絡んでいる事もあったのだろう。
たとえ平民であっても、それなりに幸せであれば、命をかけて聖女と名乗り出る者もいない。
逆に欲や虚飾で、聖女と名乗るものもいただろう。
どちらにせよ、事件が何度も起これば自然と、名乗り出る数も減っていく。
聖女が現れ始めてからずっと、その数は減り続けているのだ。
だからこそ、200年ほど前を機に、聖女を保護する目的で騎士団を使者として迎えに行くという決まりが出来、それからはそこまで陰惨な事件は起きていない。
表向きに聖女を減らせるほど、聖女の数が多くなくなっていたからだ。
それだけに、謎の聖女候補失踪事件が異様に際立っている。
紙束をシルヴァインに渡すと、シルヴァインはそれにすぐ目を通し始めた。
シルヴァインも厳しい顔をしている。
「これは、父上に預けに行ってくるよ。今日はもう解散して休もうか」
紙束と手紙を脇に抱えながら、シルヴァインは席を立つ。
「ローゼ。俺達が絶対守るから、安心してお休み」
「ええ、信じております。おやすみなさいませ、お兄様達」
マリアローゼは素直に頷くと、兄達一人一人と挨拶と抱擁を交わして見送った。
不安が全く無い訳ではない。
父や兄や色々な人々が全力を尽くしているのだから、身を守る点については申し分ないのだ。
それよりも、人々を救い導く筈の神聖教が、一番悪い形で腐敗の度合いを深めた事に、失望と怒りが湧き上がる。
マリアローゼの願いは、家族に危険が及ばないようにする事と、皆で幸せに暮らす事だ。
その為にもある程度、手出ししようと考えない程度には牙を折っておく必要がある。
怒りに冴えた頭で、マリアローゼはその方法を考え続けた。
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