第72話 兄達は甘えん坊
いつもの長机には、キースと昨日加わったアルベルトだけでなく
ノアークと双子の兄達も座っている。
「今日は図書館でお勉強ですの?」
マリアローゼが不思議そうに問いかけると、ノアークが顔を上げた。
「…手伝っている」
そして真剣な面持ちで、また手元の表に集中して羽ペンを動かしている。
キースはマリアローゼのいつも座っていた椅子を引いて、着座を待ちながら言った。
「僕は昨日の続きをしているので、年表はノアークに任せています。
ジブリールとミカエルには、聖人についての資料を読ませているので、
マリアローゼも続きをお願いします」
キースに引かれた椅子に座って、目の前の聖女関連の蔵書に向き合いながら、マリアローゼは頷いた。
限りのある時間だから、有効に使わなくてはならない。
ただの興味だけじゃなく、マリアローゼを守る為に兄達は必死で協力してくれているのだ。
昼餉の時間も終わり、図書館へ篭る。
練兵場で訓練をすると言っていたシルヴァインは、食堂には現れず、
午後になっても図書館には来なかった。
その分ノアークがアルベルトと手分けして、シルヴァインの読んでいた本の続きを読み始め、
夕刻も間近になった頃にシルヴァインが現れた。
「悪かったな。昨日の件で色々父上に頼まれごとをしてね、訓練がずれ込んでしまったんだ」
「大丈夫ですよ。三人増えましたから、兄上の分は補足出来ていると思います」
キースの言葉に頷き返すと、ノアークや双子の頭を大きな手で撫でて行く。
「でも、心配はしておりましたのよ?朝食にも昼食にもいらっしゃらないのですもの」
「ごめんね、ローゼ」
シルヴァインは椅子ごとマリアローゼを抱きしめると、花と一緒に編みこまれている髪に口づけを落とす。
「そういう手管は、お好きな御令嬢に披露なさいませ」
マリアローゼは短い手を振り回して、シルヴァインをぺしぺし叩いて追い払った。
「今一番好きな女性はローゼだから、合ってるんじゃないかな?」
などとふざける始末で、マリアローゼはぷっくりした頬を更に膨らませた。
「もう!冗談はおやめくださいまし!」
「可愛いほっぺだなぁ」
マリアローゼの隣に座りながら頬杖をついて、シルヴァインは優しげな瞳で微笑んでいる。
本に目を向けたまま、ぷんぷんしていたマリアローゼが、ふとシルヴァインを見ると、急に怒るのを止めた。
あれ……?元気が無い……?
昨日の件と一言で済ましていたが、朝食や昼食を一緒に取らなかったという事は
余程大事な案件だったのだろう。
訓練は最後に少し寄って来ただけなのかもしれない。
いつもはもっとギラギラしている覇気が足りない気がする。
穏やかになるまでこき使われたのだろうか。
そう考えると少し可哀想になり、マリアローゼはシルヴァインに手を伸ばした。
なでなで。
柔らかにうねった金髪に、手を埋めて優しく撫でる。
「お兄様も、無理はなさらないで」
一瞬驚いたような顔をして、シルヴァインがふにゃりと笑った。
「分かった。でも、俺はローゼを守る為なら命をかけるからね」
「だめですわ。わたくしのためと仰るなら、死んではいけませんわ。絶対、許しませんから」
「我侭だなぁ」
「我侭ですの」
暫く撫でていると、腕の辺りににょきにょきと赤毛の頭が生えてきた。
「俺も」
「俺も俺も」
手伝いに来てくれた双子の兄が両側からぐりぐり頭を押し付けてくる。
「わかりました、わかりましたから」
仕方なく両手でそれぞれの頭を小さい手で一生懸命マリアローゼが撫で撫でする。
そして双子の背後にノアークが並び、背中にはキースが頭を押し付けてきた。
「分かってます。もう…ちょっとお兄様達甘えん坊すぎますわ」
暫くマリアローゼは兄達の頭を一生懸命撫で続け、
本を探しに通路を巡っていたアルベルトは、長机に戻れないまま、
羨ましいなぁと書架の影から見守っていたのであった。
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