9:潜入 逆バニーガール
黒く長い耳、細かな網の目のタイツ、胸と股間に貼り付けられたニンジンのシール。
蝶ネクタイと腕を覆うカバーにシルクの手袋……それしかなかった。
丸いモフモフの尻尾には一か所だけ丸い両面テープ。
「何これ」
「俗にいう逆バニーガールさね。健全健全」
潜入先の高級カジノで早速給仕係として着替える二人のロッカーには、選択肢はなかった。
ぽいぽいと下着も捨てて、すっぽんぽんになったアンダーテイカーがぺりぺりとシールの保護膜を剥がし、大事な所にペタペタと貼り付けあっという間に着替える。
いろんなものが際どいラインで隠されたその衣装を着てもなお、アンダーテイカーに周知の二文字は無い。
「ちゃんと昨日剃ったから見栄えも良いねぇ」
長身で巨乳、整った肢体は煽情的かつ健康的で……顔を半分隠している前髪と相まってどこかのモデルと言っても通じそうなアンダーテイカー。
「……剃った? この服予想してたって訳!?」
顔を真っ赤にして服装の見本を見せつけられたマリアは抗議の声を上げる。
「カジノだろう? バニーかトップレスに決まってるじゃないか……アンタ知らないのかい?」
「て、てて……テレビで見た時はなんかネクタイとベストとスラックスだったから」
「そりゃディーラーだねぇ、給仕の仕事はチラ見せさせて客から効率的にチップを出させるかさね……」
諦めろと視線で訴え、マリアに着替えを促したが……なかなか動かない。
仕方なくアンダーテイカーが無慈悲にマリアを真っ裸にひん剥いた。
「にゃああ!?」
「面倒くさいからつけたげるさね……意外とアンタ毛深いね」
「言うなぁぁ!」
「ほれほれ、お尻を向けるさね」
ぺしっとまん丸のお尻を平手でたたき、手際良くマリア逆バニーを完成させる。
「さ、今日が初出勤だ……客に媚びて精々稼ぎな」
「ううう……見られたくない」
「あ、これを忘れてたさね。こっち向きな」
?を浮かべるマリアのへその下に、ぺたんとタトゥーシールを張るアンダーテイカー。
自分には肩の辺りに十字架に貫かれたドクロのシール。
「何これ」
「身元バレを防ぐアイテムさ……一か月ほどでノリがはがれる玩具さね」
「……なんでお腹の下?」
「ひひひ、チップがいっぱい貰えるおまじないさね」
実に楽しそうにアンダーテイカーが笑う。
「怪しい、それにしてもアンタ……めちゃくちゃスタイル良いわね。胸もデカいしクビレはあるし……黙ってれば背も高い完璧モデルよね……髪も綺麗だし」
ふふん、と得意げにその場で回るアンダーテイカーはマリアの目から見ても別次元な程に整っていた。
「マスター様こそ小ぶりな胸に童顔だからねぇ……好事家共の受けは良さそうだ。チップは小遣いにしていいとカイからも言われているんだろう? 実にホワイトじゃないか。あたしも少し稼いでおくかね」
「アンタ、どこでお金使うのよ?」
「知らないのかい? 酒やたばこは自腹で買えとさ……税金で嗜好品は支給できない、と」
「……それは確かに。言われてみればそうだわ」
「あたしらクリミナルの要求報酬で注文もできるが……割に合わないねぇ。人肉確保が私のクリミナルとしての目的さね……手っ取り早いし質も安定するしねぇ」
大なり小なり報酬はクリミナルによって違う、アンダーテイカーの様に『食料』の確保やカイの担当クリミナルであるクラリスは『生きがい』の確保。
そのまま野放しにするといちいち警察とやり合うのが面倒、そういう理由でマリオネットマスターに従っている者が大半だ。
「コンクヴィトはなんでクリミナルを抜けたのかしら?」
「さあね、他の連中が考えている事なんて飛びぬけすぎててあたしのような凡人には想像もつかないさね」
「……アンダーテイカーが理解できないなら、私はもっと無理ね」
ふと思い出した疑問を口にするが、アンダーテイカーの返答はにべもない。
そもそもそれぞれが個性的に過ぎるので統計なんか当てにならない事ぐらいはマリアにも想像がついた。
「ひっひっひ、わかりやすく考えろよマスター様」
「何を?」
「敵は、殺して喰らえば終わりさね。考えるのは死体解剖の頭でっかち共に任せりゃいい」
「……」
アンダーテイカーからすれば、マリアは特殊そのもの。
普通のマリオネットマスターはロウブレイカーを点数か金でしか見ていない。
経緯や犯罪歴のプロファイリングなど無駄でしか無いと思われているから。
「なぜ、アイツらを調べる? なぜあたしを調べる? 別の生き物だと割り切ればもっと楽に生きられるのにねぇ」
「犯罪者だって最初から……」
マリアは優しい、それ自体はアンダーテイカーもカイもトイボックスの職員も共通認識である。
だからこそ隙が多い、詰めが甘い……なのに悪への対処は躊躇いが無さ過ぎた。
「最初から、あたしは……あたしらはと言った方が正しいか。救いなんざ欲したことは無いねぇ、生まれて死ぬまでこのまま悪党を続けるさね」
「……」
「気づいているんだろう? あたしの経歴と生い立ち、調べたんだから」
「なんで、それを」
ぐい、とアンダーテイカーが不敵な笑みを浮かべてマリアを着替え用のロッカーに押し付ける。
トン、と背中に伝わる軽い衝撃とアンダーテイカーの吐息にマリアが目を背けた。
「罪の開示、あたしらの本当の闇を開放するための条件だからね。早かれ遅かれ触れる事になる……何年この暮らしをしてると思ってるんだい?」
「はなし、て」
「安心しな。お前は嫌いだが興味はある、悪いようにはしないよ……教えておきたかっただけさ」
「?」
「悪党も、悪くないって事さ……くひっ」
アンダーテイカーの大きな口が三日月のように笑みを浮かべる。
そもそもそんなに力を込めていないアンダーテイカーの拘束をマリアは手で振り払い、冷や汗を拭った。
「どういう事!」
「深い意味はないさ、お前も反転する可能性があるって事さね……カイだって清廉潔白だと思っているのかい?」
「カイ先輩が……どうしたっていうの」
「なあに、いずれ知ることになる。あたしはその時が楽しみなだけさ」
ちょうどその時、控室のドアが叩かれる。
そのせいでマリアはアンダーテイカーへの追求が途切れてしまうが……今は仮とは言えカジノの従業員、勤めて明るく『どうぞ』とドアに向かって答えるしかなかった。
しっかりと手入れがされているドアはきしむ音一つ立てずにゆっくりと開く、そこから顔を出したのは左頬に傷跡のある褐色の肌の青年。
目元をサングラスで隠して、恵まれた体躯を上等なスーツに押し込んでいた。
「もうすぐ客が来る、準備はできたか? 今日は面倒な客が少ない……一人一人指導役をつけてあるからそいつらの指示に従え。良いな?」
「ああ、わざわざ呼びに来てくれたのかい? 高級カジノは行き届いてるねぇ」
先ほどまでマリアに向けていた重圧は何処へ行ったのやら、アンダーテイカーが胸と腰を見せつけるように揺らして男のそばへ向かう。
「なんだお前、ここが初めてじゃないのか?」
「ひっひっひ、前に酷いカジノで働かされてねぇ。こんな綺麗な所で客を取れるのはうれしい限りさ……良い子にするから。色々教えてくれるかい? たくましいお兄さん」
そう言って、アンダーテイカーは男の太ももから股間にかけて触れるか触れないかの抜群の距離感で撫で上げた。
わざとサングラスの隙間から口元が見えるように下からのぞき込み、吐息と舌なめずりを見せつける。
「い、いい心がけじゃねぇか。お前は上手くやれそうだな……」
「そうかい? お兄さんもここのカジノに詳しいんだろう? 色々教えておくれよ、あたしの身体……客だけにサービスするのはもったいないだろう?」
腕を男の脇に差し込み、太ももを見せつけながら男の耳元でアンダーテイカーが囁いた。
真っ赤になった顔を隠すかのように、男の喉がわかりやすく鳴るのを聞き届けてアンダーテイカーは時間をかけてその身を離す。
ふわりと甘ったるい香りに鼻の下を伸ばした男がサングラス越しでもわかる視線をアンダーテイカーに送っていた。
「情報には、身体で払えるわよ……」
「あ、後で……仕事が終わったら連絡先を教える。何が聞きたい?」
「上客と死角になりそうな、い・い・ば・しょ……」
「……いいぜ、それ位ならな。おい、奥のお前……今聞いた事と見た事は他の奴に話すなよ」
男はマリアへ吐き捨てるように言って、踵を返す。
にっこりとほほ笑みながらそれを送り出すアンダーテイカーにマリアの極寒の視線が刺さっていた。
「あんた、何するつもり?」
「何って情報収集の基本さね。警備の上役ならともかく下っ端相手に情報聞くなら金より女、だからあたしが来たんじゃないか」
「だ、だからって……その、あの男あんたと」
「ひっひっひ、発想がお花畑だねぇ……ま、精々頑張ってお仕事しな。客にせがまれてもゴム無しはさせない事だね」
「ごむ!?」
「……駄目そうだねこりゃあ。まあ、チップを稼ぐとするかね」
ため息一つ残してアンダーテイカーが控室を出ていく、慌ててその後を追うマリアの赤い顔はしばらく元に戻らない。
「そ、そういえば……お尻とか触られたら殴って良いの?」
「触らせてあげるんだねぇ、チップを差し込れてくれる時もあるから」
「ど、どこに差し入れるのよ」
「自分で考えなお子様じゃあるまいし……あ、お子様だった。じゃあこれつけときな」
ぱたぱたと控室に戻り、自分のロッカーから小さなウエストポーチを取り出してマリアに投げるアンダーテイカー。
おとなしくそれを腰に巻くマリアが……気づく。
「まって!? これなかったら……」
「そういうことだねぇ、ひっひっひ……」
ぼんっ!! と爆発する勢いで真っ赤になったマリアが口から何かを漂わせて放心した。
「本当に、ミスキャストじゃないかねぇ? あたしのマスター様は」
仕方なくアンダーテイカーはマリアの腕を引いてホール会場へ向かう。
すれ違う店員やディーラーが首を傾げながら目で追うのを無視して、とりあえず仕事を片付けに向かうのだった。
◆◇―――◆◇―――◆◇―――◆◇
「いやぁ、稼いだ稼いだ」
ほくほく顔で硬貨を数えるアンダーテイカーの隣でぼへらーと虚空を見つめるマリア。
硬貨はちゃんと洗ってあるので一枚づつタオルで拭きあげながら、数えていく。
「さすが金持ちが来る場所だねぇ、見なよこの硬貨……純金さね」
その硬貨をどこから出したのか見ていた、と言うか見てしまったマリアがごふっ! と吹き出した。
その様子に顔をしかめつつ、唾がつかない様に身をよじるアンダーテイカーが苦情を上げる。
「何だい、まだ恥ずかしがってるのかい。あんたはどうだったのさ」
「お、おおお」
「おー? いっぱいもらえたのかい?」
「おか、お金……貰えなかった」
それぞれ別の指導員の下で動いていたので、お互い何をしているかは伺い知れなかったが……ガラスの割れる音や金切り声が定期的に聞こえてきていたのでアンダーテイカー『は』マリアがどうだったのか何となく気づいていた。
「で、いくら弁償だい?」
「……600ドル」
「……まあ、初日にしては頑張ったさね。ほれ、これで払えるよ」
ぽん、と金貨を数枚マリアに放り投げるアンダーテイカー。
ほんの数枚程度痛くもかゆくも無い。
「ひにゃっ!?」
「なにさ、綺麗に洗ってあるよ。それで払って来るさね……下手すると下っ端の男共に身体で払わさせられるよ」
「あ、ありがと……」
一枚当たり数センチのコイン、当然だが流通しているコインではない。
ここのカジノの中だけで使える硬貨で、帰る際に換金する。
取り扱う額が多いのでこうした独自の硬貨が使われていた。
「さすがに数回満タンになったからしばらくは金には困らないねぇ」
ぽんぽんとおなかを叩きながら、何を買おうか考え始めているアンダーテイカーをマリアは恥ずかしくて見れない。
そこらかしこで横行するチップのやり取りから目を逸らして視界から外すのでやっとだったのだ、しかも数回は指導員が手渡し以外でもらう所を目の前で見てしまい叫び声まで上げる始末。
「でもまあ、あんまりにも初心で可愛いがられてたようじゃないか」
意外にも指導員のバニーガールからは好評だったようで、明日もよろしくね。と優しい言葉を貰ったマリアさん。
ちなみにアンダーテイカーは客を取られてしまうと先輩バニーガールに開始五分で放置されていた。
「う、うん……すごいのね。カジノって」
「そんな調子で大丈夫かねぇ……情報は取れたのかい?」
「じ、情報?」
「……目的、覚えてるのかね? あたしのマスター様は」
前途多難すぎるマリアの様子に、明日からの事を思うと……
「実に面白い」
笑みが止まらないアンダーテイカーさんであった。
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