7:審判(ジャッジメント)

「どうだった?」


 暗い部屋の中でキーボードの打鍵音だけが響く。

 大きなモニターのチャット欄にはいくつもの言葉が上から下へ流れていく、その隣の個別チャット欄が問いかけに反応した。


 ――思いのほか躊躇いが無い


「そうか……なら、次はお前が出ろ……そろそろ布教も再開したいんだろう?」


 キーボードを打つ手を止めて、彼は画面のチャット欄を眺める。

 そこにはいくつもの依頼と、それに対応する回答が交互に表示されていた。


 ――コンクヴィトの禊も兼ねて行こう。彼の地の穢れは見るに堪えない……救いが必要だ。


「ずいぶんと熱心で良い事だ。まあ、その為に集められた場所だからな……」


 ――ところで、彼女は相変わらず美しいか?


「ん? ああ、相変わらずだな。面会でもするか?」


 ――そんな恐れ多い事は出来ない。我が畏敬は彼女にすべて奉げている。そのままでいてくれてたのであればこれ以上の幸せは無い。


「そうか」


 カチャカチャと響くキーボードから手を放し、彼は背伸びをする。

 その画面にはマリアが先日戦った時の動画が繰り返し再生されていた。


「ずいぶんと射撃が上手いし……それにこれは」


 マウスを操作して動画の一部を拡大する。

 マリアの手に握られた拳銃が大きく画面に表示されたが……解像度が低くぼやけていた。

 それでも彼には目的の物が判別できる。


「警察の支給品の銃か……なるほど」


 ――これ以上用がなければ私は巡礼に向かうが?


「ああ、通話に応じてくれてありがとう……『ジャッジメント』君に神のご加護がありますように」


 ――神は等しく我が手にある。そんな戯言を私の前で二度は言わない方がいい……


 ぶつっ


 唐突に切られた通話に彼は微笑む。

 

「その手に神が握られている……か、思い上がりもほどほどにしないと天罰が下るかもね」


 モニターの光しかない暗い部屋で彼は手をかざす。

 その手に何を掴もうとしているのか……誰もわからない。


「ザ・ロックは救いが無いからこそ美しいのに……」


 低い笑い声が木霊する。

 ただただ暗いその声はいつまでもいつまでも響いていた。



 ◇◆―――◇◆―――◇◆―――◇◆



 昼下がりのザ・ロックは平和だった。

 いくらロウブレイカーによる犯罪が多発するとは言え、高所得者が住んでいるハイエリアと呼ばれる地域は軍が守っている。


 公園もあればおしゃれなオープンカフェも軒を連ねる貴重な安全地域だ。


 それなのにそんなのどかな日差しを享受できない者はいる。


「ひぃ……はぁ…………」


 息を切らせてマリアは膝に手をついた。

 

「なぜ俺まで付き合わされているんだ?」


 その隣では同じように息を切らせたカイが呆れたように袖で汗をぬぐっている。

 今日は非番なのでそれぞれ私服なのだが、マリアはTシャツとホットパンツと言うほぼ部屋着。

 カイは流石にしっかりとシャツの上にデニムジャケットを羽織り、茶色のスラックスを履いていた。

 

「お願いします。期間限定でしか買えない物なんです」

「さっきからそう言うが、一体何を買うのかくらい教えろ……朝一で家に押しかけてきやがって……これで碌でも無い物だったら昼食はお前持ちだからな」

「安心してください、物が手に入れば必ず昼食は奢ります……」

「そ、そうか……」


 鼻息が荒い後輩の勢いに気圧されて……カイは仕方なく今日一日を無為に使う覚悟をする。

 そんなに機会は多くないが、姉の買い物などに付き合わされるとほぼ十割の確率で丸一日潰れるのだ……どうせなんやかんやと時間がかかるんだろうと諦めた。


「まあいい、先日の出撃で手当てが入ったんだろう? 好きな物を買えばいい」

「はいっ!」

「ちなみにだが、ネームドを倒した場合3万ドル……生かしたまま捕獲すると10万ドルだ。覚えて置け」

「……3万、10万」


 女とは現金なものである。

 あれだけ大変な目に普段あっていても買い物の時にはすべてをご破算にできる何かを持っていた。


「ちなみに、元クリミナルの場合は?」

「殺害と死体の回収で初めて追加報酬、鑑定部の査定によります!」

「よろしい、仮にお前の担当のアンダーテイカーなら百万程になるかもな。しばらく遊んで暮らせる」

「……あいつ、裏切んないかしら」


 正直に言えばあまり裕福ではない暮らししか経験したことのないマリア、マリオネットマスターの基本給を見た時は絶望したものだが……先日の出動でロウブレイカーを倒したお手当てが追加で振り込まれた。

 半年分のボーナス!? と通帳を見た時叫んでしまい、その日はマリア一人で人生初のデリバリーピザと生ビールをキメる最高の夜を過ごす。


「アンダーテイカーは何を考えているのかわからん、冗談でも聞いたらそれが引き金で殺されるかもしれんからな?」

「り、了解です。それにしてもアイツ……こっちから触らなくても向こうからべたべた触ってくるんですけど……なんかいい方法あります?」

「ない、好きにさせるしかないな……来年あたりお前の骨、収監室に飾ってあるかもしれん」


 カイとしては冗談のつもりで言ったのだが、マリア的にはしっかりとありうる未来だと想像できてしまい……うええ、と呻いてかぶりを振った。


「……本気でそれは嫌です」

「まあ、冗談だ。お前は嫌われてるかもしれんが興味自体は持たれている。その内は殺されない、巧く状況を使え」

「はいぃ……」


 内容自体は物騒だが、息を整える時間の繋ぎの話くらいにはなった二人は本題に入る。


「で、ここからどう行くんだ?」

「ええと、メインストリートのちょうど真ん中位にあるアニメショップです」

「……今何と言った?」

「メインストリートのちょうど真ん中位」

「その後だ」

「アニメショップ」

「それだ……何を買うのか10秒以内で俺に、明確に、正しく、説明しろ」


 すさまじく嫌そうに顔を歪め、公開を詰問するカイにマリアは首をかしげながら答える。


「限定品のBLアニメのキャラ抱き枕です」

「……素直でよろしい、が……俺は帰る」

「そんな!! 一人一つでちゃんとカップリングにならないと可哀そうじゃないですか!?」

「今俺が現在進行形で可哀そうだとは思わないのか!?」

「なんでですか!! ただ一緒に来るだけでお昼ご飯ただになるんですよ!」

「その代わりに俺の心がすり減る未来は見えないのか!?」

「未来が見えるとか……カイ先輩、大丈夫ですか?」

「おまえ、ここでアンダーテイカーとの面談映像流されたらどう思う?」

「そんなのカイ先輩が公然わいせつ物陳列で、留置所にぶち込まれるにきまってるじゃないですか」


 そこまで見えているのになんで自分の悲哀が見えてこないのか、カイは本気でマリアの頭の中が理解できなかった。

 しかし、よく見てみればマリアの瞳がおかしい……いつもなら少しは吊り上がってる目がトロンと夢見がちな雰囲気が漂っている。


「引く気はないのか?」

「夢にまで見たサトルとカイトのペア抱き枕なんですぅぅ」

「腐ってやがる……(気づくのが)遅すぎたか」


 ちなみに、マリアがご執心のそのドラマはとてもとても緻密な構成でファンも多い……99%が女性ファンだったりする。


「あの絡みを想像するだけの毎日に、いよいよ二人を招くことができるなんで……今日はなんて日だ!!」


 明後日の方向に向かって咆哮する後輩を、カイは見捨てたかった。

 きっと、お金が手に入って今まであきらめていたものが手に入るというわかりやすい誘惑にあっさりと篭絡されたんだろうと視線を細める。


 うん、きっと自分も初任務を達成した時はあんなんだったんだろうと無理やり納得させた。


「おまえ、散財もほどほどにしないと感覚狂うからな?」

「アドバイス! 痛み入ります先輩!!」

「じゃあ、さっさと行くか……」


 諦めの境地に達したカイの背中が煤けているのとは反対に、うっきうきで小刻みに跳ねるマリアの髪がやたらとまぶしいのは気のせいではないだろう。

 通り過ぎる通行人やビジネスマンが首を傾げたりする程度には異様な二人組に見えたのだから。


「はいっ!! 待っていてねサトルとカイト! 今晩は寝かさないわよ……ぐふふ」

「……今この瞬間だけ、アンダーテイカーよりお前が怖い」

「はっ、アイツに三人で自撮り写真見せたら仕返しできるのでは???」

「アンダーテイカーにそういう趣味があるとは知らないんだが……まあ、試すなら俺の非番の日にしろ。お前の死体処理はごめんだ」

「安心してください、ちゃんと画面越しにドアップにしてやります」

「勇気があるのかないのかわからん発言だな……」


 ひたすらに平坦なカイの声音も何のその、凄まじくテンションの高いマリアの声が周囲にまき散らされる。

 そんな二人はすっかり気を抜いて行きかう人の波に交じり、歩みを再開した。

 治安の良い場所、周知されている場所だからこそほんのわずかなスキがなかったとは言わない。


 ――トンッ


 はしゃぐマリアの肩が、誰かの肩に軽く当たった。

 

「あっ、すみません……」


 はしゃいでいる自覚はあったので、マリアはその相手に素直に謝る。

 視線の先には真っ黒なカソックを着込んだ神父が居た。

 敬虔深いのか、胸元にはしっかりと十字架が下げられている。


「おや、大丈夫ですかな?」


 そんなマリアの言葉に、茶髪の神父は目を細めてマリアの心配をした。


「は、はい……」

「すみません、大丈夫ですか?」


 カイもマリアの頭を平手で叩きながら頭を下げる。

 そんな二人に神父は右手に持つ聖書を掲げながら微笑みかけた。


「何と素直でしょう、神はあなた方の謝罪を受け入れるでしょう」

「ありがとうございます」


 なんだか妙にざわつく心を無視してマリアはお礼を言って、カイと共にその場を離れる。

 その背を見えなくなるまで手を小さく振りながら、神父は見送った。


「なるほど、アレがアンダーテイカーの……マリア、神守、名前も実に良い……救済の時まで死なないでもらいたいですね」


 そのままはのんびりと人ごみに消える。

 左手を耳の裏にかけ、べりりと自らの顔の皮をはがし……つい数時間前に救済した男性の顔をゴミ箱に捨てて。


「さて、救済計画を練りますか……」


 その先の車に乗り込むまで、その貼り付けたような笑みは……変わらなかった。




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