#29 “戯神”の最後の遊戯
アグノラは苦戦を強いられていた。それもそのはず、片手を失っている状況で、2人を相手取るということはアグノラにとって難易度が高すぎたのだ
「『
「『激流瀑布戟』!」
「こっちだ!『
「読めてるよ!帝国剣術四式・改"闘纏流剣"!」
2人の連携は、己より格上の相手を追い詰めるほどまでに完璧だった。ヒットアンドアウェイなのだが、絶妙なタイミングで技をずらし、ブラフと本命どちらかわからないような、そんなものだった
(どうする!?界域顕現はもう使えない!なにか考えないと…!)「ちっ!」
考え方をしながらでも、アグノラはヘインの攻撃を躱す。だがヘインにだけに焦点を当てられない。もう1人の存在が邪魔すぎるのだ
(
アグノラの十天権は『
「もういい!ネクス姉様の仇が取れるのなら僕は死んでも───いや、死に際くらい!美しく着飾ろう!」
「!メイプル!離れろ!」
ヘインはメイプルに呼びかけ、メイプルもすぐさま反応してアグノラから距離をとる。
「"妖艶なる踊りの巫女、興味哄笑誘って、闇を返して天を照らさん"!降神!」
「なんだこの力の波動…!さっき感じた界域顕現の波動でもない…!」
そして砂塵が晴れ、中から出てきたのは羽衣を纏い、美しい踊り子の格好をしたアグノラが出てきていた。神々しさを漂わせ、幼い姿ながらも妖艶な雰囲気を身に纏っていた。
「神解『天鈿女尊』」
「お、お前…」
「ふふん、すごいでしょこの力。まあ大きすぎるから扱えきれてないけど結構この姿綺麗で動きやすいから好きなんだよね〜」
その姿を見たヘインとメイプルは唖然として、言葉が出ていなかった
「ん?そんなに唖然としてどうしたの?それとも僕の姿が綺麗すぎて見惚れちゃった?」
「女の子だったの!?」
「…え?」
その言葉を聞いて、アグノラは唖然とした。それもそのはず、いまアグノラの目の前にいる者の言葉が、予想よりも斜め上だったからだ。
「失礼な!?いままで僕のこと男だと思ってたの!?」
「当たり前だろ!確かに少し華奢と言われればそうかもしれないが、年相応と言われれば納得できる!それにお前言葉遣いが結構男っぽかったから普通は男だって思うだろ!?」
「ひっど!そんな偏見はやめてよ!僕も傷つくんだけど!?」
命をかけた戦闘の最中、もはや漫才のやりとりとしか思えないことが、その場で起こっていた。
「もう…いやでもいいよ。許してあげる。それよりもさ!」
そしてアグノラの周りに流水が現れ、それはアグノラの周りを漂い、美しい曲線を描きながら、アグノラが舞うのと呼応して流動し始めた
「雨とともに、美しく、優雅に僕と踊ろう。“春霖舞踊”。初の舞”麦雨の舞“。緩やかな雨と共に舞おう!」
そしてアグノラの周りを漂っていた水は空中へ飛び、雨となって周囲に降り始める
「舞踊…!演目に応じた攻撃か!?その手はもうお腹いっぱいだ!」
「違うよ。さっきまでは狂気の曲芸。今回は穏やかで美麗な舞だよ。雪がはらはら舞うように、雨がちろちろ降るように、邪念を払って共に踊ろう!舞って踊って、美しくこの戦いを締めようよ」
すると突然、水飛沫が周囲にぽつぽつと出現し、幻想的な空間がその場には作り出された。
「綺麗…!」
「ふふっ、綺麗でしょ?残念ながらもう僕に残された時間はこの美しさのように儚いもの。さぁ、最後の攻防の始まりだ。幻想的な空間に包まれながら、美しく、優雅に締めようよ!」
”残された時間は儚いもの”。そう、既にアグノラの身体は徐々に崩壊の道を辿っている。神解を使った時点で、その身に宿された力は身に余るもの。この幻想的な空間も、アグノラの崩壊を緩めるための延命処置に過ぎない。
「一緒に舞おうよ!この儚き踊り子と共に、最後の│戦い《遊戯》を美しく飾ろう!」
アグノラに、敵意はなかった。心にはもはや闘争心なんてものはなく、年相応の楽しもうとする気持ちだけ。憎悪や怒りなど、そういった感情は一切抱いておらず、いまのこの状況を心底楽しんでいた。
「君、ほんとに私達を殺す気あるの?」
「無いわけじゃないよ。言ったでしょ、最後の攻防だって。でも、もういいんだ。確かにキミたちのことは許せないけど、僕は『遊戯』とか『娯楽』とか、それを司ってるんだよ。だから、僕の最期の戦いくらい───“十天守護者”『戯神』の名に恥じぬよう全力で楽しまないと。ね?」
メイプルとヘインは敵意のない攻撃に戸惑っていた。当たり前だ。先程まで命を賭けたやり取りをしていた目の前の人物が、娯楽や遊戯を中心として攻撃してきているのだから。
「さぁさぁ!舞踊はまだ始まったばっかりだよ!次の舞”時雨の舞“…」
先ほどの緩やかな舞とは違う、動きに緩急があり、静と動がはっきりしている少し激しいものに移り変わった。それと同時に攻撃に転用されている水流も、激しくなっていっていた
「敵意はないとはいえ、この水流の攻撃は当たったらひとたまりもないな…!」
「そりゃ”神解“使ってるんだもの。攻撃力は今までのものとは比べものにならないよ…うっ…」
説明をしながらアグノラは舞う。だがその動きに、少しばかり鈍りが出てきていた
「あっはは、やっば、もうすぐ時間が来そうだ…崩れる前に…!参の舞“篠突きの舞”」
アグノラの舞がとても激しいものになると同時に水流の動きも活発になり攻撃は苛烈さを増していっていた
「この鋭さ…!雨は石をも穿つとは言うが、こんなにも…!ぐっ…!」
「体を液体にしてないと普通に貫かれて死んじゃうねこれ‥にしても、綺麗だなぁ…」
メイプルはこの空間と、アグノラの舞に見惚れていた。それほどまでに、アグノラの動きとこの幻想的な空間が織りなす美しさが、それを際立たせていたのだ
「さぁ、この舞も終幕だ。終の舞“春霖の舞”…この舞で最後も最後、耐え切ったらキミたちの勝ち。耐えなくても相打ちだ。」
「何言って…!お前、体が…!」
「ああ、これ?もう肉体が崩れしかけてるんだよね。強すぎる力の代償ってところかな。さぁ、そんなことは気にせずに、踊ろう?」
最後の舞は、今までの舞のどれよりも美しく、儚く、激しく、でも緩やかで、そんな、不思議な感覚になるような舞だった
「水流の動きが読みづらいな!」
「緩急つけられてるからね!軌道に気をつけて!くっ!」
ヘインとメイプルは勘づき始めていた。段々と、水流の勢いと球数が増していっていることに。
「フィナーレだ!美しく飾ろう!」
アグノラのその言葉と共に、水流の勢いと攻撃の苛烈さは、今までのどれよりも激しくなっていた
「こんなの…!ぐぁっ!」
「だいじょ…かはっ…!」
最後の攻撃で、メイプルとヘインは多大なダメージを負ってしまい、攻撃を避けるには行動が鈍ってしまっていた
「くっそ…!ここまできたのに…!」
そして2人の目の前に最後の水流が向かってきた。メイプルは目をつむり、死を覚悟したのだが…それがついぞ、メイプルたちに到達することはなかった
「おめでとう…キミたちの…勝ちだ…」
アグノラは地に伏せ、メイプルとヘインに賞賛の言葉を送った。
「はは…惜しかったな…あと少しで相打ちを狙えたんだけど…」
「…一つ聞かせてくれ、なんで俺たちのことをそこまでして殺そうとしてくるんだ?」
アグノラはわかってるだろ、といい
「キミたちがネクス姉様の仇だからだよ…まぁ、最後の
そういって、アグノラの体が崩壊していき、その場に残ったのは、サイズの小さい豪華な軍服だけが、その場には残されていたのだった
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