謝罪会見 25

 さらに攻め手の勢いを増した四人と一匹はいつのまにか前線を石階段のふもとまで押し込んでいた。


「あと一息だ! この階段を登り切るまで踏ん張れ! 」


 烏丸氏が銃を乱射しながら叫ぶ。

 その胸元の大きく開いたワインレッドのビジネススーツはところどころ破れ、そこに赤黒く血液が滲んでいた。

 ブロ子さんの援護があるとはいえ、小鬼ゴブリンたちの攻撃を全て躱せるわけもない。

 致命的な傷はないものの、多数の刀創と出血は確実に烏丸氏の体力を奪っていた。

 しかし彼女はその消耗さえ楽しむかのように鬼気迫る笑みを浮かべ、仲間たちを叱咤する。


「怯むな!敵は浮き足だっているぞ!」


「承知!ここまできたら引き返せないからね。もう前に進むしかないわよ」


 そう答えた緋雪氏も満身創痍だ。

 ざっくりと裂けた二の腕からは血が滴り、貧血のせいか顔色も白い。


「そ、その通り。こんなところでくたばる訳にはいかないわ。書きかけの禽獣人譜、最後まで仕上げなきゃ」


 汗で前髪がへばりついた額を袖で擦った七倉氏が叫ぶとナッツが低い唸り声で答える。


「皆さん、ここが踏ん張りどころです。後衛はブロ子に任せて目の前の敵に集中してください! 」


 励ましたブロ子さんは烏丸氏が捨てたPDW短機関銃をいつのまにか左小脇に抱えていた。そして三人が撃ち漏らした敵や背後から襲ってくるゴブリンを見つけると短い掃射を放って討ち取っていく。


「呆れた奴だ。貴様、銃器まで扱えたのか」


 腰の装弾ベルトから引き抜いたマガジンをグロックに押し込みながら烏丸氏が意外そうに訊く。


「ええ、サバゲーで鍛えたこの腕、今が見せどころです」


 彼女は麗しく知的な微笑みを浮かべながら、無防備になった烏丸氏に飛び込んでくる数体のゴブリンにその銃口を向ける。

 PDWの連続掃射音が数秒。

 装甲を突き通せないとはいえその衝撃圧で敵は倒れ、その前線も怯んだ。

 装填を終えた烏丸氏はそれを一瞥してから再び銃を構え、装甲の切れ目であるゴブリンどもの首を正確に撃ち抜きながらまるでモノのついでのように落ち着いた口調でブロ子さんに語りかけた。


「地上に戻ったら組織カルテルに入らないか。ちょうど護衛師団長の席が空いているんだが」


「わあッ、ほんとですか。嬉しいです! 」


 ブロ子さんの声がはしゃぐ。


「フフ、なら決まり…… 」

「でも、ごめんなさい。やっぱりやめておきます」


 右翼の劣勢を見て取ったブロ子さんは羽織ったミリタリーコートの内側を探る。そして取り出した手榴弾のピンを可憐な八重歯で齧り抜き、ノンストップで剛腕を唸らせた。その弾道は七倉氏に飛び掛かろうとしていたゴブリンの腹部を捉えて後方に弾き飛ばした。

 刹那、響き渡った爆発音が空気を震わせる。

 膝を着いた七倉氏が疲労の濃い顔に無理やり笑みを浮かべ、ブロ子さんにサムズアップを向けた。それを目にしたブロ子さんは彼女に短く親指を立てて返し、次いで油断のない視線で素早く周囲を見渡しながら言葉を継ぐ。


「私、今の生活が好きなんです。カクヨム作品を読んだり、ときどき作品を創ったり。そしてカクヨム作家さんたちと楽しく交流して……」


 ブロ子さんがPDWで敵を撃ち払った。

 命中率も貫通率も決して高くはないその掃射で的確に味方の穴を埋めていくその手腕は見事というほかはない。射撃の腕前が良いというだけではなく、状況を見極める眼力と判断力がずば抜けて優れているのだ。

 烏丸氏は無意識に、そしてめずらしくため息を漏らしてしまった。


「まあ、無理強いはしない。しかし、貴様のような人材ならいっそ腹心にしたいところだがな」

「すみません。でも千弦さんの配下になったら気軽にチズラーなんて名乗れなくなっちゃうじゃないですか。そんなの我慢できませんよ、うふふ」

「まあ、それもそうか、フフフ……」


 この絶体絶命の修羅場で笑みを交わし合う二人はまさに鬼神。

 それを横目にまた一体のゴブリンを屠った緋雪氏が黒曜石の階段をまた一段、足を進める。


「ねえ、イルカさん。あっち、なんだか楽しそうじゃない」


 石階段では土爪の召喚ができず、七倉氏は光牙の連射でなんとか敵の攻撃を防いでいた。


「いやいや、こっちもなかなか楽しいじゃないですか、緋雪さん」


 足下がふらついた七倉氏にゴブリンがサーベルを突き出し飛び込んでいく様子が緋雪氏の目にスローモーションで映る。


「イルカさん、あぶない! 」


 そして彼女の胸をその剣尖が貫こうとした矢先、犬神ナッツがゴブリンに体当たりを喰らわせる。ゴブリンは吹っ飛び、体勢を立て直したナッツは主人の前に勇猛に立ちはだかって血走った眼と唸り声で敵を威嚇した。


「助かったよ、ナッツ」


 犬神の背中を撫でた七倉氏は、けれど感じ取った感触にハッとした。目を向けるとそこにべっとりと血に塗れた指先がある。


「クッ……。ナッツ、おまえ」


 よく見ると赤茶けたその被毛のところどころに黒ずみがあった。

 おそらくはそのどれもがかなりの深手。

 七倉氏は自分の不甲斐なさにギリリと奥歯を食いしばった。


「帰ったら大好きなオヤツ、フルコースで食べていい。だからナッツ、もう少しだけがんばって」

 

 するとその返答のつもりなのか、ナッツは八又に別れた尻尾をふわりと靡かせた。

 


 つづく


 次は新たな敵が現れます。

 さあ、四人と一匹はその敵を打ち破ることができるのか。

 乞うご期待です。

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