謝罪会見 9

 一方その頃、烏丸千弦氏とその他の那智駄作引き伸ばし案件の被害者全員を乗せたアメリカ海兵隊大型輸送ヘリCH-53K、通称「キングスタリオン」は岩手県浄土ヶ浜沖を時速280キロの高速で飛行していた。


「あの、これって今、いったいどういう状況……」


 機内でようやく目を覚ましたブロ子さんが虚ろな声で呟くとそばにいた龍洋人氏がその端正な顔を彼女に近づけた。そして彼はけたたましいヘリの爆音に負けじと大声を出す。


「えっとねえ。どうやら青森県にあるバベルっていう高層タワーに向かっているみたいだよ、ブロちゃん」


 ブロ子さんは洋人の顔をやんわりと手で押し返しながら目を丸くした。

 (ちなみに亜斗里君は明日野球部の練習があるので帰りました)


「え、バベル?嘘でしょ。あそこってたしか各国の首脳でもなかなか入れてもらえないって」


「でも、本当にそうらしいわよ。私らもさっき行き先聞いたばかりで驚いてるんだけどさ」


 大きな声でそう答えたのは横並びの硬い座席の隣にいた迷彩美魔女緋雪氏(Oh!ここにも渋滞の人が)であった。まるで勇者が聖剣を抱くようにマキタの草刈機ブンブンを肩掛けにした彼女は深いため息をついてから言葉を繋げる。


「まったくどうなってんだかねー。那智さんが消えて、どこに行ったんだあって歌舞伎座の中をウロウロしてたら突然黒ずくめの人たちに囲まれてさあ。で、有無を言わさず今度はどデカいリムジンに乗せられて、そんでカクテルとか小籠包

とかイクラ丼とかいろいろ美味しいものが出てきて、いい気分になってたらいつのまにか米軍基地に着いててさあ。ねえ」


 そう云ってさらに隣に目配せをするとそこに腕組みをして座っているご主人さんが大きく渋い声で「ううむ」と唸った。


「そうそう、それでそのままリムジンがこのちょーでっかいこのヘリコプターに横付けしてさ」


 話を継ぎ穂を受け取ったのは対面の座席に陣取った七倉イルカ氏であった。端正な顔つきの小顔女性にしてはわりと野太い声でそう話した彼女はおもむろにスーツの胸ポケットからビスケットを取り出して膝に載せているナッツに与える。

 そして愛犬がそれを美味しそうにそれを食べている姿を見詰めながら、左手を機内前方に向けて言った。


「まあ、よく分かんないんだけどさ。あの烏丸って人が全部やったんだよね」


 すると少し離れたところにいた烏丸氏がおもむろに座席を立ち、通路中央に仁王立ちを決めると舐めるように一同を見回した。

 彼女はモスグリーン基調の裾足の長いミリタリーコートを着流していた。

 そしてその内側には胸元の際どいワインレッドのビジネススーツ。

 ブロンドの長い髪を後ろで束ね、そして葉巻を咥えた容姿はシャーリーズ・セロンを彷彿とさせる美形だったが、左頬をざっくりと裂く大きな古傷が華やかなその相貌の印象を一気に剣呑なものに貶めている。

 やがて烏丸氏はヘリの爆音をものともしない小気味よく通る声を張り上げた。


「同志諸君。我々はいま鐘古こよみ氏の本陣である恐山バベルに向かっているが、その目的は未だ判然としていない。もちろん個人的には那智氏の行いについては私も腹を据えかねているし、謝罪は必要不可欠だと考えている。なんとなれば彼奴あやつを拷問に掛け、なぶり殺してもなんら問題はないのだ。しかし残念ながら事はそう単純なものではなくなっているようだ。おそらくは那智氏が謝罪をしてそれで済むような軽微な事案からすでに離れてしまっている。そうでなければ深遠なる機知に富む鐘古氏がこんな大仰を起こすはずがない。きっととんでもない何かがある……が、しかし今はその理由が分からん。よってすべては到着してからのことになるが皆、せいぜい気を引き締めて事に当たって欲しいと思う。私からは以上だ。質問は受け付けん」


 そう言い放った烏丸千弦氏は素早く踵を返してもとの座席に腰を下ろした。


 

 つづく


 烏丸さん、怒らないかな。

 大丈夫かな。

 書くほどに謝罪案件が増えていく気がするのは気のせいでしょうか。


 それとブロ子さんだけでごめんなさい。

 冒頭でそうしてしまったので今更『氏』に変えるのもなあ。 

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