謝罪会見 7

 文殊菩薩。

 古今東西、喩えるならそれぐらいしか彼女に比肩できる存在はないはずだ。

 この地上の、いやこの宇宙全体を埋め尽くしたあらゆる情報と現象。

 それをそっくりそのまま取り込んだといっても過言ではない知識量とその天才的な発想力、加えて一瞬にしてすべてを従えてしまうカリスマ性により、巨万という言葉では物足りないほどの富を得た鐘古氏は女帝と呼ばれ、いまでは地球上で彼女を知らぬ者などいないと言われる。

 それゆえに行動は常に注目されており、何か少しでも動きがあれば即、世界中の株価に影響が出てしまうほどであるが、同時に稀に見る天才ゆえに常人にはとても理解が及ばない奇行に走ることがあるという。

 そのひとつにして最大の行いが三年前に前触れもなく突如宣言および施行された青森県は下北半島全域の買収であった。

 もちろんいくら女帝鐘古氏の画策とはいえ、国内に独立国家の旗揚げを認めてしまうような暴挙を黙って見過ごせるはずもなく、一時武力抗争も已むなしと鐘古陣営に対峙した陸上自衛隊には緊張が走ったが、折衝を重ねてみると彼女が行いたいのは日本三大霊場のひとつである恐山の傍らに超高層タワーを建てることとその周辺10キロ程度に立ち入り禁止区域を設けるだけであり、地域住民の居住や生活圏、収入の搾取などはせず、つまりはそこに生活する住民も企業も役所でさえもこれまでとなんの変わりもなく活動できることが判明した。それにより日本国としてはいままで通り地域内住人の居住区の安全と税金の徴収を認めるならば口出しはしないということで折り合いをつけたのだった。

 もちろん人々はその不可解な行動に首を捻るしかない。

 何のためにそんなことをする必要があるのか。

 下北半島全域の土地は鐘古氏の所有となった今、固定資産税は全て彼女の組織から支払われるわけで、住民は喜ぶが彼女には損益しか発生しないことは誰の目にも明らかである。

 つまりは結局、女帝と呼ばれるような傑人に付帯する常人にはない感性と発想をが引き起こした、いわゆる紙一重的な奇行なのだと人々はうやむやに納得するしかなかった。そして誰にも迷惑を掛けない、むしろ国家や地域住民にとっては棚ボタな恩恵を受けるだけのその酔狂な行いに反対意見を唱えるもの次第にいなくなり、ついには消え失せてしまった。

 無論、それこそが鐘古氏の思惑通りだったわけだが、その真の意図はOLD BELL Multinational Corporation(以下、OBMNC)の巨大な組織の中にあっても一部の幹部にしか明かされていないトップシークレットであり、鐘古氏の親友であるアングラ組織の絶対的首領、烏丸千弦氏にもその詳細は明かされてはいない。


「こよみ様、よろしいでしょうか」

 部屋をノックした側近がドアを開け、恭しくそう訊く。

 ちなみに堅苦しい待遇を好まない鐘古氏は側近に自分をファーストネームで呼ぶように申し付けている。なんならコヨミンとかヨミリンとか、そういう風に呼んでもらいたかったが、もちろん側近には畏れ多すぎて無理な相談だった。


「なに、コンティー」

「あ、いえ、コンティーではなく近藤です」


 言いずらそうに訂正した五十代半ばのちょっと頭の薄い側近男性に鐘古氏は口を尖らせた。


「もうあなた、明日からコンティーに改名しなさいよ」

「あの、ご勘弁を」


 真面目腐って恐縮する彼の低姿勢を目にして鐘古氏もさすがに気の毒になる。


「ふん、なによ。早く要件を言いなさい」


「はッ。先ほど松本様よりまもなく屋上ヘリポートに到着する旨、通信を受けましてございます」


「分かったわ。すぐに向かうから受け入れの準備をしなさい」


「あの、こよみ様ご自身がヘリポートまで向かわれるので?」


「そうよ、なにか問題が?」


「いえ。しかし合衆国大統領や中華民国の国家主席でさえ出迎えはされなかったので」


 近藤の言葉に鐘古氏はフッと笑った。


「そうね。考えてみればおかしな話だわ。この私がなんの取り柄もない一介の似非作家をヘリポートまで出迎えに行くなんてね」


 そして込み上げる笑声を抑えきれず、クツクツと忍び笑いを漏らしながら愛用のビジネスチェアから立ち上がったのであった。



 つづく

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