謝罪会見 4

 会見テーブルの下、その暗闇に那智が見たものは床から突き出した仄白く細い腕と手招きをする指先だった。

 一瞬、幽霊かと思ってビビったが、すぐにそうではないと分かる。

 会見時には(ていうか会見してねえだろ、おめえは)気が付かなかったがその部分の床に穴が空いているらしい。

 那智はハッとした。

 そういえばここは東京銀座、歌舞伎座。

 そうか、会見テーブルの下には切穴があったのだ。

 ※切穴……舞台の床を切り抜いた穴。普段は蓋をしてあるが、必要に応じて蓋を取り除き出入りする。幽霊の出入りや井戸として使われることが多い。


 しかし、あの手はいったい誰のものなのだろう……。


 那智は警戒した。

 もしかするとビッグシスターたちの罠かもしれない。

 けれど目線を上向かせれば緋雪氏の草刈機ブンブンがそれこそブンブンと唸りを上げているし、振り向けば犬神ナッツと七倉イルカ氏(誠に勝手ながら女装ではなく、作中では女性とします)がいまにも那智に飛び掛かろうかという姿勢で構えている。


 ええい、ままよ!


 那智は賭けに出た。

 すなわち屈伸をするように背を屈め、そのまま前のめりにダッシュして細腕の突き出た穴に飛び込んだのである。


 目測を誤って額をテーブルに強くぶつけた。

 意識がスッと薄くなり、落ちていく浮遊感があってその次の瞬間、誰かに体を受け止められる力強さを感じた。


「……大丈夫ですか」


 鈴の鳴るような可憐な声に遠退いていた意識が立ち返る。

 そしてうっすらと目を開くと眼前に見覚えのある顔があった。


「あ、あなたは、松本さん」


 そこは薄暗い空間だったがうなずく彼女の麗しき相貌が那智の目に眩しく映った。また同時に自分が彼女に抱きかかえられていることに気がつき、傲岸無知な那智もさすがに戸惑ってしまう。


「あの、降ろしてもらっても」

「いえ、このまま追っ手が来る前に逃げましょう」


 そう云って松本貴由氏は那智をお姫様抱っこしたまま、狭い通路を走り始めた。しかも、その速度たるや尋常ではない。

 とはいえ、このまま抱っこ走りされてしまうのもちょっと恥ずい。


「いや、でも重いでしょう。松本さん、なんかその……華奢だし」


 その刹那、松本氏の膝が那智の背骨を蹴り上げた。


「ぐっ、いってぇ」


「あ、ごめんなさい。でも那智さんが変なこと云うから」


 痛みをこらえて目を向けるとたまたま通り過ぎたスポットライトの光に見えた松本さんの頬が紅くなっていた。

 那智はますます恥ずかしくなり、懇願するように云った。


「いや、やっぱり降ろしてください。那智も走りますから」


 すると矢庭に松本氏の表情が引き締まった。


「いえ、そういうわけには参りません。私には任務を遂行する義務がありますので」

「任務……って」


 いつのまにか薄暗い通路を抜け出し、過ぎ去っていく景色は楽屋前の明るい廊下に変わっていた。そしてもの凄いスピードで走っているはずの彼女の足音が一切聞こえず、しかもさっきから揺れをほとんど感じないことに那智はようやく気がついた。


「松本さん、あなたいったい……」

 

 呆けた声で尋ねると松本氏はその顔に微かな笑みを浮かべた。


「いま、それを明かすことはできません。が、特殊な訓練を受けているとだけ申し上げておきましょう。それに……」


「そ、それに?」


 進む先に非常階段を示す緑色のランプが見えた。

 どこかから自分たちを探している誰かの声が響いてくる。

 そして松本氏がなんとなく言い辛そうな口調でこう明かした。


「あの……それに那智さん、あなた額が割れて血が吹き出してますからしっかり両手で押さえておいてください。血で手が滑りそうなんで」

「え、額が割れ……」


 ぎゃーッ!


 血に弱い那智は卒倒して、そのまま気を失ってしまった。


 つづく




 自分で書いておいてなんですけど、これどうやって収拾つけるんだろって思います(もはや他人事)


 そして各方面に多大なる迷惑と無礼を撒き散らしながら、そして次の曲が始まるのです。(さっき『響けユーフォニアム』観た)

 


 

 

 

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