恐山トリップ 10
那智は愕然とした。
正確にはK君の左手に目を瞠ったのである。
その上向かせた手のひらには二個のみたらし団子がまるで奇妙な生き物のようにフルフルと震えていた。
そして恐るおそる視線を上向かせると予想通りそこにはさっきよりもさらに膨らみを増したK君の頬があった。
つまり彼は二個のドーナツを半ば飲み込み下したところでその口腔に豆腐田楽を丸々一個押し込んだということであるらしかった。
那智は気の毒になった。
これではまるで赤福を口一杯に頬張るあまり鼻からお茶を逆流させてしまったミスターのようではないか。
(※知ってる人は知っている。知らない人はごめんなさい案件)
可哀想に。K君、キミはそこまで追い込まれていたんだね。
文字通り目を白黒させながら咀嚼と嚥下を繰り返し、渋滞中の甘味を整理しようと健気に奮闘しているK君に那智は憐憫の情を覚えずにはいられなかった。
しかし、だからといってそれが勝ちを譲る理由にはならない。
それどころかむしろ那智はさらに闘志を燃やした。
いいだろう、K君。
これは生死を賭した決闘だ。
どちらが助手席の座を獲るか、ここからは一騎打ちだ。
コップを置いた那智は返すその手でドーナツ二個をひっつかみ、それを手際よく一口サイズに千切り分けるとまるで蟹が餌を食べるように両手で交互に、そして一定のリズムで口の中に放り込んでいった。
見よK君、これが奥義「必殺4ビート乱れ喰い」だ。
ドラムの腕はとてもキミに及ばないが、それを応用することにかけては那智の方が長けている。
口一杯に詰め込んで頬張るよりもこちらの方がはるかに効率が良いことをキミは知らなかったのだね、ククク……。
蛮勇よりも知勇が勝る。
K君、古来よりそれが世の常なのだよ、フハハ……。
込み上げてくる厨二パッションを抑えきれない那智は残った水で小刻みにドーナツを流し込みながら腰を浮かせかけた。
「おっとここで那智くんが全ての甘味を口に入れ終えたぁ。K君の左手のみたらしに動く気配はない。そしてD君にはまだドーナツが二個残っている。那智くん、ここで大きなリードを奪ったようだぁ。さあ、立つのか、もう立つのか。ダッシュに移るには口を大きく開けて中身がないことを示さなければならないぞ。那智くん、すでに腰を浮かせているぞ。そして今にも口を開けそうだ。さあ、どうだ!」
ここに来てS君は早々に競技者からのドロップアウトを決めたようで、優雅にテーブルに両肘を着き、豆乳ソフトの下半分を食しながら古舘伊知郎ばりの口滑らかな実況を送っていた。
そしてその声に同調するように最後の水を飲み下した那智は大きく口を開けてその内腔を三人に晒した。
ジャッジメント。
「OK!!!」
弾けるように発せられたそのS君の声に那智はグッと拳を握り締めて腰を上げ、そして覚束ない足取りでかまちへと降りた。
見るとスニーカーの片方の紐が解けていた。
けれど構いはしない。
むしろ好都合とばかりに那智はそれを突っかけ、入り口に向けて走り始めた。
よろめきながら数歩進んだところでS君の声が背後に響いた。
「K君、OK!!!」
そしてドタドタと騒々しい足音が聞こえてきた。
僅差の勝負になった。
那智は走った。
走っているつもりだったが、客観的に見ればその足取りはどうやら歩くのとそうは変わらないスピードしか出ていないようだった。
売り場からは店員さんの笑声が聞こえてきた。
東北弁特有のイントネーションの「がんばれ〜」という声まであった。
ということはおそらくD君から早食い勝負のことを知らされているのだろう。
なんて恥ずかしいことをしてくれるんだ、D君。
と、内心文句を垂れながらも、那智は入り口に向けてひた走り(つもりでいた)、そしてとうとう自動ドアの前までたどり着いた。
次いで後ろからはK君へのエールが聞こえてくる。
その気配に振り向きもせず、開いたドアを抜けてついに外へと出た那智は燦々と降り注いでくる真夏の太陽光線に一瞬まぶたを伏し、それから湧き水出ずる東屋へと視線を定めて足を進めた。
つづく
ようやくここまで来ました。
あと少しで決着がつきます……たぶん。
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