恐山トリップ 4

 そこはパラダイスと呼ぶに相応しい場所だった。

 

 自動ドアを抜け、店内を見渡すと背の低い冷蔵のショーケースやちょっと屋台に似た販売台などがコの字型に並び、何人かのスタッフさんたちがその向こう側で忙しそうに立ち働いていた。

そして空調設備が店内をしっかりと心地よい涼しさに保ち、そこに食欲がそそられる甘い油物の匂いがふんわりと漂っている。


「お、やっぱこの時間に来といて正解やったな。ちょうど揚げたてのドーナツができるとこやわ。もしかして俺、天才ちゃう」


 まさにそのドーナツを揚げている最中の油跳ね防止ガラスに張り付いてそう自画自賛するD君に那智は素直に感心した。


 ドーナツを揚げる時間までチェックしていたとは恐れ入る。


 さすがD君、面目躍如!と思ったら、ガラスの横にこう書いていた。


「当店はいつでも揚げたてをお出ししています」


 ……おい、いますぐ那智の感心を返せよ。


 店内には他にも湧水亭ゆうすいていの名の通り湧水で作った豆腐や豆腐田楽、豆乳アイスクリーム、みたらし団子などが所狭しと並べられ、その品揃えときたら全部を吟味しようとするとおそらく二十分では足りないほどだと思われた。実際、他にも数人の客がいて、彼らは後ろ手を組みながらそぞろ歩きで店内を巡っている。

 そして案の定、D君とS君もその彼らと同調するように二人してのんびりとショーケースを渡っていた。

 そのまるで夜店見物でもしているかのような優雅な風情が目にも眩しく映ったものだ。


 が、しかし我々(奴隷二人)にそんな余裕があるはずもなかった。


 今、俺たちに必要なのは食い物よりも休息である。


 那智が敗残兵の心情と面持ちであたりに視線を巡らせると店奥の影にあるではないか。


 炭板張りのかまちと座敷様イートインスペース。


 那智が素早く同志K君に目配せをしてその存在を伝えると、彼も奥歯を噛み締めるようにうなずき覚束ない足取りを進め始めた。

 その背中に場所取りを頼むと声を掛けると彼は右手をフラフラと上げて了承した。

 そして那智はといえばこれも忘れてはならじとたまたま近くをうろついていたS君に「奴隷の身分で大変申し訳ないのだが、二人分のドーナツを買ってきてはもらえないだろうか」とお願いした。

 するとS君は自慢のサラサラヘアを掻き上げ、その醤油顔に微笑みを浮かべると


「いいよ、二人分だね」


 と快く了承してくれたのだった。


 おお、S君。キミは見てくれだけじゃなく性格も素晴らしいよ。


 などと内心で感嘆の声を漏らした那智は、そのときはまだこれから起こる不可解な事件など知る由もなかったのである。


 つづく


 スミマセン。

 なかなか事件が勃発しません。

 長くてすみませ〜ん

 

 

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