第3話 まさか、大半が私物とは。
それからしばらくして・・・
「荷物はこれで全部ですか?」
「ええ、何一つ残ってませんので全部です」
「そ、想定よりも少ないですね・・・」
「まぁ、同居人が荷物を持ち帰りましたから」
「同居人?」
「いえ、こちらの話です」
親父が手配したという引っ越し業者が荷物を受け取りに来たのだが、予想外に少ない荷物量に呆気にとられてしまっていた。
「二トントラックが無駄になりましたね」
「物量で言うと、軽トラでも十分過ぎる量ですよね、先日お伺いした時と違って、ですが」
どうも俺が居ない間に見積もりに来ていたようだが、その持ち主こと
それもこれも
「新しい住居へは本日中に届けますね」
「分かりました、よろしくお願いします」
元々、家賃と水道光熱費、食費以外は余計な物を買う真似はしていなかった俺と親父。
狭いボロアパートともあって、何れ出ていく前提だった事も要因だろう。それであっても十三年もの間、住んでいたのだから愛着が無いとは言い切れないのが、俺の本音だったりする。
すると俺の背後から甲高い声が響いた。
「本当にスッキリしたよね〜」
玄関から家の中へと入ってきて、振り返る俺と目が合った朱音。本日は休日ともあってか服装がラフそのものだ。黒い長袖シャツと黒いスキニーパンツ、腰には灰色のパーカーを巻いていた。銀細工なネックレスや指輪をはめて、如何にも遊んでいそうな印象を持たせてくれる。
普段のキッチリしたブレザー姿を見慣れている分、その落差に呆気に取られてしまった。
「ああ、朱音も来たのか」
「俺が来ちゃ悪いの?」
ただまぁ、左手の薬指だけは何も付けていない事が一番の謎だったが。
「いんや。どうせ、新居に移って直ぐに勉強を見ないといけないからな。いつものルーティンとして諦めてる」
「そこは喜ぼうよ? 奇麗な住居かもしれないしさ」
「そうだといいけどな」
俺自身どういう建物なのか知らないのだ。
引っ越し先は俺の通う公立高校とは真反対の都心部に存在する。そこから電車とバスを乗り継いで毎日通学しないといけないのは時間の無駄に思えてならないが致し方ない話でもある。
同じように都市部から通学しているクラスメイトも居るから、俺に出来ない事は無いしな。
問題があるとすれば朱音への家庭教師だけだろう。送迎が駅前までになるうえに終電という代物が存在しているのだ。そこを想定しておかないと詰むのは俺だけではなくなるのだ。
そう、悩みながら先々を思案していると・・・
「あ、そうそう。俺も今の家から出るんで、一緒について行っていい? 何なら一緒に住んでいい?」
朱音が俺に抱きつきながら笑顔で宣った。
余りの一言に俺の表情は抜け落ちたかもしれない。
「は? どういう事だよ?」
「父さんと喧嘩しちゃった!」
「え? け、喧嘩って?」
おじさんと喧嘩?
あんなに仲が良かった親子が喧嘩?
一体全体、何が起きているのか。
俺の疑問の表情を見つめる朱音。
その返答は直ぐに出てきた。
「いや、父さんも再婚するって言ってきてね、相手を聞けばババアじゃない。俺もショタコンなババアに寝込みを襲われたくないからね〜」
「ババア? いや、おじさんは幼い見た目に反して、結構年とっているだろ? 年齢的には問題ないと思うぞ?」
「そうなんだけどねぇ。身の危険を感じたから、母さんの元に行くって言ったら・・・」
「ああ、それで大喧嘩と」
俺も詳しくは知らないが、おじさんと前妻との仲がすこぶる悪い事だけは知っていたので、その名が出た事で、荒れに荒れた事が容易に想像出来た。
朱音は俺の背中に抱きついたまま呟いた。
「そういうこと。それなら親権をあいつにくれてやるって言われて、あれよあれよという間に旧姓に戻っちゃったってわけよ」
ただ、溜息交じりの苦笑気味な口調はどこか憑き物が落ちたような不可思議なものだった。
「まぁこれで無知な妹から守れるのなら本望かなって」
「え? 妹? お前、妹が居たの?」
「居るよ。血と細胞を分けた大切な妹がね」
「ち、血は分かるが、細胞?」
「うん、細胞」
これはどういう意味なのか?
後に、その事実を知った時の俺は、開いた口が塞がらなかったのは、言うまでもない。
§
朱音と共にバスと電車を乗り継いで最寄り駅まで到着した。朱音自身は財布以外の荷物を持っておらず、着の身着のままの姿だった。
それこそ制服やら何やらはどうしたのだろうか? 先んじて輸送しているとさえ思える。
「あ、あの子の服、可愛い!」
「ナンパすんなよ〜」
「しないよ!」
道行く女性達が何度も振り返る容姿。
隣を歩く俺が空気とでもいうような、な。
「というか
「ないない。それだけは断じてない」
「そう? 自信持ってもいいと思うけどな」
「優れた者に言われても」
「優れた者? それって俺?」
「お前以外に誰が居るよ」
「俺以外・・・それはどういう意味で?」
「どういうとは?」
「う〜ん、可愛いとか、美人だとか」
「なんでその単語をチョイスするんだ?」
「・・・」
直後、自身の発した言葉に違和感を覚えたのかブツブツと呟いたのち沈黙した朱音だった。
「いや、だって、ねぇ、岳に一番言われたい、言葉だし・・・」
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