第343話 無理だと解っている

「ねぇ、イシュド。少しだけ体を動かしても良いかな」


昼食を食べ終えた後、ガルフはイシュドにそう尋ねた。


「ふふ、良いんじゃねぇの。でも、どうせなら普段手合せ出来ない人たちに相手してもらったらどうだ」


イシュドが口にした普段手合せ出来ない人たちというのは、当然フランガルたちの事。


「むっ……ここでか?」


フランガルたちとしては、頼まれれば相手をするつもりではあった。

バトレア王国の金の卵たちの実力を知っておきたいという思いもあり、全然ウェルカムなのだが……場所が場所である。


現在イシュドたちは街中にいるのではなく、道中からされた林の中。


護衛者が付く状況を考えれば、まずここで模擬戦などを行うべきではない。


「大丈夫っすよ。逆に今回は俺らがそっち側に回っておくし、ほら……色々と大丈夫じゃないっすか」


「…………」


「それに、俺らがギルドの訓練場とかに行くと、それはそれで面倒が起きるんすよ」


「ふむ……経験談、なのか?」


「経験談っすね」


当時の件を思い出し、ガルフとフィリップ、ミシェラとイブキはぎこちなく頷いた。


「……解った。では、少しだけ模擬戦の相手をしよう」


フランガルが承諾したことで、他の護衛者たちもやれやれ、といった表情を浮かべながらもガルフたちの食後の運動相手をすることになった。


(気付いていたか……いや、学園長とやり取りをしていたのを考えると、知っていたという方が正しいのか? だが……随分と、確信を持っていたな)


アンジェーロ学園の学園長が派遣した嫉妬に狂ったクソ野郎たちからダイヤモンドの原石たちを守るために派遣した護衛者は、フランガルたちだけではない。


表の護衛者たちは彼等であり、また別に陰からガルフたちを守る者たちもいる。


だが、影は影。

相手が……一応護衛対象であろうとも、気配を悟らせないのがプロ。


(……本当に気付いていたのであれば、恐ろしいのはやはり戦闘力だけではないということだな)


影の護衛者たちの中に知人がいるフランガルは、その知人の隠遁、隠行力の高さを身を持って知っている。


フランガルは盗賊やモンスターの討伐する仕事だけではなく、御要人の護衛任務を受けることもある。

故に、要人を狙う攻撃に反応して守る技術だけではなく、狙われていることに気付く感知力も必要になる。


そんなフランガルも気付けない存在を……イシュドは本当になんとなく…………簡単に言ってしまうと、野性の勘で気付いていた。


「すぅーーー、はぁーーーー……よろしくお願いします」


「あぁ、こちらこそよろしく」


フランガルは盾は持たず、ロングソードのみで対応。

その対応に、ガルフは不満など無く……ゴブリンとウルフ系モンスターの討伐に向けて少しでも感覚が鈍らないよう、全力で模擬戦に取り組む。


「っ!!! シッ!!」


(…………うむ。思っていた以上に、基礎は出来ているな)


アンジェーロ学園側としては、客はイシュドだけではない。


なので、フランガルたちはイシュドだけではなく、他のフラベルト学園の学生たちの情報もある程度伝えられていた。


だからこそ、フランガルはガルフが平民出身の珍しい学生であることを知っている。

フランガルと歳が近い者で、騎士団に所属はしていないものの、冒険者として活動する平民の聖騎士を知っており……その実力もある程度知っているからこそ、平民だからといってあからさまに見下すことはない。


だが、まだ学園に入学して一年も経っていない。


入学出来たことを考えれば、ある程度の戦闘力を有していることは想像つくが、それでも基礎的な型はあまり出来ていないのではと予想していた。


しかし、いざ手合せをしてみると、フランガルの予想以上に基礎的な動きが出来上がっていた。


(元々良い師がいたか、それとも………………学園で良き教師に巡り合えたか)


イシュドと出会ったからという要素も一瞬思い付くも、フランガルの人生経験から、イシュドという戦士はあまり基礎的な動きを重要視するタイプには思えなかった。


「ふっ! はっ!!」


「ぐっ!! っ! ッ、せやッ!!!!」


模擬戦ということもあり、フランガルからも攻撃を行うが、攻めだけではなく防御や回避の技術も悪くないと感じた。


(当然だけど、強い……でも、まだまだ!!!!!)


自分たちの護衛を務めてくれる者が、自分より弱い訳がない。

そんな当たり前を裏切ることはなく、フランガルたちは当然の様に強く、既に身体強化を使い始めたガルフに対し、フランガルたちは素の状態で模擬戦を続けていた。


それは当たり前過ぎる光景であり……だからこそ、ガルフはただただ前だけを向き、今度は闘気を纏い始めた。


「むっ……」


ガルフが闘気を使い始めると、ほんの少しだけフランガルの平静を保たれていた表情が崩れた。


(話には聞いていたが、本当に闘気を使えるのか…………武器にまで纏わず、体だけに纏っている。加えて、必要な分だけを纏えているのだろう……発言したのは、約半年前からと聞いていたが…………違うな。血の滲む鍛錬があってこその結果か)


今回護衛者たちリーダーを務めるフランガルは、戦闘者たち全体を見れば才がある者であり、学生時代……騎士として、聖騎士として活動を始めてからも彼を天才と評する者はいた。


だが、そんな彼であっても闘気を会得出来ない。


これまた聖騎士ではない知人に扱える者がいるため、多少の知識は有している。

魔力と同じく、扱えるようになったからといって、直ぐに自由自在に扱えるものではない。


しかし、フランガルから見て、ガルフはある程度闘気を無駄なく扱えている様に思える。


(……少しだけ、確認させてもらおうか)


素の状態で一気にギアを上げ、ガルフに回避か防御の選択を強制的に迫る。

よっぽどの馬鹿でなければ、タイミング的に相殺は無理だと解る。

回避にしても……成功しても、そこからの対応が難しい。

なので、最適解の対応は間違いなく防御。


「っ!!!!!! ……ふぅーーーー」


(あれが、護身剛気か)


ガルフは見事最適解の行動を取り、ほんの少しの間だけ護身剛気を纏い、最小限の衝撃でやり過ごした。


(…………本来であれば声を掛けたいところだが、多くの意味で無理だな)


諦めるには本当に惜しいなと思いつつ、数十秒後にフランガルは模擬戦を終わらせた。

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