第298話 少しずつではあるが……
使わなければ意味がない。
埃を被らせて放置しておく方が、よっぽどよろしくない。
加えて……そもそも、エリクサーを手に入れたのはイシュドであるため、自分たちがどうこう口を出すのは、お門違いというもの。
そんなイシュド本人の考えに、悪い意味で貴族寄りの思考に染まり切っていないヨセフたちは……一応、頭の中では理解出来ていた。
ただ、やはり理解と納得は別であった。
「…………」
「ふっふっふ。まだ、何か言いたげな顔してんな、ヨセフ」
「ッ、いや……そういう、訳では」
「別に良いんだよ。俺と違う考えがあるってことは、俺も解ってる。俺としては、相手も相手でそれを理解して、バカみたいに喚き散らさないでくれたら、ぶっちゃけそれで良い」
喚き散らすのであればぶん殴って無理矢理黙らせるだけではあるが、イシュドはカラティール神聖国に喧嘩をしに来たわけではなかった。
「まっ、俺としてはさっきの神頼みは良くねぇって話と同じで、あんまクソ万能薬があるからって油断して戦ってれば、それこそ万能薬でも取り返しのつかねぇダメージを負って死んだら意味がねぇだろ」
「イシュドらしい考えだな」
変に頼る物があれば、油断に繋がる。
まさに戦場に身を置く戦士……あるいは、武士の様な考え方である。
「…………なぁ、ステラ。今イシュド君が言ってくれた考えを、他の学生に伝えたら、どうなると思う?」
「……強くなる為に、何かを守る為に上を目指す生徒たちにとっては、良い意味で響くかと。ただ……そうではない学生たちからすれば、あまりよろしくない反応を見せるかと」
神に、万能薬に頼るのは良くない。
本物の強者であると本能が認識する人物がそれを言葉にすると、改めてその通りだなと思わされる。
ただ、悪い意味で神を心の拠り所にしている者たちからすれば、有難迷惑を越えた発言に聞こえてしまう。
「なっはっは!!!!! こっちはこっちで難儀してるみたいだな」
「うちはあれだもんな~。イシュドが激闘祭のエキシビションマッチでバカやべぇ戦いっぷりを披露したのもあって、割と意識が変わってる? 感じがあるもんな」
「ですわね。ディムナが通っているサンバル学園でも、その様な変化があるようですし」
蛮族……と聞けば、野蛮だの礼儀知らずといった印象が浮かぶ。
しかし、その言葉からは……一応、強さも感じ取ることが出来る。
普通の人間が持たない、何かしらの力を持つ存在。
そこに加えて、イシュドは三次職に転職している怪物。
ただ、エキシビションマッチでの戦いを観た学生たちにとっては、イシュドが三次職に転職していることなど、どうでも良かった。
何故なら……高等部の一年生が、同じ高等部の一年トップと二年トップ、三年トップを纏めて相手にし、得物を使わずスキルも使わずに圧勝した。
それが目の前で起こった現実。
その強さを生で観た結果……少なからず、変化が起こり始めていた。
「ふ~~ん? そうだったんか」
「あなたねぇ……本当に興味がないことには興味がないのですね」
「おう。基本的に、学園内にはお前ら以外に興味がある連中はいねぇからな」
「…………」
お前ら以外に興味を持つ奴らはいない。
それは、一種の殺し文句。
ガルフは頬が緩み、フィリップは天然スケコマシ野郎と言いながらも、小さな笑みを浮かべていた。
イブキたちも似た様な表情をしており。ミシェラも今しがたイシュドが口にした言葉が褒め言葉ではあると解っていたため、なんとも言えない顔になってしまった。
「……うちもイシュド君を相手にしてもらって、似た様なことをやってみるか?」
「あっはっは!!! 良いんじゃないっすか? なら、うちも参加しますよ」
非常に面白そうだと笑いながら、レオナは本当に戦るなら自分も参加すると口にした。
「レオナさんと同じく……大勢の意識が良い方向に変わるのであれば、僕も参加します」
エリヴェラは……二次職で聖騎士に転職した自分が、そう簡単に負けてはならない存在であることは認識している。
先日、イシュドを相手に、本気で戦い……負けてしまった。
その後のイブキとの戦いでも勝利はしたものの、ギリギリの勝利であり、負けてもおかしくなかった。
先程まで行っていた模擬戦では、イシュドに挑めば全敗だった。
それらの情報は、基本的に外部に漏れることはない。
それでも大勢の意識を変える為にイシュド戦えば、明確に敗北という形を晒すことになる。
(色々言われるだろうけど、それでも……一度乗り越えた壁。また乗り越えれば良いだけの話だ)
誹謗中傷をぶつけられることは、聖騎士になる前から多少あり……聖騎士の職に就いてからもあった。
エリヴェラはそれらの無責任な刃を受けながらも、乗り越えて黙らせてきた。
その壁をもう一度越えることは、今のエリヴェラには難しいことではなかった。
「ステラはどうだい?」
「…………………勿論、学園長たちに判断を仰ぐ問題ではありますけど、私は反対です」
「ふ~~ん? なんだか、ステラにしては珍しく及び腰ね」
からかい、バカにしているつもりはない。
ただ、本当に同級生で親友でもあるレオナからすれば、珍しい光景だった。
「かもしれないね」
「……何か、ステラ的な考えがあるんでしょ」
「別にそんな大袈裟な考えじゃないよ。ただ、本当に私たちが大勢の前でイシュドと戦うだけで、良い方向に意識が変わるのかなって…………多分だけど、それぞれの意識に根付いた信仰の形、思いっていうのは……それだけで変えられるほど、浅くない」
幻想を現実が踏み砕いたところで、それでも尚幻想に縋ろうと、自分の都合の良いことだけしか考えられない……それほどまでに、根深く染みついてしまっている。
だからこそ、意識改革という意味でイシュドと何かしらのデモンストレーションを行うことは、ただアンジェーロ学園のイメージダウンに、反感を買うだけで終わってしまうのではないかと予想したステラ。
「あぁ~~~……そう、だな~~。まっ、第一上が許すかなんて解らないし……悪いね、イシュド君。今の話は忘れてくれ」
クルトは苦笑いを浮かべなら、そう伝えるしかなかった。
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