第206話 ノット・オブ・ノット、クズ・オブ・クズ

「他にも、トレーニング面や……ここ最近の出来事で言えば、鬼竜・尖との戦いですわね」


「あぁ、あれですね。正直、イシュドに知らない事はないのではと思いましたね」


フレアたちも、鬼竜・尖という超特殊なモンスターとミシェラたちが戦ったという話は、本人達から聞いていた。


しかし、詳しい詳細までは聞いていなかった。


「あの男、あの見た目で学者なのかと、本当に疑いましたわ」


二人に詳細を終え、そう零したミシェラの言葉に、フレアとヘレナは直ぐに頷いた。


「それは……本当に、イシュドが言ったの?」


「えぇ、本当よ。正直、なんでそこまで知ってるのか、他の事に関しても諸々とツッコミたいところだけど……どうせあの男が答えてくれる筈もないですわ」


「イシュドも隠すところは隠しますからね」


イブキとしても気になるところではあるが、あまりイシュドが困るような事はしたくなかった。


「理性と本能が揃っている、調和している戦士……狂戦士、と言ったところでしょうか」


調和、という言葉があまりにも似合わず、思わず紅茶を吹き出しそうになるミシェラ。


ただ……これまでイシュドが自分たちに見せてきた姿、言動、行動を振り返ると、フレアの言葉を…………なんとか飲み込むことが出来た。


「……そう、ですわね。あの男にそんな言葉が相応しいとは到底思えませんが………………あの力と、知識力や思考力? それらを持ち合わせているとなると、確かに調和していると言えるかもしれませんね」


「イシュドは技術力に理解がない訳ではありませんからね。でなければ私と刀でミシェラと双剣で渡り合うことは無理でしょう」


「………………」


理性と野性が調和していると言える稀有な人物だからこそ、専門分野ではない武器である双剣を使っても、自分と対等以上に渡り合うことが出来る。


そう思えば少しはイシュドに対する怒りが収まる……かと思ったが、全くもってそんなことはなかった。


(……やはり、今すぐにでもぶった斬りたいですわ)


非常に悔しいと思いつつも、イシュドという人間と出会ってから、自分の実力が大幅に伸びた……それに関してはミシェラも認めていた。


認めなければ、さすがにイシュドに対して失礼だと思える気持ちは残っていた。


ただ、イシュドはこれまでミシェラが出会ってきた男の中でも、フィリップを越えるノット・オブ・ノット紳士。

厭らしい下心を持つ男たちとも出会ったことはあれど、全員ミシェラが侯爵家の娘ということもあり、表面上は体裁を整えていた。


その奥が透けて見えないミシェラではないが、それはそれでこれはこれ。

貴族とは、なるべく自分の腹の内を見せない様にする生き物。


それを理解してからは、同じ貴族たちのそういった仮面、厭らしい下世話な心などを隠して話す者たちに対し……気持ち悪いと思いはするが、一定の理解はあった。


しかし……イシュドという男は、腐れ縁であるフィリップ以上に体裁に気を付かないクソ・オブ・クソ紳士。


「ふふ、納得のいかないって顔ですね、ミシェラ」


「仕方ないでしょう。あの男が今間まで私にしてきた仕打ちを考えれば…………はぁ~~~~~」


女子会中にため息を吐くのはあまりよろしくない。

そんな事を侯爵家の令嬢であるミシェラが知らない訳がない。

なんせ、今日の女子会には公爵家の令嬢……ではなく、他国ではあるものの、王女が参加している。


そんな場でため息を吐けば、あなたと居てもつまらないと思っている……と捉えられてもおかしくない。


だが、出会った時からデカパイと呼ばれ続けているミシェラの気持ちを考えれば、誰の前であろうともため息を吐いてしまう気持ちは解っていたフレア。


「……しかし、見方を考えればイシュドはイシュドで他の人たちとは違う意識をミシェラに対して持っていると思えませんか」


「どういうことですの?」


「その、確かによろしくはない名ではあると思うけど、私たちの中であだ名で呼ばれているのはミシェラだけだと思ったの」


「あだ名……あだ名………………であれば、まだ金髪縦ロールの方が我慢できますわ」


縦ロールはミシェラの自信を持てる髪型でもあるため、それをあだ名として呼ばれるのであれば……まだ構わない。


しかし、万乳引力によって、野郎たちの視線を引き寄せてしまう胸に関しては……少々思うところがあった。


「そういえば、確かにイシュドはガルフやフィリップ、アドレアス様のことをあだ名とかで読んだりしてないわね」


「他校の生徒たちとも多少関りがありますが、その生徒たちも基本的に名前で呼んでいるんです」


ディムナ、ダスティンパイセン。

同じ学園で言えば、クリスティールパイセン……あだ名とは少し違う? インテリメガネパイセン。


それらの呼び方を考えると、確かにミシェラはある意味特別? と捉えられるかもしれない。


「あの男のことですわ。どうせ一度そう呼び始めたのだから、そのままで良いやと思考を放棄してるのですわ」


大・正・解。


女子会ということもあり、呼び名一つで割と盛り上がってはいるが、イシュドはそこまで深く考えてミシェラのデカパイ呼びを続けている訳ではなかった。


「…………では、ミシェラさんは、本当にイシュドさんに対してそういった考えは持ち合わせてないのですね」


「えぇ、勿論ですわ……私情としては、いつか絶対にぶった斬る。未来の騎士候補としては挑み甲斐のある男だとは思っていますが、それ以下でもそれ以上でもありませんわ」


「……イブキさんは、どうでしょうか」


「私ですか? 私は……………………まだ、良く解っていません」


言葉と言葉の間、そして「まだ、良く解っていません」という言葉から、もうそういう事なのではないか? と思ってしまった女子三人。


「イブキ…………あれはノット・オブ・ノット紳士、クズ・オブ・クズ紳士ですのよ?」


本気で心配そうな声でそう伝えるミシェラ。


「デリカシーがない事は私も解っていますよ。ただ、根が腐っている者たちと比べると、そこは些細な問題の様に思えて」


イブキが思い出すは、レグラ家で共に訓練や実戦を積み重ねていた時……共に既に人のいない厨房に向かい、イシュドが夜食を作ってくれた光景。


そこがイブキにとってイシュドとの思い出とも呼べる内容だった。

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