第183話 会得前であれば?

「これと同じ料理おかわりください」


「か、かしこまりました!!!」


街に戻って来たイシュドたちはまず……一応、冒険者ギルドへ向かい、噂の個体……鬼竜・尖を討伐したと報告。


当然ながら、イシュド・レグラ……レグラ家という存在を知っていたとしても、そう簡単に信じて貰えないことは解っていた為、イシュドはモンスターの解体に使われる倉庫で鬼竜・尖の死体を見せた。


「ぜ、是非ともこちらの死体を買い取らせてください!!!!」


「ごめんなさい。無理です」


美人な受付嬢からの頼みに対し、イシュドは神速の速さで断った。

埋葬したい……といった気持ちは特にない。

ただ売るなら基本的に自分が在籍している学園の関係者と決めている。


受付嬢たちとしても、出せるだけの買取金額を提示したが、特に懐事情に困っていないイシュドには無駄な交渉だった。


そして直ぐに酒場へと向かい、祝勝会という名の宴会が始まった。


「イシュド……あなた、食べ過ぎではなくて?  後で後悔しますわよ」


かつて、対価としてイシュドが店で食べる全料金を支払ったことがあるミシェラ。


イシュドがどれだけ食べれるのかを知っており、今のペースのまま食べ続ければ……その時以上の量を食べることになる。


「あんだけ心の底から燃え上がる戦いが出来たんだ。その分、体力が消費するもんだ」


時間にして五分もなく、戦闘時間で言えばガルフたちが鬼竜・尖と戦っていた時間の方が長い。


ただ、イシュドは鬼竜・尖とソロで戦い、しかも終始手足が止まらない格闘戦を行っていた。

殆ど止まる瞬間がない程の運動量に加え、少しでも選択を間違えれば手痛過ぎるダメージを負ってしまうプレッシャーによる精神の摩耗。


時間は短くとも、イシュドは鬼竜・尖との戦いで大量のカロリーを消費していた。


「つか、お前らだってまぁまぁ動いただろ。上品ぶらずにがっつり食ったらどうだ? なぁ、ガルフ」


「え? うん、そうだね」


ガルフはガルフで鬼竜・尖との戦闘中、途中からダメージを食らっても構わないという意思を持ち続けながら戦っており、イシュドと同じく半端ではない緊張感を感じながら戦い続けていた。


その為、イシュドに勝るとも劣らないペースで料理を平らげていた。


「まぁ、確かにあの個体との戦闘は疲れたわ~~~。ぶっちゃけ、体のバキバキ感はイシュドの家で訓練を終えた一日……モンスター狩りの一日と同じぐらいだな~~~」


主に後方支援だったでしょう……といった内容のツッコミがミシェラの口から飛び出ることはなかった。


そもそも戦闘における後方支援の存在をバカにしておらず、戦闘中に何度もフィリップが放つ絶妙なタイミングで放たれた遠距離攻撃に救われたことを自覚しており、忘れてもいない。


「非常に手強い相手だったことは間違いありませんね……イシュド。最後の最後に渡したちはあの個体……鬼竜・尖に突き放されてしまいましたが、それ以前の状態であれば、私たちは討伐することが出来たでしょうか」


イシュドから鬼竜・尖がいきなり身体能力を爆上げした方法を教えてもらい……当然の様に全てを理解することは出来なかった。


ただ、急激に身体能力を爆上げした方法が、誰にでも努力次第で会得出来る技術ではないことは解った。

その為……悔しさは当然あれど、それならばその技術を会得……実行出来る前までの状態であれば自分たちは勝てたのか、そこが非常に気になっていた。


「ん~~~~~~……向こうは向こうで集中力が高まってたが、お前らはお前らで全員同じように集中力が高まってたよな~~。コンビネーションも最後の方なんてベテラン並みの上手さだったんじゃねぇの?」


「…………褒められるのは悪くありませんけど、結局私たちはあの状態の鬼竜・尖に勝てたのですの?」


「まっ、多分勝ったんじゃねぇの」


「……本当ですの? 適当に言ってないかしら」


自分たちと戦っていた鬼竜・尖の戦闘力よりも、イシュドと超ハイレベルな打撃戦を繰り広げていた鬼竜・尖の戦闘力の方が強く印象に残っているミシェラ。


「あの再生力、心臓が二つあるってのはクソヤベぇけど、それでもお前らの攻撃はかなり通ってた。つか、結果として失敗しちまったけど一回チェックメイト寸前まで追い詰めただろ」


イシュドはイシュドでしっかりと四人の戦いっぷりを観ていた。


勿論……ミシェラが決死の思いで尾撃を受け止めてしがみ付き、振り回されながらも根本付近から切断したガッツある行動も覚えている。


「普通に心臓が一個だけなら、あれで終わりだっただろ」


「しかし、結果として仕留めることは出来ませんでしたわ」


ミシェラはガルフを攻めるつもりは一切ない。

寧ろ、最後の最後……心臓を突き刺したとはいえ、残った力を振り絞って最後の一撃を放つかもしれないと警戒し、首を刎ねる為に動かなかった自分の愚かさを悔いていた。


「ありゃあ、仕方ねぇっちゃ仕方ねぇよ。俺だって最後のガルフの一撃で勝負が決まったと思ったもんだ」


「……ねぇ、イシュド。僕はあの時、心臓を突き刺すんじゃなくて、首を切断するべきだったかな」


心臓を突き刺す、首を切断する。

どちらも命を絶つに相応しい攻撃。


だが、心臓を二つ有していた鬼竜・尖であっても……頭部と胴体を切り離されてしまっては、自慢の再生力を駆使しても復活することは出来ない。


「選択肢の正解不正解を答えるなら、確かに首を切断するが正解だったな」


「やっぱり、そうだよね」


「けど、あそこでガルフが心臓を突き刺すって選択肢を取ったってことは、お前の本能が首を切断するという選択肢を取れば、躱される可能性があるって思ったんじゃねぇか?」


「それは……ど、どうなんだろ???」


無我夢中で戦っていたため、ガルフはそんな事を考える余裕は一欠片もなかった。


「あの状況、首を狙っていればもしかしたら、上半身を屈めて躱されてたかもしれねぇ。けど、胴体に向けて攻撃が放たれれば……半身になったとしても、完全回避とはいかなかっただろうな」


あくまで、外から見ていたイシュドの感想である。


しかし、四人の中で一番責任感を感じていたガルフは、親友からの言葉を受け……少しだけ両肩に圧し掛かっていた後悔が薄れた。

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