第117話 考慮してくれない

「……ガルフ、生きてっか?」


「…………うん、大丈夫、だよ」


早朝、ベッドから起きたガルフの顔は、とても大丈夫とは思えなかった。


ガルフたちの為に用意したベッドには全て、快眠の効果が付与されている。

お陰様で、ガルフたちはベッドにダイブすれば、速攻で夢の中へと旅立つことができる。


しかし、失った体力が全回復するか否か……それは微妙なところであった。


「おいおいガルフ、マジで大丈夫かよ。今日は休んでた方が良いんじゃねぇか?」


本気で心配してる。

そんなフィリップの心を理解しつつも、ガルフは首を縦に振らなかった。


「全員休む休日なら、ともかく……僕一人だけ休むなんてことは、出来ないよ」


なんとも素晴らしい心意気であり、ダスティンは一学年下の後輩の気持ちを賞賛したい。


今回レグラ家に訪れ、体験出来ている訓練や実戦等は、どれも己の人生の財産になるという確信がダスティンにあった。

故に、ガルフが自分一人だけ休むつもりは毛頭ないという気持ちは、非常に理解出来る。


非常に理解出来るが……それでもやや心配の気持ちの方が勝る。


「……オッケー。んじゃ、今日も気張っていけよ」


「「っ!?」」


「うん、勿論だよ」


一度は止めたが、本人がそう決めたのであれば、もう止めるつもりはなかった。


食堂に移動した後、ガルフは足りないと感じている体力を無理矢理補うかのように、普段よりも多めに朝食を食べた。


「が、ガルフ? あまり食べ過ぎると、戦闘中にその……動きが止まってしまうかもしれませんわよ」


「っ……うん、ありがとうミシェラ。そこら辺も気を付けて、今日は戦うよ」


そう言い、変わらず食べるのを止めなかった。


その姿にミシェラたちは心配そうな顔を向けるが、逆にレグラ家の人間たちは非常に好ましいものを見る眼を向けていた。


何が何でも、石に噛り付いても前に進もうとする姿勢。

そこには……ある意味、狂気が宿っているとも言える。



「イシュド君、ガルフ君は本当にこのまま連れて行って大丈夫なのですか」


出発までの時間にクリスティールはイシュドの元に訪れ、本当にガルフは戦えるのかと尋ねた。


「完全に疲労は抜けてないだろうな。けどよ、会長パイセン。敵ってのは、こっちの都合を理解してくれるか?」


「っ…………そうでしたね。はぁ~~~~……私は、まだまだ甘いといですね」


イシュドの言う通りである。


敵対する相手とは、こちらの都合を考慮してくれない。

それはイシュドたちも考慮しない側になる時はあるが、ともかく二人ともそこは

十分に理解していた。


「会長パイセンが将来どうなりたいのかはしらねぇけど、人の上に立つなら鞭だけじゃなくて甘さも必要なんじゃないか?」


「それも、そうかもしれませんね。非常に加減が難しそうではありますが……ともかく、イシュド君がさすがに止めようとするほどガルフ君が疲弊していないということは解りました」


狂っている部分があるのは間違いない。

しかし、それはそれとして、イシュドはレグラ家には珍しい思考や考えを持っており……レグラ家という枠の中で、狂っている……ぶっ飛んでいると言える人間である。


そこら辺を理解しているクリスティールは、イシュドの判断を信用した。


「ふふ、俺もダチを殺したいわけじゃないからな」


いずれは自分も、ガルフも死ぬ時が訪れる。

それは老衰という形ではなく、戦場かもしれない。


だが……すくなくとも、訓練中に死ぬといったクソったれな形を迎えさせるつもりはなかった。


そして数十分後、イシュドたちは先日と同じく朝から街を出発し、モンスターがうじゃうじゃと徘徊している森へと入った。


「っ、くっ……フッ!!!!!」


全員が予想していた通り、ガルフの動きはやや固い。

魔力は全快状態であり、単純な体力面にはまだ余裕があるものの、動きに先日ほどのキレがない。


「イシュド兄さん、ガルフさんは大丈夫でしょうか」


「相手はDランクのモンスターだ。そこまで心配しなくても大丈夫だ」


現在ガルフが戦闘中のモンスターは羊系のモンスター。

人型のモンスターではないため、ランクはさほど高くなく、特別知能が高い個体ではないため、攻撃方法は限られている。


それでも……今のガルフにとっては、楽な相手ではなかった。


「…………」


「冷たいと思うか?」


「イシュド兄さんはダンテ兄さんと同じく優れた思考力があります。何か、考えがあっての判断かと」


「はっはっは、ありがとな。つっても、別に特別な考えがある訳じゃねぇけどな」


クリスティールに話した通り、敵はこちらの都合を考慮してくれない。


自分の身体状況がどうであれば……戦わなければならない、勝たなければならない時がある。

今……ガルフの状態は、それを疑似体験するのに丁度良い状態と言えた。


「っ、シッ!!!!!!」


ダスティン、イブキが既に討伐を終えてから数分後、ガルフも遅れて討伐を終えた。


「はぁ、はぁ……ふぅーーーーー」


「良く戦ったな、ガルフ」


「ありがとうございます。でも……まだまだですよ。個人的に、最後の攻撃は上手くやれたかなって、思いますけど」


「……自分でそう判断出来る。それだけで、確実に前に進めている筈だ」


「私もダスティンさんと同じ考えです」


共に上を目指す仲間から称賛を受け取り、ほんの少しガルフの心に余裕が生まれる。


その後も本当に何処から湧いてるんだとツッコみたくなるほど、戦って戦ってを繰り返し……昼食時。


討伐したモンスターを解体し、食える部分をイシュドががっつり調理を始めた。

野菜や香辛料等も持ち歩ているため、野営時と考えれば……先日と同じく最高の料理が振舞われた。


狂戦士であるイシュドが料理人? という疑問を本人が持ってもおかしくはないが、基本的に本人が実戦の日の自分の役割は料理人だ!!!!! と認めているため、寧ろルンルン気分で作っていた。


そして昼食後、完全に消えてなかった疲労、先日よりも負荷を感じる戦闘を経験したガルフは本気で寝そうになるも、リュネから水を貰って顔を洗い、無理矢理目を覚ました。


まだまだ戦る気満々。


そこまでガッツある表情を見せられては、ミシェラたちも仕方ない、呆れといった顔を浮かべながらもう心配の声を口にしなかった。


寧ろ……その向上心に、闘志に、熱さに感化されるまであった。


「あ~らら」


ただ、ここは戦場。


日常以上に、予想外という状況が起こりやすい。

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