第81話 平等なチャンス

「す、少し良いかな」


「「「「「?」」」」」


まだ夏休みという長期休暇に突入する前、一人の令息がイシュドたちに声を掛けてきた。


その令息たちは特にイシュドと仲が良い人物ではなく、ミシェラやフィリップと関わりのある令息という訳でもない。


(ん? あぁ~~~……はいはい、そういう事ね)


数日前にいずれ起こるだろうな~とイシュドが考えていた事が、ようやく目の前で起こった。


「誰の客だけ、ちゃんと教えてもらっても良いか? じゃねぇと、こっちも誰に用があるのか解らねぇし」


「あ、うん。そうだね。その……イブキさんに話があって」


「? 私ですか」


現在は昼休みであり、既に昼食を食べ終えてる。

まだ昼休みが終わるまで時間があるため、多少の会話ぐらいは問題無い。


「んじゃ、俺ら教室で待ってるか」


「えぇ、分かりました」


イシュドはそれ以上深くイブキに何の用があるのかと尋ねず、その場から離れた。


「なぁ、イシュド。もしかしなくても、そういう事だよな、あれ」


「そうだな、フィリップ。もしかしなくてもそういう事だろうな」


二人の会話に疑問符を浮かべるガルフとミシェラ。

しかし、ミシェラは数秒後には納得のいった表情を浮かべた。


「なるほど、そういう事ですのね」


「???? え、えっと……どういう事なの?」


「はっはっは、まぁガルフらしい反応ではあるか」


「ガルフはこういうの鈍いしな」


既に事情を把握しているフィリップが耳打ちし、ガルフもようやくいきなり知らない令息が自分たちに声を掛けてきた理由に納得した。


「そ、そういう事だったんだね。だから視線がイブキさんの方を向いてたんだね」


「でも意外ですわね。あなたがあっさりと許すなんて」


「そうか? だってよ、イブキはダチであって、別に俺の恋人や婚約者じゃねぇんだぜ?」


既に友人と言える関係にはなったイシュドとイブキ。


しかし、友人以上恋人未満というある意味深い関係ではなく、どちらかが片方に好意を抱いている訳でもない。


(別にクソみたいな下心を持ってるタイプでもなかったわけだし、チャンスは平等にあるべきだよな~~~)


今世では貴族の家に生まれ、両親も美男美女ということもあって顔に恵まれた。


だが、イシュドの前世は……ブ男ではなかったが、特に恵まれた面という訳ではなかった。

顔面偏差値五十のザ・普通男子学生。


そういった過去もあり、こういった面に関しては平等にチャンスがある方が良いという……イシュドとしての面しか知らない者にとっては、珍しく感じる考えを持っていた。


「でもあいつ、どうするんだろうな」


「……確かに、どうするんだろうな? いきなり告ると思うか?」


「普通にリスク高くねぇか?」


「けど、それならどうやって興味を持たれるつもりって話じゃね」


「イブキさんにいきなり告白…………どう考えても無理があると思いますわ」


ミシェラも恋バナというのは嫌いではないため、積極的に参加。


「何にも釣り合ってねぇからか?」


「……言い方を変えれば、そうなるでしょう。ただ、私はイブキさんが彼に興味を持てる部分がないと思っただけですわ」


「イシュドと同じ考えって訳だな。けど、それを解ってたら……逆に奇跡に懸けていきなり告白するんじゃねぇか? 無謀でも、一つの手ではあるだろ」


「普通はまず友達から、と距離を縮めていくものではなくて?」


ミシェラには大して恋愛経験というものはないが、実家の従者たちとは良好な関係を築いており、特にメイドたちと恋バナに関しては盛り上がっていたため……経験は無くとも知識はあった。


「まだ俺らが超ガキの時で、場所が社交界とかなら話は別なんじゃねぇの? 貴族ならその家によりけりかもしれなぇけど、初対面の相手でも友達になりやすくね?」


「……ってことはあれか。結局大人一歩か二歩手前? になった今の状態だと、簡単に友達にはなれねぇってことか」


「多分な。だってよ、今だからそう思うのかもしれねぇけど、興味がない相手とダチになれるか?」


「なれねぇな」


即答のフィリップ。

フィリップはイシュドという学園内の異端児に興味を持ったからこそ声を掛け、友人となった。

ガルフも同じであるが…………ミシェラはただの腐れ縁といったところであった。


「ガルフもどうよ。ちょっと難しいだろ」


「そう、だね……うん。難しいかな」


「ミシェラは?」


「そう、ですわね………私が体験したわけではありませんが、友人ならと仲良くした人物にストーカーされたメイドがいたのを考えると、容易に仲良くなるのはよくありませんわね」


「うげ、そんな事あったのかよ……優しさが仇になった典型的な例だな」


友人としてならと仲良くした結果、友人がストーカーに大変身。


その話を聞き、イシュドはもしイブキにそんな粘着質な面倒野郎が付き纏ったら……と考えたが、その先をどうイメージしても、粘着質野郎が綺麗に両断される未来しか見えなかった。


「まっ、そういう事だからまずは友達から距離を縮めようとしても、ぶっちゃけ最終目標にまで行き着くのが難しいんじゃねぇかって話だ」


「……理屈は分かりましたわ。けれど、恋愛をする……目標に手を伸ばそうとするのであれば、それ相応の努力をしなければならない。常識ではなくて?」


「そりゃお前が珍しく真っ当な貴族だからだろ。この学園に在籍してるってのを考えれば、全く努力してこなかったとは思わねぇけど、泥臭くても構わないって思いながら前を向いて歩いてきた訳じゃねぇだろ? 多少甘やかされて育ってきた部分とかを考えりゃ、叶うかも解らねぇ目標に関してそんなにマジになれるか?」


「叶うかも解らない目標というのは、全ての事に言えるのではなくて?」


「…………例えが悪かったな。イブキが留学してきてから、多くの野郎たちが気になる視線をイブキに向けてた。そう……イブキにな」


「……っ、そういう事、ですか」


「俺の言いたい事が伝わってなによりだ」


騎士になりたい、商人になりたい、鍛冶師になり、錬金術師になりたい……努力は必要だが、席に限りがある訳ではない。


しかし、恋愛的な意味でイブキの隣というのは、一席しかない。


「俺はあの令息がいきなり……デートに誘ったに金貨一枚」


「んじゃ、俺はいきなり告白したに金貨一枚だ」


「あ、あなた達。人の恋愛をなんだと思ってるのかしら」


「負けるのが怖いなら、別に賭けなくて良いぜ」


「っ!!!!!」


相変わらずイシュドには煽られ弱く、結局ミシェラも賭けに乗ってしまった。

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