第42話 文句も言いたくなる

「素手の相手と戦う時は、拳を引くタイミングを把握するんだ。それがカウンターに繋がる」


他にも色々とイシュドから教わったが、徒手格闘の相手と戦う時に気を付ける要素の中で、それが一番頭に残っていた。



(イシュドと、呼吸や速さは違う、けど……ようやく、掴めてきた!!!)


殆どの攻撃はギリギリのところで手甲に阻まれるが、それでもメイセルの肌にいくつかの切傷が刻まれていく。


相手の動きを読む……という技術は物理的な強さ、そして戦闘技術が一流に達した者が実践できる高等技術。


今のガルフには……レベルが十代半ばより下の相手でなければ実行できない。

同レベル、それに近い相手との戦闘では不可能。


ただ……それでも、予想は出来る。

戦闘バカのイシュドは当然の様に徒手格闘も行える。


人によって戦闘スタイルは異なる。

それは確かに間違いないが、では十人十色と言えるほどあるかといえば……わりとそうではない。


連撃の内容などは複数にあったとしても、そこには一定のリズムというものが存在する。


(左、右! 裏拳!! 今っ!!!!!)


「っ!? 鬱陶っ、しぃ!!!!」


「それはどう、も!!!!!」


戦闘内容に、明らかに差が生まれてきた。


ガルフも決して無傷ではない。

それでも避けられない攻撃は全てガードしており、青痣……内出血程度に留めている。


対してメイセルはガルフに攻撃のリズムを把握され始めたことで、体に切傷が増えてきた。

致命傷となる攻撃は今のところないものの、いくつかの攻撃は……体こそ無事動くものの、肉がそれなりに斬れている箇所もあった。


流れるの血の量は……このままいくと、無視出来なくなる。


(そんな決着、認められる訳ないでしょ!!!!)


血を流し過ぎると、意識が薄くなっていく。

そこまでいかずとも、フラついてしまい……それが決着に繋がることをメイセルは知っている。


(勝つのは、私よ!!!!!!!!)


ただ我武者羅に勝利を掴む。


完全にガルフに対する侮りは消えており、ただただ勝利を求める拳士が吼える。


「ハッ!!!!!!!!!」


ガルフの斬撃を弾いて弾いて弾き、ほんの少し……微かに生まれた隙を狙い、必殺の一撃を叩き込む。


武技、スキルレベル三で習得出来る攻撃技、発勁。


必殺の一撃に嘘偽りはなく、掌による攻撃の衝撃を鎧や衣服を通り、体に衝撃を伝える。

つまり、防御があまり意味をなさない。


二次職が剣闘士であるガルフは、戦闘職全体を見渡せば防御力は高い部類ではあるものの、発勁をモロに食らってしまえば……その一撃で地面に膝を付かずとも、ほんの少しの間、衝撃で意識を持っていかれる。


拳士の反応速度なら、その少しの間で完全にノックアウトされてしまう。


(っ!!! なん、で)


小さくとも、そのズレは確かに隙だった。


にもかかわらず……ガルフは少し体勢が悪くなっても回避した。


「ぜぇえええやああああああッ!!!!!」


一閃。


放たれた袈裟斬りはメイセルの左腕を中心に命中。

避けるのに意識が向き過ぎていたこともあって、切断するには至らなかった。


「ッ!!!!!!!!!!!!!!」


プライドなのか、意地でも悲鳴を上げまいと奥歯を食いしばる。


「よっ」


「おっ!? ぐっ!!!」


泣かない、叫ばない。

その根性には感服せざるを得ない。


戦闘中に得られるエンドルフィンをもってしても、激痛を感じる大きな切傷。

そこから来るダメージを堪えようとすれば……それがまた隙に繋がる。


腹を軽く蹴られれば、あっさり倒れてしまうのも致し方なし。


「はぁ、はぁ……僕の勝ち、ですね」


「~~~~~~~~ッ!!! クソ!! 私の負けだよ」


「そこまで!!!! 勝者、ガルフ!!!!!」


また勝った。


初戦の様な敵が自滅? したような形ではなく、正々堂々と激しくぶつかり合った末に、勝利をつかみ取った。


審判がガルフの勝利宣言を行った瞬間、またも闘技場が激しく揺れた。

今日一番の揺れかもしれない。


「ッシャァァァアアアアアアアアアアアッ!!!!! ナイスファイトだ!!! ナイスぶった斬り!!!!! 次の対戦相手もその勢いでぶった斬っちまえ!!!!!!!!」


その揺れの中には、やはり友人の称賛も混ざっていた。


「ったく、負けよ負け。はぁ~~~、なんでそんなに強いのよ」


「あなた方が野蛮な蛮族と呼ぶ僕の友人のお陰ですよ」


「……あの男が、あんたの力の一端になってるってわけ?」


「その通りです」


最後の一撃、ガルフはメイセルの眼に焦りが宿った瞬間、予想の中にイシュドから伝えられた流れが脳内に思い起こされた。



「学生レベルの武道家、素手で戦う連中の最大の武器は、おそらく発勁だ。当たれば多分お前は……一発ノックアウトに追い込まれずとも、大きな隙が生まれる。ただな、発勁を放つには必要な動作があるんだよ」



その必要な動作は、手を引き、腰を引くこと。

何を当たり前のことを言っているんだ? と、これが中々馬鹿に出来ない。


発勁は、いわゆる乾坤一擲。

己の全てを乗せる為にただ掌を突き出すのではなく、腰の捻りなどまで意識して繰り出さなければ、ただの強い掌打に終わってしまう。


(あの助言がないと、発勁を放ってくるなんて……多分、解らなかった)


フィリップとミシェラが偶にイシュドは変態だと言っている。

ガルフはその度に否定するが……言葉はあれであっても、何故そう言いたくなるのか……この戦いを得て少し理解出来てしまった。


「あなたは蛮族だとバカにしている者の友人に負けたんですよ」


「……もしかして、怒ってる?」


「初戦で戦った方にも馬鹿にされましたからね。少しは文句を言いたくなります」


では、っと言いたい事を言い終えたガルフはリングから降り、治癒室へと向かう。


(あんな平民もいるのね…………話通りなら、確かに蛮族だの野蛮だのバカに出来ないかもね)


友人の為に怒った。

貴族の令嬢を相手に、自分の意見をぶつけた。


その意味が解らないであろう馬鹿には見えなかった。


(あの蛮族……じゃなかったわね。レグラ家の奴が隣にいるから態度が大きくなったのか、それとも本当に、友人として文句を言いたくなったのか……ふふ、そこら辺の令息よりも根性がありそうね)


激闘祭に参加し、二回戦を突破した。

もう……ガルフはただの平民ではいられなくなった。

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