第33話 まず、そこで負けるな
「ガルフ、そろそろ風呂に入って寝たらどうだ? もう明日は激闘祭だぜ」
「……もう少しだけ、駄目かな」
「その気合は買うが、疲れってのはしっかり寝ないと取れないぞ」
翌日に激闘祭が迫る日の夕食後、イシュドはガルフとの訓練に付き合っていた。
「そう、だよね……」
「不安か?」
「うん、そうだね。正直に言うと、不安で一杯かな」
イシュドには隠しても無意味だと思い、素直に自分の心境を伝えた。
「そうか……でも、それを自分で認められてるのと、そうじゃねぇのとでは大きな差がある筈だ。それに、緊張は適度にしといた方が良い」
学園で出会ってから色々とガルフにアドバイスを伝えてきたイシュドとしては……友人が良い結果を残してくれればという思いはある。
だが、現実的な話……そう甘くはない。
イシュドから見て、優勝はおそらく無理。
平民という存在に対してどういった感情を持っていようと、激闘祭に参加する彼ら彼女たちがエリートであることに変わりはない。
加えて共に訓練を行ってきたフィリップ……とミシェラ。
加えて第五王子のアドレアス。
フラベルト学園内だけ見ても、おそらく本気の試合となればガルフの上をいくであろう面子が三人もいる。
「……い、イシュドはさ……大勢の人たちがさ、自分を見る中で戦ったことがある?」
「激闘祭のトーナメントみたいな場所ではねぇけど……訓練場で実家に使えてる騎士や魔法使いたちに観られながら兄貴たちと戦ったことはあるな」
「…………き、緊張した?」
「いや……なんつ~か、ただ負けたくないって気持ちで一杯だったな」
「負けたくない、気持ち」
はぐらかしている訳ではない。
実家には……特にイシュドがまだ子供のころなど、自分より実力が上の者たちなど腐るほどいた。
そんな中でも、特に負けを重ねたからといって、主な師匠に当たる曾爺ちゃんのロベルトから怒鳴られることはない。
レグラ家には……強くなりたいという強い意志を持つ者が前に進める環境が整っていたという事もあり、緊張やプレッシャーなどは実家の中で本当に殆ど感じたことがなかった。
「会場でもちょっと面倒な空気になるかもしれねぇけど、そんなの一人か二人ぶっ飛ばして勝っちまえば、全部歓声に変わるだろ。つっても、ガルフと戦う対戦相手だって、勝ちたいって気持ちは一緒だ。だからこそ……メンタル面で、相手に勝ちたいというエゴの部分で負けるな」
「エゴ…………」
「そこで後れを取らなければ、ガルフもトーナメントで十分に結果を残せるはずだ」
「…………ありがとう、イシュド」
「どういたしまして」
「本当に、心が軽くなったよ……ただ、やっぱりあれだね。イシュドって、もしかして実は僕より五歳ぐらい歳上?」
「はっはっは!!! 実家の奴らにも散々尋ねられたけど、俺は正真正銘十五歳でお前の同級生だよ」
今のイシュドは、転生者というアドバンテージがあるからこそ、その歳にしては不相応な余裕がある。
前世で……もっとあの時、あそこを頑張っていれば良かったなという後悔があるからこそ、そういうセリフがサラッと出てくるだけだった。
そして当日、イシュドはガルフと一緒ではなく、観客席にいた。
「……あ、あのさ。ふぃ、フィリップかミシェラが真ん中の方が良いんじゃないかな?」
一年生の控室へと向かう三人は……ガルフを真ん中にして歩いていた。
「なんでだよ? 別に誰が真ん中でも変わらねぇだろ?」
「いや、そうかもしれないけど……」
中々上手く言葉が出てこない。
ただ……本能的に挟まれて真ん中を歩くのは自分ではないという事は確かだった。
「そうですわ。それよりも、もっと堂々と歩きなさい。あなたはハロルド学園の一年生の代表の一人なのですから」
ミシェラの言葉に、同じく一年生の控室へと向かう何名かの方が震える。
結局……と言うよりただただ当たり前なのだが、平民であるガルフがハロルド学園の一年生代表として激闘祭に参加するという事実は変らなかった。
ガルフに負けた友人が激闘祭に参加出来なかった。
そもそも平民が激闘祭に参加して言い訳がない……そう考えている者たちは未だにいるが、今現在その平民は共に行動しているのはフィリップとミシェラというエリートの中でも更にエリートたち実力者である。
そんな強者たちが直ぐ傍にいれば……どうすることも出来ない。
負け犬根性極まれりと……イシュドがこの場にいれば、そう言ってある意味貴族らしい思考を持っている者たちを煽り、バカにするだろう。
「朝飯食ってる時はまだ良い顔してただろ」
「そうかもしれないけど…………そうだね」
今更緊張が度を越した、ちょっと気持ち悪いなんて言ってられない。
(体が、魔力が負けていても、気持ちは……エゴは負けたら駄目だ。僕は今日……ここに、勝ちに来たんだ!!!!!)
ゆっくりと、ゆっくりとではあるがガルフの顔から緊張の色が薄れていった。
そして控室に到着し、精神統一に時間を費やしていると…………一回戦目に出るフラベルト学園の生徒が呼ばれた。
何回戦目に出場するかは事前に伝えられており、ガルフは三回戦目。
フィリップは九回戦目、ミシェラは十四回戦目。
フラベルト学園の他にサンバル学園、ライザード学園、エンフェラス学園……各学園から八人の生徒が参加するため、第一試合の回数はかなり多い。
「っ、始まったみたいですわね」
「さてさて、うちの学園の奴は勝つのか負けるのか」
「あなた……一応同じ学園の代表なのですから、少しは応援する素振りしたらどうですの」
「興味がない奴だったからな。別に勝っても負けてもな……どっちでも良い。それに、とりあえず俺かお前が決勝まで行くだろ」
「安心しなさい。私が決勝まで登りつめ、優勝を勝ち取りますわ」
優勝宣言。
この部屋にはフラベルト学園の代表生たちしかいない。
それでも……登っていけば必ずライバルとしてぶち当たる者が居る前での優勝宣言である。
「ふ~~~ん? まっ、学園としてはフラベルト学園の誰かが優勝すれば良いだけの話だ」
「今から負けた時の為の言い訳ですか?」
「相変わらず強気でツンツンだなぁ~~~。別に意気込むのは良いけど、上まで登ったって、また負けを経験するだけかもよ」
「…………」
頂天に辿り着いたところで、そこに何が待っているのか知っているからこそ、ミシェラはフィリップの言葉に対して強い言葉が出なかった。
そんな中、一回戦目……二回戦目が終わり、ついにガルフの番が回って来た。
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