第31話 俺だけに囚われるな

「ぐっ!!!」


「ほい、俺の勝ち。んじゃ、俺たちは一旦休憩」


ある日の放課後、約束通りの金を用意して高級料理店の料理をたらふくご馳走したミシェラ。


食い終わってから「やっぱりあの約束はなしで」と言うほどイシュドの性根は腐っておらず、放課後の訓練にミシェラの参加を了承。


そして軽いアップを終えてから、早速模擬戦。


「ッ…………あなた、実家ではいったいどういった訓練を受けてましたの」


「前にも答えた気がするようなしないような質問だな。別に特別な訓練方法なんてねぇよ。ただ訓練と実戦を交互に繰り返してただけだ」


「それで……それだけで、私に双剣を使った模擬戦で、勝てると」


今回の模擬戦、特にミシェラを煽る気はないが、なんとなくミシェラの得物である双剣を使って対応。

当然、軽々とミシェラに勝利。


「ん~~~~。そもそもな話、お前は俺に身体能力で大幅に負けてるんだ。現時点で、どんな武器を使うにしろ、お前が俺に勝つのは無理なんだよ」


「……では、先程の模擬戦ではその差だけで負けたと」


「さて、どうだろうな。細剣よりは実戦で使った記憶はあるし、うちの実家に仕える騎士たちの中にも双剣を使う面子はそれなりにいる。お前の実家にもそういう双剣を使う騎士はいるんだろうけど、それは俺も同じだ」


「こちらの考えていることが手に取る様に、解ると」


「バ~~カ。そんな深く分からねぇよ。ただなんとなく、こういう感じで来るかなって解るだけだ」


ミシェラからすれば、それが手に取る様に解る感覚に当てはまる。


「後は体を動かして対応するだけ」


「……簡単に言ってくれますわね」


他にもイシュドが双剣を使用してミシェラに圧勝した理由はあるが……そこまでは教えない。


バカ高い飯を奢って貰っておいて酷い?

確かに酷く、ケチかもしれないが……今回の件に関して、特に書類などで事細かくに指導するなどの契約は交わしていない。


そして……ミシェラの実家ほど前に進む環境が整っていれば、それらの要素を教えられる教師が揃っている。


「あのクソメガネ先輩……ハスティー・パリスロンだったか? あいつにも言ったが、あれだけ鍛錬を重ねてきたのに……って勝手に思うのは勝手だが、単なる自己満足って可能性もあるからな」


「あなた…………本当にズバズバ言いますわね。私、これでも一応侯爵家の令嬢ですのよ」


「俺に双剣同士の勝負で負ける侯爵家の令嬢かぁ~~~」


「うぐっ!!!! ……良い性格してますわね」


「そりゃどうも」


ガルフやフィリップの様な友人ではないため、気にする必要は全くない。


イシュドが気を遣う相手は例え父親より爵位の高い人間であっても、特別な何かがない限り、自分より強い者に限る。


「つか、別に俺には今のところどう足掻いても勝てねぇだろうけど、お前の目標は俺に勝つことじゃないだろ」


「はっ!? 一応目的に入ってるのですが?」


「一応だろ。そうムキになんなって。面白い顔になってるぞ。俺が言いてぇのは、最終的な目標……人生を通した目標は、俺を倒すことじゃねぇだろって言ってるんだよ」


学生がイシュドを倒そうなど、ゴキブリが全人類に気に入られるほどあり得ない現象に近い。


クリスティールほど磨かれた原石であれば一パーセント以下ということはないが、それでも意識するだけ無駄という話。


「人生を通した、目標……」


「俺に勝てば、そこで燃え尽きるのか? そもそも俺とお前なんて出会って一年も経ってねぇ仲だろ。腐れ縁程度の因縁もないんだ。そんな相手だけに意識を集中させてたら、勝てる相手にも勝てなくなるぞ」


「………………あなた、本当にレグラ家の出身なのかしら」


「正真正銘、レグラ家の出身だな。つっても…………まっ、良いか。そこまで説明する義理はねぇし」


「ちょ、気になりますわ! 最後まで教えなさい!!!!」


「嫌だよ、バ~~カ。勝手に自分で考えろ、頭でっかちロール」


ミシェラの怒りが爆発しかけたタイミングでガルフとフィリップの模擬戦が終了。


少し休憩を挟んだ後、次はフィリップとミシェラの模擬戦が行われた。


「もしかして、ちょっとマクセランさんと仲良くなった?」


「んな訳ねぇだろ。弄るには面白いやつってだけだ」


「ふ~~~ん? けど、なんか楽し気に話してる様に見えたよ」


「そりゃ弄るのが面白いからな…………んで、調子はどうだ?」


ミシェラとの仲を追及されるのが面倒だから、話題を変えたのではない。


激闘祭に出場する選手の選考は既に始まっている。


「こうしてイシュドやフィリップ、最近ではマクセランさんと何度も何度も模擬戦を行えてるからか、上がった身体能力を直ぐにコントロール出来るようになってきたよ」


他の一年生たちと比べて、ガルフのレベルはやや低かった。

レベルの差は一定のラインまではカバー出来るが、相性によってはその数レベルが大きな差になる。


そんな中、休日になればモンスターが多く生息している森まで移り、何度も何度も実戦を繰り返し行ったお陰で、徐々にその差は埋まりつつある。


「そうか、そりゃ良かった。身体能力が大幅に上がっても、それを使いこなせないと意味はねぇからな」


「……イシュドにも、そういう時期はあったの?」


「バリバリにあったぞ。実戦で振り回されそうになった時は、無理矢理そういう戦い方で何とかしたから問題無かったけどな」


「脳筋プレイってこと?」


「そういう事だ。まっ、モンスターが相手だから出来たことではあるけどな」


人はモンスターと違い、深く深く考えられること。

本当にただ自分の力を全力で振るうことしか考えないタイプの人間もいるが、正常な人間であれば追い込まれれば追い込まれるほど……深く考え込み、何かしらの策を立ててくる。


そうなった場合、力押しで……身体能力だけでなんとかしようとしてくる相手ほど、策に嵌められやすい。


「お前の力があれば、激闘祭のトーナメントに出るのも無理じゃない。特に……一年の連中は、まだまだ隙が多そうだからな」


戦力を冷静に測るため、既にガルフは何度か同じ一年生の令息や令嬢と試合を行い……今のところ全戦全勝中。


危うい試合はあったものの、勝ちはしていた。


「……イシュド。いつか、絶対に恩返しするよ」


「気にすんなって。好きでやってるだけだからよ」


恩返しなんて必要ないと口にするイシュド。

しかし、ガルフが考える恩返しとは、一般的な恩返しではなかった。

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