第10話 そうだよ、普通じゃないんだよ
「すまないな、イシュド」
「急にどうしたんですか、アレックス兄さん」
これから学園に向かうというタイミングで、レグラ家の次期当主であるアレックスがいつもと違う神妙な面持ちで声を掛けてきた。
「いや、ほら。こういう事は普通に考えれば、次期当主である俺の役目だろ。それをお前に押し付ける形になっただろ」
「アレックス兄さん…………別に俺たち、普通じゃないんでこういうのも良いんじゃないですか」
「…………はっはっは!!!! そうか……そうだな。少し小難しく考え過ぎたか」
俺たちは普通ではない。
そんな当たり前の言葉を伝えられ、ようやっとアレックスは普段通りの少々狂気をはらむ笑顔へと戻った。
「多分そうだと思いますよ。俺は……ちょっと人生のバカンスを楽しんでくるだけなんで」
「そうか。ゆっくり楽しんでこい!! ただ、あまり弱い者虐めはしてやるなよ」
「それは、俺に絡んでくる連中次第ですね」
ニヒルな笑みを浮かべながら馬車に乗り、フラベルト学園へと旅立った。
「ふっふっふ、あの様子では少なくとも何十人といった未来ある若者たちの心を折りそうだな!!」
転生者である元日本人のイシュドだが、元々不当な理由で殴られたのに、殴り返してはならないという一般常識に疑問を持つタイプだった。
そんなイシュドが……鬼島迅が異世界に、レグラ家に染まったとなれば……結果として弱い者虐めになったとしても、自身に喧嘩を売ってくる相手は容赦なく手を下す。
ノブレスオブリージュ、などといった貴族の心構えなど一ミリもない。
危な過ぎる怪物が……ニヤニヤと笑みを浮かべながら王都へと距離を縮めていく。
十日もせず王都に到着し、翌日には入学式が始まる。
(にしても、新入生代表の挨拶を任せられるとはな……それを考えると、二位か三位ぐらいでも良かったな)
わざと問題を間違えるなどすれば、そういった操作は出来た。
しかし、イシュドの場合……戦闘試験の点数が飛び抜けすぎていた。
試験には基本的に最低点と最高点が定められている。
ただ、戦闘試験に限り……その評価は正当に評価するために、限界突破することがある。
当然、イシュドは全力を出していないとはいえ、戦闘試験で試験監督とバチバチに
戦り合った。
実際に戦闘試験でイシュドの相手をしたおっちゃん教師はその戦闘力を絶賛した。
これで筆記試験が平程度であれば新入生代表などすることはなかったが、イシュドは筆記試験でも非常に優秀な成績を収めた。
(学園長なら、そこら辺どうとでも出来るだろうに……わざわざうちに来て、どういった事を言うつもりなのかと尋ねてくるだけって……暇かっつーの)
馬車の中でぶつくさ愚痴を考えてる間に、フラベルト学園の正門前に到着。
「お気を付けて、イシュド様」
「なんだ、俺が潰れるとでも思ってるのか?」
「学生が相手であれば万が一にもあり得ませんが、薄汚い大人であれば話は別かと」
「……なっはっは! 確かにそうかもな。んじゃ、そこら辺ちゃんと気を付けるわ」
意気揚々と騎士たちと別れ、一人で正門を潜り、在学生や教師たちが案内する方向へ進む。
「ん? あれは……何やってんだ」
道中でイシュドの視線の先に、一人の新入生が同じ新入生に殴られ、蹴られているのが目に映った。
(丁度教師がいないところ、だな……)
何を思ったか、イシュドはゆったりとした足取りで現場へ近づく。
「なんでお前みたいな平民が入学出来て、あいつが落ちてんだよ!!!! おかしいよな!! てめぇもおかしいと思うだろ!!!!!」
「ぐっ! そんな事、言われてもっ!? 僕には、解らない、よ」
「うるせぇ!!!! てめぇの意見なんざ聞いてねぇんだよ!!!! さっさと自主退学しにいけよ!!!!!」
「おい、そこら辺にしとけよ、同級生」
「あぁん!!! 誰だてめぇ、は……」
一応それなりに顔が整っている輩がぐるんと声が聞こえた方向に顔を向けると、そこには思わず……無意識に一歩下がってしまう圧を纏う新入生がいた。
「俺か? 俺もお前やこいつと同じ新入生だよ。これから同級生になる、な」
「お前も貴族か」
「そうだな。俺もお前と同じ、貴族の令息だ」
「なら解るだろ!!! 俺の親友が試験に落ちて、平民のこいつが入学するのが絶対にあり得ないってことをよ!!!!」
「な~るほど。そういう事情があってお前はブチ切れたって訳だ」
おおよその事情は察した。
(ったく……やっぱり貴族の中には、ダサい連中が多いんだな)
周りの新入生たちは怯えた様子で避けるか、一方的に殴られて蹴られる平民を見て笑うかのどちらか。
誰も平民を助けようとはしない。
(まっ、怯える方は解らなくもねぇけどな)
イシュドはそのどちらに当てはまらない部類の人間だった。
「つまんねぇな。試験結果に文句があるなら、学園に直接言えば良いだろ」
「は、はぁああ!!?? 何言ってんだてめぇ」
「至極当然の事実を述べただけだろうが。こいつは平民なんだろ? 平民が学園に賄賂を贈るとか出来る訳ねぇだろ。ズルしようもんなら、試験監督たちが速攻で止める。お前がごちゃごちゃ騒ぐのはお前の勝手っちゃ勝手だけだよ……お前の文句は、試験監督を務めてた教師たちの腕を疑う発言だぜ?」
「っ!!!!!」
自分は貴族だからこそ、何を言っても許される。
そんな思いがあり、先程まで平民の入学者を殴って蹴ってと好き勝手していた男は……別方面から事実を突き付けられ、言葉が喉に詰まった。
「ッ……なんなんだよてめぇは!!! ごちゃごちゃ抜かしてねぇで、そこを退きやがれ!!!!!」
「解かれよ、俺はそれが嫌だって言ってんだよ」
「うぅおらああああああッ!!!!!!」
再度自分の言葉を無視し、反対する意見を述べた。
それは男に取って、自分と敵対したのと同じ。
「いっ!!??」
渾身の右ストレートを左頬に叩きこんだ……筈だった。
しかし、骨を砕けた感触はなく、逆に拳の方に鈍い痛みが返ってきた。
「はっはっは!!! 喧嘩っ早いな。個人的にそういう拳で決めるってところは嫌いじゃねぇが……やられっぱなしで終われるほど、器が大きくないんでな」
「ッ!!!!」
気付いたときには無意識で後ろに下がっていた。
ナイス本能的な判断と言える動きだったが……イシュドが相手では遅すぎた。
「一発は一発な」
「おごあっ!!!!????」
拳ではなく蹴りを腹に入れ、ヤクザキックを食らった男は他の新入生の間を通り抜け、夜に光を灯すマジックアイテムの柱に激突した。
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