キャッチボールと打ち明け

 放課後の部活。

 暉信てるのぶは用事があると言って、今日は欠席だ。

 博人ひろとはいたのだが、相変わらずギターをくことに夢中になっていて、俺との会話は軽い談笑程度だった。

 でも最後帰り際に、「色々とよろしく頼む」と言い残して去っていった。

 その言葉が少し気になったが、ひとまず俺はうなずき、博人とは別れた。


 部活を終えた俺は、緊張感が強まっていく中、学校近くの公園に行くことにした。

 朝、やけに神妙しんみょう玲緒奈れおな香奈美かなみを誘ったので、最初は二人ともいぶかし気な様子で俺のことを見ていたが、最後には承諾してくれた。

 と、そんな中俺の携帯に二通のNINE通知が送られてきた。

 玲緒奈と香奈美の二人だ。

「悪い。ちょっと遅れる」

「ちょっと遅くなっちゃうから、待っててー。寒い中ごめんね」

 そのNINEは、何だか二人の性格を異様に示しているかのようだった。

 野球部は俺の中で、運動部の中でも一番泥臭いイメージがあるし、吹奏楽部は何で文芸部寄りなのかって思う程ハードな面もある。

 二人とも部活で忙しいのだから、仕方ないこと。

「まあ、少々遅れる程度なら、外で待ってても良いよな」

 そう思い、俺は公園で待ち続けることにした。


「ごめん芳人よしひと。待たせたな」

 公園で待つこと十分。

 外灯の光だけを頼りに英単語帳を読みふけっていたら、横から玲緒奈の姿が見えてきた。

「かなっちは、まだみたいだな」

 と、玲緒奈が左右を見回しながら言った。

「ま、あいつ部活忙しいからな」背伸びしながら、俺は言った。「気長に待ってあげようぜ」

「だな」玲緒奈が、おもむろにエナメルバッグからボールとグローブを取り出す。「暇つぶしに、キャッチボールでもしないか」

「え…!?」俺は驚いた表情を隠しきれなかった。「現役のピッチャーから直々にボールを投げてくれるのかよ!」

「そうだ。光栄に思えよ」

「でもお前、部活直後にまたボール投げて、身体大丈夫か? 骨折とか肉離れとか」

「あまり生々しいことは言わないでほしいところだけど、そんな心配要らねえよ。俺を誰だと思ってんだ」

「ああ、そうだったな。お前の身体つき異常だったの忘れてた」

「おうよ。はい、お前の分のグローブ。特注の左利き用だ、大事に扱えよ」

 玲緒奈が俺の手にぽんと渡した。

「あんまり本気で投げてくんなよ。軽音楽部の俺を少しはいたわわってくれよ」

「わーってるよ」

 そう言い、玲緒奈が綺麗きれい放物線ほうぶつせんえがいてきた。

 あまりにも模範的な投げ方だったので、俺も安心してすっぽりとグローブの中にボールを捕えることができた。さながらそれは、ゴミを吸い込む掃除機そうじきのように。

「さすがだな。やっぱ投手って」

 そう言って俺も、玲緒奈に向かってボールを投げた。あ、やべっ。ちょっと右の方にずれちゃった。

「当たり前さ。俺達投手は、投げることには全部一流でないと顧問こもんから怒られちまうんだよ」

 玲緒奈は、横の方にボールがずれても、左手を伸ばすことであっさりとボールをつかんだ。

「じゃあ、今日の本題、行こうじゃないか」

 玲緒奈がまたもや綺麗にボールを投げて、俺に聞いてきた。

「え、今この場で言う? かなっちが来てから改めて話そうと思ってたんだけど」

「逆にそうやって雰囲気堅くすると、ますます話しづらくなるから、今ここでぶっちゃけちまったほうが良くねえか?」

「ああ、なるほどな」

 彼も彼で、緊張感を無くしてあげようとしているのだろう。俺はお言葉に甘えて話すことにした。中々に重い話になるが。

「俺、幼馴染がいるんだけどさ」

「うんうん」

「女の子なんだけどさ」

「へええ」

 と、玲緒奈がニヤニヤしながら俺にボールを投げてきた。

「その子、一昨日自殺をはかろうとしてたんだ」


「……は?」

 玲緒奈はボールを捕ることすらも忘れて、俺に向けて呆然ぼうぜんとしていた。


「よ、芳人。今、何て言った? 高校生の間ではまず聞き慣れないような、物凄い闇を感じたんだけど」

「ああ、自殺のとこか?」

「そうそこ!」

「まあ、そうだよな。誰だってそういう反応示すよな」

「そりゃそうだ。身構えない人が居たら逆に怖い!」そう玲緒奈は、不自然なくらいに早口で返答した。流石の玲緒奈もこの話には焦ったみたいだ。「で、大丈夫だったのか、その子」

 ボールを取りに行くことすらも忘れた玲緒奈は、そう俺に聞いてきた。


 すると、奥の方から香奈美が走ってきた。

「ごめん! 待たせちゃって!」

 奥の方から駆けつけてきた香奈美は、この異様な俺達を見て、

「あれ、お取込み中でした?」

 と、息をはあはあさせながら、交互に見てきた。

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