第10話 帰り道での告白
今の季節は五月。
初夏の緑が芽吹いており、徐々に陽の落ち具合も長いものになってる。
時刻は十七時二十分だけど、辺りは未だ夜になる気配を見せない。明るかった。
「せーんぱいっ。この明るさだと、私が先輩を家に送り届けた後でもまだ暗くなってなさそうです。大人しく家まで送られてくださいね」
「どうやらそうっぽいな。でも、帰りは俺の家の自転車貸したげる。それでささっと帰るといいよ」
「笹だけに、ですか?」
「…………うん、そうだね。笹だけに」
「なんでそこちょっと間があったんですかー。普通、即爆笑でしょー?」
「ははは。面白いなぁ、爆笑」
「爆笑する時は真顔で『爆笑』なんて自分で言いませんよ! 棒読みだし! もうっ!」
むーっと頬を膨らませて、すぐに笑う笹。
こうして一緒に並んで歩いてると、きっと周りからは高校生くらいの恋人同士だと思われたりするんだろう。
実のところは全然そういう関係じゃないし、何とも言えない距離感でしかない俺たちなのにな。
「それで笹。話したいことがあるんだろ? そっちの方、聞かせて欲しい」
「……はい」
頷いて、笹はゆっくりと歩きながら語り始めた。
「まずですけど、蒼先輩。明日、私と一緒に漫画喫茶へ行きましょう」
「え。漫画喫茶?」
えらく唐突なお誘いだ。
「それって当然放課後だよな? 学校はあるし」
「はい、そうです。芝野井高校の近辺にある漫画喫茶です。自遊クラブ」
芝野井という高校名でおおよそを察した。
そこは竹崎が通ってる学校だ。
俺たちの通ってる芥山高校とは二駅ほど離れてて、歩きでも行けないことはないほどの距離にある。
だからその辺りの遊び場……要するにボーリング場やカラオケ、漫画喫茶などで二校の生徒が交じり合って仲良くしてるなんて光景はよく目にするものだ。
想像したくないけど、竹崎と茜もそういったところで知り合ったんだと思う。……本当に想像するんじゃなかった……。
「竹崎竜輝と茜先輩、火曜日と木曜日になるとよく自遊クラブを利用するんです。割と広々としたくつろぎルームですかね? あの部屋を二人で取って」
「……あぁ、そうなんだ……」
ていうか、笹はその情報をいったいどこで仕入れてきたんだろう。シンプルに気になる。
「この情報は私が事前に尾行したりして仕入れたものですよ。誰かから聞いた話とかじゃないです」
「まるで俺の考えてたことを見透かしたかのような回答だな。なるほど。そういうことなんだ」
「です。元々、竹崎の方は私結構尾行したりしてましたから」
「それは、不仲とはいえお兄ちゃんを追いかける妹みたいな感じで?」
「違いますよ! そんなんじゃないです! 絶対あり得ません!」
「あ、そ、そか。ごめんごめん」
冗談っぽく言ったつもりだったけど、思った以上に強く否定されて少々面食らってしまった。
どうやら冗談でも言ってはいけないセリフだったらしい。
「私が竹崎を追いかける理由なんて、そんなの一つに決まってます……! 全部あの男が不幸にならないかって思いだけですよ……!」
「……そこまで嫌ってるのか……」
「先輩だってそうでしょ!? 大切な彼女さん、しかも思い入れのある幼馴染の彼女さんを奪われてすごく憎いはずですよね!? それこそ、痛い目に遭わせてやりたいって思うくらいに!」
「………………」
「蒼先輩!」
笹のお望みの回答を口にせず、俺はおもむろにその場で立ち止まった。
そして、小さくため息を一つつき、開口する。
「……確かに、それはその通りだよ」
「で、ですよね!」
ホッとしたように笹。
けど、と俺は続ける。
「こっちとしては、笹がどうしてそこまで兄である竹崎竜輝を目の敵にしてるのか知っときたい。俺が奴に色々思う理由はもう言うまでも無しだろうけど」
「……っ」
言うべきか、言わないでおくべきか、葛藤してるんだろう。
笹は視線を自らの足元にやり、押し黙ってしまう。
「複雑なことが絡んでるってのは、なんとなく色々察せられる。だから全部を話してくれとは言わない。ただ、それでも何か納得できるものが欲しいんだ」
「納得……ですか?」
「ああ。俺ばかり先走って復讐がどうだとか、やり返してやりたいだとか息巻いても仕方ないしな。なんせ、俺はどう転んだって今のところ彼女が他の男のとこに行ってしまうほど情けない人間なんだから」
「そ、そんなことっ……!」
「いや、ある。情けない奴なんだ、俺。本当なら、やり返しとかもしない方がいいのかもしれない。ただ、恋愛的に負けたんだし」
「でも、だからって人の彼女さんに手を出すなんて最低じゃないですか! 許されることじゃないじゃないですか!」
「……うん。だけど、結果的にそうなっちゃったからさ」
「先輩が後ずさりする必要なんてどこにもないんですよ! それはわかってください! 蒼先輩の復讐は必然で、私と同じなんです!」
「笹も必然だと?」
「そうですよ! 私だって、あの竹崎に……ひいては母親に散々な目に遭わされたんですから!」
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