俺の彼女を寝取った男の妹が毎晩慰めに来るんだが

せせら木

第1話 悲劇と別れと、それから出会い

 彼女を他の男に奪われる。


 そんなこと、フィクションの世界でしか起こらないものだとばかり思ってた。


 けど、それは実際に起こることで、現実としてあり得ないことではないらしい。


 俺――瀧間蒼たきまあおは、数日前に幼馴染であり、恋人でもあった女の子・岡城茜おかしろあかねをどこの馬の骨かわからない男に寝取られた。


 現場を見たのは、自室の窓からだ。


 俺の家と茜の家は隣同士で、部屋の窓を介してお互い行き来ができるほど近く、カーテンを開けていれば何をしているのかわかるほど。


 深夜だったこともあって、俺はその時部屋のカーテンを閉め切っていた。


 茜の部屋もそれまでカーテンは開けられてたものの、電気が点けられてなかったから、いないものとばかり思ってたんだ。


 もしかして、今日はもう寝てしまったのか? 一日の終わりに声でも掛けたかったのに。


 そんなことを何気なく考えてたのを覚えてる。仕方ないから、俺も寝てしまおう。明日の朝、玄関先で会えたらいいか、と。


 だが、俺の呑気な考えは一瞬にして吹き飛ばされる。


 自室の電気を消し、ベッドに入って目を閉じたところ、だ。


 静謐さの中で、微かに聞こえる女の人の声。


 それは、日常的な会話で出すようなものじゃない。


 明らかに、そういう大人向けのビデオで聞いたりするような、いわゆる行為の最中に出す声だった。


 ……何やってんだよ。もしかして、外か? 野外プレイ? 嘘だろ……?


 耳で聞き入れた直後、俺はそう考え、少しも最悪の状況を予想しなかった。


 けれど、寝返りをうち、しばらくその声を聞いていると、それがどこか馴染みのあるものに思えてくる。


 …………茜の声……? ……いや、でもそんなはずは……。


 俺はすぐさまベッドから起き上がった。


 あり得るはずのない状況が脳裏をよぎり、鼓動が早くなる。


 閉めていたカーテンを震える手で掴み、わずかに開けると、そこには――




「…………ぁ………………」




 信じられない光景だった。


 そんなことが起こるだなんて微塵も予想してなかったのだ。


 頭の中が真っ白になり、茫然自失となるほかない。


 茜が知らない男とヤっていた。


 まだ、俺とはそういうことをしていなかったのに。






●〇●〇●〇●〇●〇●






 茜の寝取られ現場を目にした一週間後、俺は彼女から「別れたい」と言われた。


 そうなることはわかってた。


 でないと、恋人の俺意外と肌を重ねることなんてしようと思わないはずだ。


 俺は、特に首を横に振ることなく、了承。


 ただ、理由は知りたかった。


 どうして別れたいと思ったのか、そこを軽い感じで聞いてみる。


 すると茜は、


「……もっと、好きって言って欲しかった。関係が……全然前に進まなかったから」


 と、遠慮がちに、申し訳なさそうに教えてくれる。


 あの夜に見た男は、きっとそんな茜の願望を満たしてくれる奴だったんだろう。


 べりべりと強引に頭の中の何かを剝がされていくような感覚がし、胸辺りが重く痛む。


 これ以上追及することは止め、俺と茜は恋人関係を解消させた。


 ずっと続くと思ってた。


 小さい時から一緒で、色々な思い出を共有して、ようやく付き合えて、結婚までするんだろう、と、そう思っていたのに。


 俺は、それからしばらくを死んだように生きてた。


 学校に通い、放課後になったら家へ帰る。


 それは茜が横に居てくれた時と変わらないはずなのに、やけにモノクロで、このまま本当に死んでしまってもいいのかもしれない、と思わせてくれた。


 ――そんなある日だ。




「瀧間蒼先輩……ですよね?」




 下校中、背後から一人の女の子が声を掛けてくれたのだった。

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