いつか眠る花の墓標
「……ではお主はそのナントカって名前のテロ組織から、爆弾の元となるエネルギー物質を盗み出したことで追われていて
奴らが企てている計画とはつまり、世界全体を対象とした無差別爆破テロである……ということだな?」
頭痛と目眩になんとか耐えながら、ここまで聞いた話を纏めてみる。
「だいたいそんな感じね」
おんぼろソファに腰掛けたロイが答える
「お前、よく生きて逃げられたな」
別の部屋で着替えをしているウェインが声を張る。
彼女の口から語られた事の顛末は、想像を遥かに超えたところにあり、今私が居るこの場所が業火の最中であるということが理解出来た。
「人気の多い場所を選んで通ってきたのよ
奴らの立場上、注目を集める訳にはいかないでしょう?だから一人にさえならなければ手出しされる心配は無いって寸法よ
……ま、アテは外れたわけなんだけど」
体の前にクッションを抱き、膝を抱えるようにして蹲るロイ。
その姿は落ち込んでいると言うよりも、どちらかといえば拗ねているような、気に入らないことにむくれている様に見える。
ガチャッと扉が開く。
そこには先程の血と砂埃に塗れた姿ではなく、小綺麗な格好をしているウェインが立っていた。
「似合ってるわよ」
「黙れ」
彼はキッチンへと歩いていき、置きっぱなしのコーヒーカップを掴み取って口元で傾け、中身をクルクルと回しながら言った。
「キリシエ……とか言ったか?」
カップに落としていた視線がチラとこちらに向く。
そうだ、偽名を名乗っているのだった。
うっかり本名を口にしないようにしないとな、要らぬ誤解を受けては堪らない。
「お前はいったい何なんだ」
それは警戒の眼差し、ロイのした『命の恩人』という説明だけでは納得しきれない、彼の両目はハッキリとそう言っていた。
彼はそのまま続けた。
「トーマス=ウェインと言えば、この界隈じゃ名の通った存在だ。
俺自身、決して慢心では無いが、自分のことを腕利きだと認識しているし、そうあろうと日々努力もしている」
カップをこちらに軽く傾ける。
「そんな俺が一瞬で制圧された」
「あんな経験は初めてだ、あんた俺が奇襲を仕掛ける直前まで気配に勘づいてすらいなかったろ?あんなのは並の芸当じゃねぇ。
十人居りゃあ十人が、泣いて地面に頭を擦り付けながら祈りを捧げちまうような、そんな絶望的な修羅場を幾つも潜り抜けてないとアレは躱せない」
ウェインはゆっくりと、壁に寄りかかっている私の前まで歩いてきてこう言った。
「だからもう一度言うぞ、お前はいったい何者だ?」
苛烈なる眼だ。
こやつに誤魔化しは通用しない、私の勘がそう告げている。
だが全てを洗いざらい話してしまうには、私は彼らのことを何も知らなすぎる、ここはある程度割り切る必要があるか。
「……よかろう」
一度ふうっとため息を付き、彼の目を見据えて迷い無くこう告げた。
「私はある人間を殺そうとしている」
決して嘘は付かず、あくまで事実に即した説明を、そして次に聞かれることは既に分かっている。
「ほう?そいつは一体誰だ」
と、来れば……。
「それは言えぬ」
片眉を上げるウェイン、私はすかさずこう続ける。
「見ての通り私は独り身でな。
なにか事が起きても全て自分で対処するしかない、そして現状それは既に手一杯じゃ、これ以上ふあんや心配事を抱えては立ち行かなくなってしまう。
だから誰を殺そうとしているかとか、どこを目指しているだとか、そういった細かい事情については一切合切答えるつもりは無い。
無論、我が障害として立ち塞がるつもりであるならば、その限りでは無いがの」
と言い切って、片手を刀の柄に置いてみせる。
例え赤子であっても理解出来る。
『これ以上詮索するつもりなら容赦しない、さもなくば我らは今一度敵となろう』そういう脅しの意味を孕んだ言葉だった。
ウェインはしばらく私の目を見たあと、フッと視線を外してこう言った。
「なるほどな」
背中を向けて数歩、彼は離れていった。
「お前の言いたいことはよく分かった」
そして、
——シャキン。
「やはりお前は危険だ」
彼は再び私に剣を向けた。
「ちょ……ウェイン!?」
突然のことに驚くロイ、彼女は『何が何だか分からない』といった表情でウェインを見る。
しかし彼はそんなロイのことなどお構い無しに私に剣を向け、こう叫んだ
「お前がロイの連れであることは見りゃあ分かった、俺だって馬鹿じゃない。
だがな、そのうえで俺はお前を『コイツは俺にとって危険な存在だ』と認識した。だから勘違いした様に見せかけてお前を始末しようとしたのさ。
……そしてその予感はたった今確信へと変わった!お前は俺達にとって不利益しかもたらさない!コイツと関わってたら破滅する!」
こちらも既に臨戦態勢が整っている、抜刀しようと思えばいつだって可能だ。
「待って!落ち着いて!なにも殺し合うことないでしょう!?そもそも彼女を巻き込んだのは私なのよ?
話せば分かるでしょう!?彼女は決して悪人じゃないわ!私たちを傷付けることは無いはずよ、アナタが馬鹿な真似をしなければね!」
「お前はなんにも分かっちゃいない!」
私たちの間に割って入ろうとした所をウェインに止められる。
「良い奴だとか悪い奴だとか、そんな事は関係がないんだ!コイツは爆弾と一緒だ!近くに居るだけで被害を被ることになる!
この女の目は奴らと同じだ、世界の変革だとか時代の進化だとか、御大層な理念を掲げて人を殺すあのイカれたテロリスト共とな!
コイツはここで殺しておかなくちゃならない……!」
彼の目にあるのは敵意と、そしてそれを塗りつぶす程の甚大な恐怖、彼は私のことを化け物を見る目で見ており、我が身の有り様を拒絶していた。
……静寂のボルテージが上がる。
どうやら話し合いで解決できる雰囲気ではない、ここで殺すと宣言されてしまった以上、立ち去るという選択肢を与えてはくれないだろう。
やるか、やられるかだ。
そしてこの男は、手加減して戦える相手でもない。
「——やむを得ない」
チャキ。
「……ッ!」
予備動作を無くした居合抜刀を、ウェイン目掛けて叩き込もうとして。
次の瞬間、その考えは頭の中から消え去っていた。
そう、ある音を聞いたから。
思考がまるで横から殴り付けられたかの様に停止して、私たちはお互いに顔を見合わせ同様の結論へと辿り着いた。
「「——伏せろッ!」」
「え?」
私たちは同じタイミングでロイに覆いかぶさり、そして次の瞬間……!
ドォォォォォンッ!!
部屋が木っ端微塵に砕け散った。
ガラガラガラ……壁が、天井が、窓枠が消し飛びテーブルが弾け飛んだ、あたりは煙に包まれて熱く、前も見えなければ平衡感覚すら。
「げほっ、げほっ……おい、大丈夫か!?」
初めに聞こえたのはウェインの叫ぶ声だ。
「生きておるか、ロイ!」
私もなんとか灰煙の中から声を上げ、今しがた起きた爆発の被害をこの目に焼き付けるよりも前に、まず喉を酷使し彼女の無事を確かめる。
「え、えぇ……なんとか……でも早く退いてくれないと死んじゃうかも……」
ロイは無事だった。
それもそのはず、彼女は二人分の肉壁によって厳重に防護されていたのだから、むしろ心配するべきはその肉壁の方だ。
「ゴホッ……いったい何が起こったの……?」
重荷が降り、起き上がったロイが呟く
「さあな……!何処かの馬鹿がここを吹き飛ばしやがった!クソ、あちこち傷だらけだ……せっかく着替えたばっかりだってのに……ああチクショウ!」
一足先に復帰を果たした私は、崩れた部屋の瓦礫を掻き分けて進み、壁にポッカリと空いた大穴から顔を覗かせ外の様子を確かめた。
「……なんてことじゃ」
外には大勢の人間が居て、彼らは地上に兵器を設置してこちらを狙い、更にその傍には武装した者達が建物を見据え立っていた。
「敵じゃ!敵襲じゃ!ウジャウジャ居るぞ、囲まれておる!お主ここは絶対安全だとか抜かしていなかったか!?アレを見てみるがいい!めちゃくちゃだ!」
声を張り上げ絶叫する。
「そんな、どうして……」
煙の向こう側から困惑に満ちた声が聞こえてくる。
「ゴタゴタ言ってる暇は無い!さっきの爆撃は一回じゃ終わらないぞ!またすぐ次の一射が飛んでくる!
ここでくたばりたいってんなら話は別だが、そうじゃないならさっさと逃げるぞ!」
ウェインの怒号によって少し冷静さが戻ってきた、確かに彼の言うとおり今はそれどころではない、まずは安全の確保と脱出が最優先。
「ロイ、避難路は!」
「あ、あぁ、ええと」
ヒュルルルルル——
不気味なる風切り音。
「ちぃ……!」
ロイを抱き寄せ庇う。
ドォォォォォンッ!
再度爆発、今度のは別の場所に着弾したようだ、どうやら下の連中は我々の居場所が分かってはいないらしい、手当り次第に撃ちまくるつもりだろう。
「とにかくここを出ましょう!脱出路は行きながら案内するわ!骨も残らず粉々に吹き飛ばされるなんて最後は嫌よ!
私はこの美貌と共にお花畑で生涯を終えたいの、胸の前で手を組んで、まるで眠る様にね!」
それぞれ素早く荷物を回収し、たとえ自分の物でなくともとりあえず手に掴んで部屋を飛び出し、廊下を走りながら荷物を投げ渡す。
その際、こんな会話があった。
「お前とは一時休戦だ!」
ウェインが私の荷物を投げ渡しながら言う。
「それは有り難いのう!」
それを受け取り、私は彼の獲物である銀剣を投げ返してやる。
「こっちよ!早く来て!」
……振動駆け巡る建物を、徐々に火の手が回りつつあるホテル内を、あちらこちらへと駆けずり回りながら始まる渾身の脱出劇。
この度はやはり、安寧とは遥かに程遠き事よ——。
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