土の味。


こちらに向けられた剣先が、森の木々の隙間から降り注ぐ朝日を反射し輝いている。


いかなる理由があって剣を向けられているかは皆目見当もつかないが、そこに込められた明確過ぎる敵意が、言葉での解決が望めないことを示していた。


刀はまだ納めていない、いつ襲いかかられるかも分からない状態で武装を解くことは出来ない。


正直こうなるとは思っていなかったが、しかしすんなり行くとも思っていなかった。


首を突っ込んだ時点で何らかの問題が起きることは予め予見していたし、今更どんな目に合こうが大して驚きはしない、ある意味で想像の範疇と言える。


とりあえず正体がバレた事に関しては放っておけない、故に背を向けて逃げる訳には行かない、最悪の場合自分の手で始末をつける必要があるだろう。


しかしそれはあくまで最悪の場合、出来るのなら平和解決、最低でも人死は出したくない所だが……。


——その時、相対する騎士が言葉を発した。


「このままずーっと黙ってるつもりか?こんなとこで何してんだってオレは聞いてんだ、その顔面についてる物は飾りか?それとも口が聞けないのかてめぇ」


中々動かない現状に苛立ちを募らせたのか、今にも斬りかかってきそうな凶暴な眼光が向けられる。


「見ての通りこちらにやり合おうという意思は無い、もし良ければ剣を納めてくれると助かるのだがのう」


無駄だということは分かっていても、ひとまず敵対するつもりは無いぞということを表現してみる。


限りなくゼロに近い可能性であっても、それでも尚一縷の希望に縋りつこうとするのは人間の、そして私の悪いところなのかもしれない。


「なら好都合だな、そのまま大人しく切られっちまってくれよ、オレもその方が手間が省けていい」


ニタリと牙を剥き出しにする獣のように笑う騎士、そこには若いの余地など微塵も見られない。


やはりダメか。


思った通り説得は骨が折れそうだ。


この場にいるのは三人、私と彼女と、そして彼女の後ろに控えている手負いの騎士、見た感じ致命傷では無いようだが時間が経てば危ういだろう。


それどころか彼女自身もかなりの手傷を負っている、ともすれば後ろの彼よりも数段上のモノを。


それについてはどう考えているのか、それとも私を切ることは仲間や自分の命よりも優先すべき行為なのだろうか?だとすればますます説得は難しいか。


「そのままでは死ぬぞ」


ちら、と背後にいる彼にも目をやりつつ揺さぶってみる。


「てめぇ身の心配をしやがれ、そっちだってズタボロのボロッカスのくせに余計なお世話なんだよ」


小石を蹴飛ばし悪態を着く女騎士、彼女の目は死んでいない。


後ろに居る彼もまた同じ目をしている、それは覚悟を決めた者の眼差しであり命尽きるその瞬間まで決して折れることの無い鋼が如きモノであった。


「……左様か」


これ以上の問答は意味が無い、その事が今ハッキリと分かった、事態を解決するには最早やり合う以外の道は残されていないだろう。


——やむを得ない。


チャキ、と本腰を入れて刀を構える。


「ハ、ようやくやる気になったか?」


瞳の奥に鬼火が揺らめいている、青白いその炎は曰く恨みや怒りが焚べられており、彼女の敵意が恐らく相当に根深いだろうという事が伺える。


「なあに生意気な口が聞けないだけコテンパンに叩きのめしてやれば嫌でも分かろう、それからゆっくり傷の手当なり話し合いなりをすれば良いのじゃ」


「ほざけクソアマ」


聞けぬ、分からぬと言うのなら分からせる。


こちらも譲れない物がある、話し合いでの解決が見込めぬというのなら力を持って押し通すのみ、偽善ぶった平和主義が貫けるほど世間知らずではない。


「推して参る」


「ぶっ殺してやるぜ」


もはや言葉は不要也——。


※※※※ ※※※※ ※※※※ ※※※※ ※※※


獲物の長さを活かした突きが飛んでくる。


刀を側面にぶち当てて弾き首筋を峰打つ。


「ハ!」


流れた体勢のままこちらに背を向けて、縦に騎士剣を構え攻撃の軌道を塞ぐ女騎士。


ガギィンッ!という耳をつんざく音と共に火花が舞い散る。


「オラァ!」


奴は振り返りながら遠心力を乗せた重厚なる一撃を叩きつけてきた。


足先を二寸五分外し、片手で持って切っ先を下に向けるように身体の側面で構える。


すると放たれた斬撃は、まるで雨粒が屋根をつたい落ちるかのように受け流されていった。


好機!両手で刀を握り直し、足を入れ替え、ガラ空きの脳天へ鉄塊を振り下ろすッ!


ブンッ!


完璧に捉えた、そういう手応えは確かにあった、師匠から教わった技を見事実践出来たと言っていい。


しかし。


彼女は姿勢を下げながらその場で回転、私の一撃を躱しながら回る勢いを剣に乗せて、そのまま流れるような刺突を繰り出してきたッ!


ビュンッ!


私は咄嗟に下がりながら、グルンと背中側から大きく刀を回して下から奴の剣を思い切り跳ね上げた、凄まじく重いその突きは完璧に起動を逸らされた。


手首を返し、片手で刀を振り下ろそうとして、私は奴の左腕が、ことに気がついた。


「——ッ!」


その瞬間、背筋にゾワリと怖気がひた走る。


一か八かで体を捻って蹴りを叩き込む、それ自体の威力でどうこうと言うよりは、いち早く間合いを広げる為の『吹き飛ばす』事が目的の蹴りであった。


ザク——。


土手っ腹に蹴りが突き刺さり、血を吐きながらぶっ飛ばされていく女騎士、長年戦場で生きてきた経験により無事に事なきを得た……とはいかなかった。


「ち……っ!」


私は足を、目で見てわかるほど深く深く切り裂かれてしまっていた。


「がはっ、がはっ……へ、油断してっからそういう痛い目に合うんだぜ英雄様よ……げほっ……げ、ほっ」


腹を押えながら、血反吐を吐く女騎士。


離れたところで、受身を取って復帰を果たした奴の手には、先程まで影も形も無かったはずのが握られていたのだ。


「おのれ……見破れなんだ」


あの服装、何処にも第二の獲物を隠せるような余白は無いはずだ、少なくとも足を持っていかれるまでの私は微塵の疑いもなくそう信じていた。


仕掛けに気が付いた時点で私に取れる行動はひとつしか残されていなかった。


距離を取るのは間に合わない、かと言って片方を防げばもう片方で仕留められる、切られる前に倒そうにも騎士剣で防がれた挙句隠し武器でお陀仏だ。


不覚……っ!


ドジを踏んだおかげでこちらの機動力が奪われてしまった、この足の状態では素早い踏み込みも逃げる事も期待は出来ないだろう。


ふらつく足元、両手で刀を構えて向き直る、切っ先を相手に向けて勝負の闘志がまだ潰えていないことを知らせる。


「威勢がいいな、無様晒しておいて……げほっ……」


しかし向こうも傷は浅くない、どうやら丁度先程の刺客たちにやられた場所に蹴りがあたったらしい、呼吸の調子が乱れている、消耗具合はかなり多い。


傷口から垂れる血を乱暴に拭い去り、武器を二本構える女騎士。


「見るからに、騎士道なんたらの良いトコ嬢ちゃんなんで騙されったろ?恥じることはねぇ……大体引っ掛かるからな、オレはこういうズルが得意なんだよ」


依然として敵意は衰えず、むしろ時間が経つほどに色濃く深く淀んでいくのが見える、それ程までに凄まじい執念が一体どこから来るか。


「……だがてめぇ避けやがったな、あの体勢から、あの状態から、オレの不意打ちを躱しやがったな


そんな芸当普通は出来ない、そもそもオレのこの剣をああも軽々と受け流せるなんざ人間技じゃねぇ


ならやっぱりてめぇはオレ達の探してる英雄に違いない、神妙にぶっ殺されてくれこの偽物の偶像がァ」


こちらを嘲笑うように告げられたその言葉は、この目の前の女が放ったひと言は、そう私の目的を考えれば到底無視できるものではなく。


「今、なんと——?」


「なんだぁ?ホントのこと言われて戦意喪失かァ!?お前らは政府が作りあげた偽物の救世主だって言ってんだよッ!世の中をこんな地獄に変えやがって!


だが安心しろよ、お前らみたいなクズは政府諸共オレらが全部全部ぶっ壊して、ぶち殺してやっからよ」


——それを聞いた私にはもう。


「……そう、だったのか」


——戦う意思など残されてはいなかった。


刀をその辺に投げ捨てて、ついでに鞘も捨てる。


「……あ?」


地面に両膝を着いて正座をし、石粒まみれの地面に両手をついて頭を擦り付ける。


「なっ……何してんだオメーっ!?」


そして、恥さらしの剣士は語った。


「私の名はアマカセムツギ、かつて政府の思惑に加担し世の中の有り様を歪めた愚か者であり、そして現在その過ちを正すべく各地に散らばる英雄共を……


我が師より受け継いだ刀を以て、単身で切り捨て回っている身なれば」


「——は、はぁ?」


……この世の中で。


争いごとから目を背けた今の世界で、そんな過激な思想をぶら下げて歩いている者が他に居ようとは、これが何かの策略と疑う必要は全くの皆無である。


そうかつて騙されたからこそ、思惑に載せられ真実を見誤ったからこそ、私には嘘が分かるのだ。


「何言ってやが……」


困惑に困惑を重ねられ、殆ど思考停止状態にある女騎士、疑惑と疑念に押しつぶされてしまっている。


「既に三人、刀の錆にしている」


顔を上げ、ダメ押しの一発をかます。


「……あ?」


「英雄ジオ=トゥヌルス、英雄ヨハネス、英雄トト、以下三名を私は既にこの手にかけ葬っておる」


「は……!?」


「嘘と思うなら調べでも何でもすればよい、しかし私が告げた言葉は全て疑いようのない真実である」


私はそうキッパリ言い切るのだった……。

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