第16話懐中時計を探す冒険者

遺体が入った袋を抱えて、私たちは森の奥へと進んだ。


 隣を歩いていたオルドが、私に声をかける。


「……死体に馴れているんだな」


 オルドの声には、警戒心があった。死体に馴れている私を如実に警戒しており、その分かりやすさにため息をついてしまう。


「育ててくれた叔父が、神父だったんです。そのせいで葬式の手伝いもしましたから、死体には見慣れています。田舎で育ったせいで、獣にやられてしまった遺体も扱いましたし」


 叔父が住んでいたのは、小さな教会だった。そのため、叔父の他には修道士も修道女もいなかった。


 だから。葬儀などの忙しい時には私たちも働き手として扱われていたのだ。幼い時こそ葬儀の会場準備ぐらいだったが、長じれば亡くなった人の遺体の整え方も手伝うようになった。そのときに死体には見慣れてしまって、今ではどのように酷い死体でも動じない自信がある。


 この経験がなければ、人を縫うなんてことは出来なかったかもしれない。医療行為というものは、グロテスクな傷口を見るということも含まれる。私に傷口を縫うなんてことを教えた医者は、それも見抜いていたのだろうか。



 いいや、常に酔っていた医者だから、そこまでは考えていないだろう。もしかしたら急患が来た時に、患者私に押し付ける心算であったのかもしれない。それぐらいに、繰り返し教えられたのだ。


 今更ながら、あの医者が酔っぱらいながら手術でもして患者を殺していないかが心配になった。


「それにしても傷を縫えたり、死体に馴れていたりと……お前って万能だな。冒険者じゃなくてもやっていけるんじゃないのか?」


 危険な冒険者をやっているのはどうしてか、とオルドは遠回りに尋ねてきた。


「生まれつき器用なんですよ。それに、何になるにも修業期間が必要になりますからね。若い頃から稼げる冒険者を選んだんです」


 罪を償うために母に送金する必要があったとは、言わなかった。


 その説明は、ラスティを巻き込むからだ。


 兄が言わなかったことを今更になって私が言ってしまうのは違うだろう。オルドとは、兄の方が付き合いは長いのだ。付き合いの浅い私から、兄の根幹を明かすわけにはいかない。


「なるほどな。そういえば、ラスティも器用だったな。ちょっと聞いただけで、すぐに何かを作ったりしてたし。才能に溢れた兄弟だよ。俺たちなんて、家にいても役に立たないって親に放り出されたんだぞ。それで食い扶持を稼ぐために冒険者になったんだ」


 オルドたちは、農具を作っていた地方に住まう鍛冶屋の次男と三男だったらしい。立派な長男を見習って父親の元で修行をしていたが、あまりに上達しないので放り出されたのだという。鍛冶屋は長男が継ぐので、体のいい口減らしであったのではないかと思われる。


「まぁ、冒険者なんて誰だってそんなものですよ。……あの新人も同じような理由だったのでしょう」


 私は、自分たちの前を歩く若者を睨んだ。


 シズクが守った若者は無傷で、飄々と森の中を歩いている。武器は相変わらずナイフだけで、そんなもので身を守れると思っているらしい。失敗から何も学ぼうとしていない。


「そういえば、シズクはあいつを守ろうとしてたな。知り合いなのか?」


 そんなことをオルドは尋ねるが、新人とシズクが顔見知りだとは思えなかった。シズクは新人の名前を一度も呼ばなかったし、知り合いであれば見捨てようとした私にそのように説明しただろう。


「初対面だったと思いますよ。エルフを狩るのに、銃ではなくてナイフを持ってくるような馬鹿者です。シズクが自分の身を危険を冒してまで助けようとした理由は分かりません。兄だったら助ける、と言っていましたけど」


 私の愚痴のような言葉に、オルドの顔は曇った。そして、随分と長いこと悩む。彼が口を開いた時には、私たちは随分と森の奥深くに来ていた。


「今回のことで、シズクに呆れることは多くあったと思う。でも、見捨てないでやってくれ。シズクは、ラスティに命を救われたんだ。あいつの母親が客に殺されて、シズクも暴行されそうになった時にラスティが助けたんだ。その時に、ラスティは弱い人間は強い人間が助けるもんだって教えたらしい。そのときは、シズクはまだ十歳だったからな」


 懐かしむようなオルドの言葉に、私は納得してしまった。シズクは、救世主であったラスティの言葉を実行しているのだ。幼子のための幼稚な正義の言葉は、情操教育には役に立つ。


 だが、冒険者という職業には約に立たない。


 危険が伴う職業では、綺麗ごとを言っている暇などない。今回のように自分の方が死にかける危険性がある。


「シズクにとっては、ラスティは全てだったんだよ。あいつの独特の戦い方を教えたのもラスティだしな。あいつの人並外れた運動神経を生かすなら、普通は必要になる相棒は邪魔になる。だから、一人で戦うスタイルを確立させたんだよ。名目上はラスティが相棒だったけど、ほとんどシズクの保護者だった」


 なるほど、と私は納得した。


 今までシズクの至らないと思ったところは、ラスティが育てたようなものだったらしい。将来有望な子供なのに、随分と厄介な育て方をしてしまったらしい。もういっそのことシズクの元来の善良性を生かして、冒険者などにはさせないで別の育て方をすればいいものを。


「だからこそ、シズクはラスティの自殺を受け入れられないんだ。俺たちはラスティは自殺したって繰り返し言ったから、シズクからの信頼を失っている。ラスティの死を受け入れさせられるには、お前の力が必要なんだ」


 見知らぬ私に対して、シズクの周囲が友好的な理由が分かった。彼らは、私がシズクに兄の自殺を受け入れさせることを望んでいる。子供が知人の死を乗り越えられない痛々しさを見ていられなくなったというところか。


「……実は、気になっていたことがあるんです。兄の銀の懐中時計を知りませんか。遺品のなかにはなかったんです」


 私の質問に、オルドは怪訝な顔をした。ここで懐中時計のことを聞くのは、おかしいと思ったのだろう。


「たしかに何時も持っていたけど……。言われてみれば、飛び降りた時の現場にはなかったかもな。でも、その数日前から見てないような気もする」


 オルドの言葉が確かなら、ラスティは死ぬ前に自分の手で懐中時計を処分した可能性がある。何のために処分したのか。売ればそれなりの金になるから、人生最後の贅沢にでも使ったのか。しかし、それならばオルドたちの目に留まっているだろう。


「よっぽど大事なものだったのか……。あの懐中時計」


 オルドの様子からして、周囲は懐中時計が高価なものだとは知らなかったようだ。だとしたら、知り合いが盗んだという線は薄そうである。


 それにしても、あの懐中時計はどこに行ってしまったのだろうか。


 私と兄の罪と償いの印である時計は。

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