第9話

「手紙と……、ディスク?」

 俺はその中身を見て、首を傾げた。

「手紙は俺が読んだらブチ切れるらしいけど、ディスクはなんだろ?」

 優さんは封を切り、手紙を読む。

「これは大したプレゼントだ」

 優さんは笑った。いつもニコニコの顔の口角が更に上がるのを見ると不安になる。

「簡単に言うと愛ちゃんのコンサートへの招待状だよ」

 な、なんだそれ? そんなので俺は別にブチ切れたりしないぞ。

「ただ、依頼書でもある。雪絵、読み込んでくれ」

 ディスクをパソコンに入れた雪絵さんは、ふむふむと頷いた。

「なるほどねぇ」

「俺にもわかるように説明してください」

 俺がブチ切れるって言うくらいなんだから、何か物騒なことなんだろう。

「わかった。順を追って説明するよ。まず、愛ちゃんがアイドル活動をしている。これはいいね?」

 俺は頷く。

「次に、前の時にあのお爺さんが、愛ちゃんを殺し屋として懸賞金一億を掛けた。これがネットでも出回ってしまったんだ」

 お爺さんはまだ生きている。当然と言えば当然。

「このため、愛ちゃんのアイドル活動が厳しくなった。もし、ここでコンサートを降りるようなら、やっぱり殺し屋と言うのは本当だったんだという噂がより広まってしまう」

「アイドル活動辞めたらいいんじゃないですか?」

「そうもいかないらしい。アイドル活動は、大きな資金になってるらしくてね。根強いファンもいるから、そう簡単には離れないらしいが、コンサートを降りてしまうと話が違う」

「そうか……、足ですね」

「うん。愛ちゃんの独占コンサートは、長時間ハードな動きでファンを魅了する。特殊な治療をしたとはいえ、あまり負担をかけられない」

 足のアキレス腱を斬ったのは優さんだ。だから何とかしろと言うのだろう。とんだプレゼントだな。

 でもどうしろというのだろう?

「こちらの事を相当調査したらしいね。ご指名は私と、姫ちゃんだよ」

 雪絵さんがそう言う。

「姫ちゃん? なんで姫ちゃんが!」

「薬物による酔い。それで会場のファンを酔わせて、飛び跳ねてるように幻覚を見せる。そうすれば愛ちゃんは最小限で動ける」

 毒使い、毒姫の姫ちゃんをそんな風に使うなんて!

「そんなの駄目だ! もし死者が出たらどうする!」

「そこは姫ちゃんの力量によるけど、これが君がブチ切れる理由」

 優さんは相変わらずにこやかに言う。

「当たり前だ! ブチ切れるってわかってるんなら、なんで姫ちゃんが人を殺さないかわかってるんじゃないのか?!」

「受ける受けないを決めるのは君じゃない。姫ちゃんだ」

 優さんは姫ちゃんを見た。

「いいよ、受ける」

「姫ちゃん!!!」

「殺さない加減くらいできるよ。大丈夫」

 興奮した俺の傍に晴子さんが来て頭を撫でる。

「新太さんが姫ちゃんを大事にしてるのは伝わってますから、あとは意志を尊重してあげるだけですよ」

 俺は額に手を当て、考える。

「薬物の依存性は?」

「なるべく小さいものを選ぶけど、愛ちゃんがある程度は動いてくれないと酔わせる量が多くなる」

「なら、そこは凛さん側に要求するとしよう」

 俺は仕方なく頷いた。だが、問題は他にもある。

「カメラはどうするんだ? 映像は薬で騙せない」

「そこからが私の出番なのよ」

 雪絵さんが胸を張る。全ての端末の記録映像を、ディスクの映像とすり替えてほしいとのこと。

「め、めちゃくちゃじゃねぇか」

 動きは約十分の一に抑える。それを薬とデータで誤魔化すのだ。

「上手くいくのか……?」

 正直無茶苦茶すぎる気がする。だが俺にできることはない。依頼を受けると決めた姫ちゃんを支持するしかない。

「晴子と美雨は残ってくれ。念の為トラップと逃走経路は入念に」

 コンサートは明日。準備を進める。

「束の間の平和だったな……」

 そんな事を呟くと、姫ちゃんが笑う。

「よく優さんの殺し屋稼業に付いていく癖に」

 それを言われちゃあお終いだ。

 晩御飯を食べて、風呂に入り眠る。俺は思いのほかぐっすり眠れた。


「大丈夫?」

 夢の中で彼女が俺に言う。

「俺は心配だよ」

 それを聞いた彼女は口を手で押えクスクス笑う。

「大丈夫だよ?」

「失敗するなよ?」

 俺は夢の中で彼女の頭を撫でる。

「うん、頭撫でられたの久しぶりだな」

 彼女は嬉しそうに体を抱き寄せる。これは夢の中。夢の中で俺は彼女と繋がってる。

 毒使い、?ちゃん。彼女はきっと明日上手くやるだろう。

「明日はよろしくね」

 そう言って彼女は消えていく。

 別に俺は何もできやしない。それでも夜は明けるのだ。

「おはよう」

 姿が見えなくなってから声が聞こえた気がした。

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