第16話  そことも結びついてしまった

 明晰夢めいせきむの中だろうがなかろうが、今できることは、現状の解釈をすすめるしかない。


・・・無の大海ワダツミ・・・理論物理のディラックの海というものが、生死の境界のイメージとされたようだ・・・そこに散る寸前から少し離れた・・・そんなふう。 けれど夢なら何でもありでもいいかも。


 ディラックの海は力場理論の再解釈とやらでお役御免になったのだから、夢でもそうできるかな・・・


 ん~、なら、五感がたたれた明晰夢中なら、「真空」は・・・


 僕である特異情報のセットが真空に散逸する過程、死の淵に離散の寸前?


 これ、魔族の思惑のうちなのだろうか?・・・今わの際、悪夢声逆の時空遡航じくうそこうに、藁をもつかむように飛びついてしまい、起死回生をはかるも不完全で宙ぶらりん・・・そんな感じ。 


 からだ瀕死でとまっている。 正確には心拍が停止し死戦期の最後の呼吸エンドアトムンクの寸前にわずかに時空遡航して停止している。 そして時間結晶よろしく、そこで停止しているはずなのに、僕の主観では時間はそれ以上遡航せず順行し経過し思考できている・・・なぜ。


 例えば、時空隔絶・・・SFアニメにある時空泡のようなものの内にあれば・・・


 ・・・それでいて”泡”の外を観測できるなら・・・観測できるからには、完全な隔離でなくて、観察による影響・・・例えば二重スリット実験のように、観測による影響を及ぼせるのか・・・


・・・でも五感を回復すれば、無理。 夢から覚めれば理解できなくなる・・・ままならない、でも一部は可能・・・真空・・・素粒子・・・物質を構成する・・・ 力を伝える・・・質量を・・・引力を・・・??


・・・でもこの異世界の・・・夢の中では自明でも・・・



 ”泡”の外、マクロな現実の方を観測すると、僕の瀕死のからだは、床を穿うがいて仕立てた浅い浴槽のようなもののなかにおろされて、清純な白い放射光を発する薬液っぽいものに首のところまでひたされていた。 


 すはだかの僕のまわりにエウドラらの姿が動画の1フレームよろしく静止していても、葬儀前に身ぎれいに洗う沐浴ムクユというわけではなさそうだった。


 僕のからだは脳は生死微妙でもまだ生の側にあればこその明晰夢のはず。


 夢なのに夢の外を五感に頼らず観測できる不思議は、夢の中では不思議なことではなかった。  自他の境界が低いのか、そうであれば僕の思いも届きやすいのではないか。


 僕の生まれは魔法が空想ファンタジーの世界で、僕に魔法を使える遺伝的素質があるはずない。 


 けれど魔族の干渉を大きく受けたせいだろう、今の僕は魔法よろしく時間の流れに逆らって、静止したスクリーンショットな異世界を観測できている。


 その時空遡航スキルでさらに・・・魔族に再構成されて覚醒した、いっとうはじめ、エウドラとの出会いのところまで時間をさかのぼれるかもしれない・・・


・・・未来起点の過去やり直しはすでに定まった時空の改変。 先にも言ったと思うが、やり直しで生じる変化があるほど、既存既定の未来とのエネルギー準位というかエネルギーの収支の違いも大きくなり、その現実への反映が、爆発ないし爆縮の規模が、この星規模の破局的なものとなりかねない。


 過去にもどれば、呼吸ひとつをとってしても、空気分子の運動エネルギー、位置エネルギーなどが過去のひと呼吸と同じである理由はない。


 未来から結びついた過去にさかのぼれば、時空系が改変、再構成される、変化が僕を起点として光速を越えて爆散して行く。


 疑念が形を強くする。 もし魔族が僕のからだが免疫暴走することがわかっていたとしたら・・・


 星都キュレーネには入ったタイミングで発症、そして僕が発症前の時空に、出魔潟のころに逃げる。 そして僕の移動経路沿いに星都と星都にいたる人間の領域で・・・状況破滅。 


 時空的には、僕が魔潟で助からなかった場合以下だろうが、それでも膨大だろう。


 そのリスクを本当に理解しているのだろうか。とてもそうとは思えない。魔族とて、この世界が、この星が母星だろうに。


 魔族であろうとなかろうと等しくふりかかる規模の破局、大破局にいたる危険性もないとは言えない。 そうなればこの星の生きとし生けるものの全球破局たりうる。


 その引き金を引きかねないと思うと怖い、すごく怖い。 静止を越える時空遡航をする気になれない。


 加えて、異世界免疫を僕のからだが破綻するまでの数日のうちに克服できる目処は全くない。


 このまま時間結晶化した状態のまま・・・時間結晶化したまま昇華蒸発で無に漸近して、生きるいとなみから解脱する?・・・


 いや思考できているのだから、結晶化=凍結ではなく変化はあるはず・・・それはどこに・・・みつからない。 もしかして観察の範囲を拡大すれば・・・


 対象範囲拡大・・・みつからない。

 さらに対象範囲拡大・・・みつからない。

 さらに対象範囲拡大・・・みつからない。


 なら今の状況に収束する近似なら・・・現実の対象から五感が遊離した状況ならばこその夢想で、五感のうち四感を3次元+時間軸の時空スケールにあて、残りの一感で変化感知の探索をつづける・・・


 精度うんぬんいう習熟以前のレベル。 それでも繰り返し探索しスタックし、そして得られる最良データのものだけを選択して、ホワイト&ダークノイズ減算して重ね合わせ処理すれば、それなりの結果が得られるのではないか・・・


・・・十回、百回・・千回・・・


 どれほどの回数目だったのだろう。 


 有意な変化が明確になったとき、僕はかなり散漫になっていた。


 経験の全くない、ありえないことの連続シリアルで摩耗していた。


 自他の境界の劣化、脆弱化に思い至らず、不用意にそれを観測しようとしてそのままそのマスに半ばこぼれ落ちた。


 精神の半分、半心はそこに流れ込んで行き、そことも結びついてしまった。


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