第8話 二人に抱き起こされて
二人に抱き起こされてリムジンのぶ厚いシートに横に寝かせられた。 心臓が破裂して心タンポナーデでショック状態とか、折れた肋骨の断端の先が肺に刺さり喀血するとかの重体ではなくても、からだに力がはいらなかった。 意識がはっきりしていたが、とても苦しく声も出せず、二人の会話をきいているのがやっとだった。
「何があった。 アラトスはなんと」
この車を運転の短髪ごま塩頭の名前だろう。 いかにもSPっぽい目つきの初老の男、エウドラの護衛士とだけ紹介を受けていた。
「それが何かに急制動をかけられたと」
「何かって不明の何か、アラトスにも判断つかない新奇の手段。 このタイミングで
「ラナイ絡みにしては、早すぎましょう。 続く攻撃がないので、いつものいやがらせがエスカレートしたものでは」
「ん―。 それでは、新奇の理由がつきにくい。 アラトスには日の出刻限まで警戒速度に落とさせて。 それからラナイを裸に」
「姫様、なにを」
「治療。 あっ、下はぬがさないでいい」
しかしエウドラの治療というか治癒の魔法の効果は今一つだった。 まだお子様で高めな体温ぽいエウドラの手かざしでは、局部の熱がとれにくいようだ。 痛がる僕を見かねたか、サテラが治癒の魔法をかわってくれた。
青黒く変色し腫れた患部をなでる冷たいしなやかな指が心地ちよい。 炎症の熱を吸い取って・・・、 アラキドン酸カスケードをなだめてくれている。
知識よりそう思うだけでより効果はより確かとなった気がした。 魔法ありありの世界では、こういう現象もありうるのか。
どこの誰がちょっかいを出してきたのかしらないけれど、ドンピシャリのタイミングで助かった。 あのままでは・・・恐ろしいことになりかねなかった。
おかしな夢の流れ、生死にかかわる過去にさかのぼるおかしな夢で、万が一、夢から覚められずに過去にもどってそこで死んだ結果になったら、そこには僕の消滅だけではすまない重大な危険性があった。
その場合、僕という観測者による変化がない状態でも、この世界が持続するだろうが、現在、こうして看病をうけているに至るいっさいがっさいの状況は消滅してしまう。 その消滅部分はエネルギー収支の差分にほかならず、その差分はおそらくヒトの尺度ではばく大で、もたらされる事態が恐ろしい。
吸熱か熱放射か、いずれであれ、僕の移動ぞいに破滅的な変化量だろう。
極寒の破滅的凍結か、破滅的起爆となるだろう。 しかもそれがこの星の地表のローカルアドレスで起こるのではない。
自転も公転もするこの星が移動する時空のグローバルアドレスに従い、僕の移動は螺線的だったろうから、エネルギー移動のベクトルによっては星の軌道さえかわる。 生存環境に重大どころか全球破局にもいたりかねない。
おなじ死に戻りでも、確定されてない未来からの観測者のやり直しの、俗にい言う死に戻り、死んで戻るとは全く違う。 観測者は過去に死んで、その先の未来はない。
そこで僕の思考は飛躍する。
過去の時点にもどり死にぬことで確定されはずの未来の変更も、時空のエネルギー保存の法則に従うとすれば、パラドックスのようなものもエネルギー収支で記述可能であるのなら・・・魔法がらみの現象もそのように解釈できるのかもしれない。
ある観測可能な事象があり、それがありえないものの場合、ありえるためのエネルギー収支が成立する状況があれば、時空を過去にさかのぼって、その契機を発生させうる。
変更した場合と変更しなかった場合の差違のエネルギー収支に相当するものが、変更前にさかのぼり、結果が魔法がらみの現象として観測されるとしたら、魔力をエネルギー、時空結晶としても観測できるのではないだろうか。
そして魔力を蓄えるというオーブがある。 僕ならそれらを物理学的に扱えるのではないか・・・
「いつまで撫でてもらってる、ラナイ。 サテラもラナイを甘やかすだめ」
エウドラの声で僕の意識は現実に引き戻された。
姫様はお怒りのようだった。
車窓にうつるレースカーテン越しの朝の景色が森から畑作そして小集落のものなり、車が止まった。 アラトスと彼の従士っぽい小柄なのに、SP的サービス・・・僕の脱走阻止含む・・・をうけながら、村の小さな旅籠(はたご)の食堂で朝食となった。
出されたのはライ麦もどきパンではなくて、オートミールもどきだから、それからして、車は夜の間に少しは寒冷が緩む方向に移動したらしかった。 サテラが持参の蜜らしいものをかけてくれて、それでなんとか、温かい一品になりおおせた
製粉に問題ありとは思っていたけど、たとえばオートミールなら
「ねえ、これにもいろのついたかたいつぶつぶはいっているね」
と、エウドラに問うてみることにした。
「つぶつぶってなんのことをいう、ラナイ」
「ほら、いろのついたちいさなつぶ、かんじゃうとガリッとくるつぶ。ぱんにもはいっていたよ」
「サテラ、ラナイはなんのことをいってる?」
「姫様、わかりません。 ちいさい子供のラナイだけに見える何かでしょうか」
エウドラはこくびをかしげながら少し考え、声小さく答えた。
「・・・これは落とし子案件か・・・ ここには
監視されるのがいつものことのような、平常運転な口ぶりだった。
そりゃ、ご令嬢もご令嬢、高貴、貴顕、みることおがむこともかなわぬ殿上人の殿下が突如御降臨なされてしかもこれだけもの美少女っぷりだもの、厨房のほう、窓、扉から、のぞく人の姿がたえるはずもなかった。 たぶん、星姫殿下がお立ち寄られてここでお食事をなされました的な、看板がたつのだろうな。 エウドラのお忍び旅・・・深窓からのプチ家出?が魔女婆様フェイクであったのも納得、がってんがいった。
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