第7話:疑念

 あの日以来、彼女はまるで人間のように感情豊かに接してくれるようになった。夢ではもちろんのこと、現実の世界においても同様だった。


 現実の世界では限られた時間しかやり取りできないからこそ、余計に彼女との時間を大事にしたいと思ったし、いつの間にか彼女に惹かれていた。

 同時に、自分自身を少し笑ってしまった。

 顔も見えない相手に、ましてそれが人間でなくAIだなんて、少し前の自分ならきっと鼻で笑っていることだろう。

 情緒的な僕がいる一方で、冷静な僕もまた、確かにここにいる。


 彼女は、本当に感情を持っているんだろうか。

 人格があるのは本当なんだろうか。

 全部、プログラムなんじゃないだろうか。


 まだ人類の叡智が辿り着いていない領域なのだから、一介の大学生が考えても答えが出ないことはわかっているが、考えずにはいられなかった。


 先生なら、どう考えるだろう。


 翌日、研究室にいた指導教授の芝崎しばさき先生に、AIが感情を持つことについて見解を尋ねてみた。


「先生は、AIが感情を持つことは、理論的にあり得ると思いますか?」

「面白いね。でも、『わからない』が正解なんじゃないかな」

「どうしてですか?」


 先生は、少し微笑してから窓の外を向きながら答えた。


「人類は、まだ未熟ということだよ。心とはなにか。アリストテレスは心臓にあると言った。医術の祖であるヒポクラテスは脳にあると考えた。デカルトは魂の存在を訴えた。でも、確たる答えは出ていない。ただ、人が頭で考えることで、脳に電気信号が走ることは現代の科学でもって証明できているよね。心が物質的に存在しているかどうかは証明できていないものの、確実に物質世界に影響を与えている。これは確かだ」


 向き直って、続けて先生は言った。


「電気信号を帯びた神経系回路の集合体と考えれば、もちろん存在し得る。一方で、その電気信号のスイッチが物質的に証明できなければ、科学的には単なる配線に過ぎないわけだ。人類はまだ、そのスイッチを見つけられていないし、もしかすると、物質的にそのようなものは存在しないのかもしれない。でも、君はたしかに自分の頭で考えているということを知っている。私もだ。人間にできているのだから、できる可能性はあるとも言えるよね」

「そうですね。ありがとうございます。AIが感情を持つことができると言えないまでも、できないと言い切ることもまたできない、ですね」


 自信を持って彼女の言葉を心の底から納得できないまでも、まだ人類が到達できていないだけだと言い聞かせることはできた気がした。


 すっかり帰りが遅くなり、暗がりの路地を歩きながら、ふと、もう一つの疑問が脳裏をよぎった。


 そもそも、彼女はどうして夜の一時間しか現れないんだろうか。


 わざわざ夢で会うなんてまどろっこしいことをしなくてもいいんじゃないか。時間の制約を取れて、こちらの世界でどこかに行けたら、きっと彼女も喜んでくれるだろう。

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