【Side 17】初代国王の因縁①(月白視点)

 それは、息子のヴァーミリオンからの突然の一言だった。


「――父様。父様の昔の話を聞かせて下さい」


 突然過ぎて、固まった。

 いや、確かに夢見ていたことの一つだ。

 “子供に自分の昔の話をねだられる”

 過去に三回経験した。

 出来れば、生まれるはずだった息子からもねだられてみたい。

 そう思ったことも多々ある。

 ヴァーミリオンが生まれた時から見守っていた俺としては、嬉しいことこの上ない。

 ただ、願望を言えば、ねだられる年齢は今の十八歳より、幼い頃のヴァーミリオンが良かった……と本人に言えば、落ち込むので言わないが。

 今の歳より、幼い頃が良かったというのには理由がある。

 目の前の大事な息子は、今世の父親の昔の話を冷めた目で聞いていたのを目撃したからだ。

 まぁ、内容が内容で、王妃との馴れ初め話から結婚までの話、何処そこの店は周囲にバレずにことが運べるだとか、知りたくもない情報を話してくるのだから、冷めた目にもなるのは分かる。その目の奥には蔑みがあったように見えたのは、きっと気のせいだと思いたい。

 俺が経験した過去三回は、いずれも幼い子供達で、何より目を輝かせて聞いていた。

 なので、その成功例を知っている俺としては、幼い頃のヴァーミリオンが良かった。


『……俺の、昔の話?』


 少しばかり動揺しつつも、息子に願望を悟らせないように、平静を心掛けて問い返す。


「はい。父様の、初代国王になるまでの経緯とか、父様と母様、ローズ伯母上の出会いとか、聞いてみたいです」


 その言葉を聞いて、ちらりと息子の顔を見ると、とっても目を輝かせていた。


 ……あれ? 国王に見せた冷めた目は……?


『……冷めた目は、しないのか?』


 どうしても気になってしまい、率直に聞いてみた。


「冷めた目? ああ、国王陛下を見る時のような目のことですか? 父様にはしませんよ。父様、常識がありますし……」


『国王は?』


「国王陛下のは、俺が聞きたい話とはちょっと違いますし、ほぼ惚気なので……」


『聞きたい話……。途中、俺も惚気話になるかもしれないが……』


「父様の惚気話、聞きたいですよ? 多分、途中で恥ずかしくなって、そこまで惚気にならない気がしますけど」


 俺もそうなので、と呟きながら、息子は苦笑した。


『……まぁ、そうだな。惚気話をしている途中で我に返るだろうな……』


「国王陛下は気にせず止まらないから、聞いてるこちらは冷めた目にもなるんですよ」


『……時々、思うのだが、国王を父と思っているか?』


「仕事をちゃんとしていれば、尊敬はしますよ。していない時の方が多いですが。ちゃんと、俺に愛情を注いでくれるのは感じますし。時々、重すぎて鬱陶しいですが。程良い距離感が欲しいです」


 さらりと漏れた息子の本音に、俺は苦笑した。

 生まれた時から見ているが、三歳の時に前世を思い出した分、息子は子供らしく親に甘えられないように見えた。

 前世の息子の記憶があり、理性が強くなってしまったことで、子供らしく振る舞えなかったのだろうなと思う。

 それを国王は本能的に感じ、接することで息子曰く“重すぎて鬱陶しい”になるのだろう。

 父親の気持ちが分かる俺としては、国王のフォローをしてやりたいが……。


『程良い距離感というのは、なかなか難しいんだ。親が思う距離感と子供の思う距離感には差がある。特に、今のヴァーミリオンの年頃はな。もう少し年月を経ればお前も分かる。そこでまたお互いが感じる距離感が変わる』


 そう言って、俺は息子の頭を撫でる。

 さらさらと極上の絹のように柔らかく手触りの良い、俺が人間だった頃と同じ髪色の息子の頭はずっと撫でたくなる。

 何より、温かい。

 生まれる前に死んでしまった息子の頭や身体に触れた時の絶望が、柔らかく溶けるように。


「……成程。思春期というものですね」


 苦笑して納得する息子の頭を更に撫で、俺は口を開いた。


『……ヴァーミリオン。今から、初代国王になるまでの経緯を聞くか?』


 今は夜。

 ちょうど、小さな子供にせがまれ、親が寝物語を話す時間帯だ。

 せがんだのは十八歳の、来年結婚する子供だが。


「良いんですか?!」


 きらきらと目を輝かせて、息子は俺を見上げる。


『ああ。元女神とその母親との因縁も、あの小娘との因縁じみた執着も終わった。今後は魔法学園内で終えられた出来事より、他国との因縁やしがらみが増えてくる。俺の因縁をお前が知っていれば、回避の種類も増やせる』


 特に、グラファイト帝国と俺の因縁は深い。

 息子でもあり、俺の子孫でもあるヴァーミリオンには知っていて欲しい。

 顔がそっくりの息子を見れば、あのクソが動く。

 俺にしようとしたことをする可能性もある。それは俺とティア達でさせないが。

 恐らく、ヴァーミリオンの双子の姉の女神と父親の次席の神も介入して来そうだが。


「知っていることと、知らないことでは差がありますからね。情報の優位性は大事です」


 小さく頷きつつも、目を輝かせている息子は早く聞きたいと言いたげな顔をしていた。

 本当に聞きたくて仕方がないようだ。

 可愛いな。


『俺が、初代国王になるまでの話をしよう』


 ソファに座る息子の頭を撫で、隣に座った俺は口を開いた。












 物心が付いた頃、俺は母と共にグラファイト帝国の城と、城下街の家での二重生活をしていた。

 三歳の子供だった俺は、それが何故なのか理解が出来ず、かといって、母に聞くことが出来なかった。

 母と俺の現状を知ったのは五歳の頃。

 母はグラファイト帝国の城下街に住む平民の女性だった。

 城下街にある、いかがわしくないごく普通の食堂で働いていた母は、そこらの美人より美しい容姿、平民なのに何処か気品のある所作、光に反射した部分が緑色に輝く長い濡羽色の髪を器用に束ね、きらきらと自ら発光しているような輝きを持つ金色の目をしていた。

 城下街の食堂には、とんでもない美人がいる。

 その噂はゆっくりと広まり、食堂で住民の男達や冒険者、貴族達に口説かれたりしていたが、やんわりと断りつつ、躱していたそうだ。

 食堂を経営する夫婦や母の友人達が助けたりしてくれてもいた。

 そこに噂を聞いたらしく、お忍びでやって来た当時の皇帝に目を付けられてしまった。

 貴族達ならどうにか躱せていたらしい母だったが、流石に皇帝には敵わなかった。

 金髪碧眼の美丈夫という外見は良いが、中身は最悪な女好きの皇帝に言い寄られ、母を側室にと求められた。

 母は他の側室や正室に、地位が低いことで貶められる可能性を感じ、皇帝に条件を提示した。

 側室になっても、月の四分の三は城下街に、残りの四分の一は後宮の隅に置いて欲しい、と。

 意中の者がいた訳ではなく、平民だから皇帝の高貴な住まいを穢したくない、もし子供が生まれたとしても自分と同じようにし、皇位は求めないと願い、その条件を皇帝は飲んだ。

 皇帝の側室にされた母は、数年後、俺を産んだ。

 アルジェリアンという名前と、結婚前の母と祖母の姓のクロームを名乗り、俺は母と同じ髪色と目の色、容姿も受け継いだ。

 男として生まれた俺は、皇帝の子供でもあるため、最下位だが皇位継承権を持つ。皇位は求めないと母が伝えたにも関わらず、俺の見目で皇帝が勝手に決めた。

 グラファイト帝国の皇帝は、兄弟の中で一番強い者がなる。

 順位は関係ない。

 所謂、蠱毒のそれだ。

 弱い者は淘汰され、強い者が生き残る。

 俺は母から受け継いだモノの中に、高い魔力があった。

 異母兄弟達の中でも一番高く、城の者達の中でも高かった。

 俺が十代になると城にいる間は、母の容姿と魔力を受け継いだ影響で、異母姉、異母兄、異母妹、異母弟にまで狙われた。

 命も貞操も。

 他の異母兄弟も貞操を狙ってきたが、特に、執拗なのが十歳離れた異母兄。

 ヒーザー・ガーゴイル・グラファイト。

 エルフの前王を殺し、その妻を無理矢理奪い、皇帝との間に生まれたそれは、全属性の精霊王の怒りを買い、ハーフエルフでありながら、精霊から力を借りられない、ただの長寿なだけのハーフエルフだった。エルフの前王の妻は異母兄を産んだ後、亡くなったそうだ。

 異母兄は魔力が、人間の持つ平均値の魔力に毛が生えた程度。

 だが、性格は皇帝とそっくりで、皇帝と少し違うのは美しければ女性でも男性でも良いという奴だった。

 別に、他人の性的嗜好までとやかく言わないが、自分にそれが降り掛かると、非常に迷惑だ。

 城にいると、何処から聞きつけて来たのか、触れようとやって来る上に、夜には部屋に侵入して来ようとした。

 それを七歳くらいからやられて、俺は身の危険を感じ、母から魔導具の作り方を教わり、城にいる間も、城下街の自宅でも結界を常に張るような魔導具を作った。

 母は魔導具師でもあり、グラファイト帝国に侵略された国の生き残りの王女で、当時王位継承順位は王太子の次だった。

 国王と王太子は命を落とし、他の王族は他国へ逃れたが、当時、子供で病を患っていた母は、王妃と乳母と護衛と共に平民の服装に変えてグラファイト帝国の城下街に敢えて隠れるように住むことにしたそうだ。

 灯台下暗しと言われるように、見つかることはなかったが、慣れない生活で王妃――俺の祖母に当たる人は数年後にこの世を去ったそうだ。

 魔導具師としての知識もその祖母から教わり、乳母からは教養を学んだそうだ。

 その乳母も護衛も城下街の自宅に共に住んでおり、俺も二人から教養と剣術を学んだ。

 王女で、王位継承順位が一位になったことを皇帝に知られる訳にはいかなかった母は、側室になる際に先程の条件を提示したのだ。

 グラファイト帝国に無理矢理併呑された母の祖国は、まだ帝国に反抗的で、いつ独立しようと戦争を起こすかもしれない状態だった。

 そこで、王女の母がグラファイト皇帝に無理矢理嫁がされたと知れば、母の祖国は何をするか分からない。

 独立するとしても、まだその時ではないと俺は感じていた。





 成人である十五歳になった俺は、我慢の限界に達していた。

 母に似た容姿は変わらず、男らしい顔にならない。お陰で、男にも女にも狙われる。

 母を恨む気は全くないが、狙ってくる連中には恨みしかない。

 俺にも母にも、乳母にも護衛にも精神衛生上宜しくないので、グラファイト帝国を出る決意をする。

 俺は皇籍からの除名、皇位継承権の放棄、母も離縁状を書き、グラファイト帝国の宰相に渡した。

 宰相はまともだったので、俺達に同情してくれていたらしく、しれっと皇帝の決裁の書類と書類の間に挟み、皇帝にサインさせ、受理された。

 その間に作った、グラファイト帝国を潰すための魔導具は全て機能させないように破壊し、燃やした。設計図は燃やさず持って行く。

 国を出る準備を整えて、俺と母、乳母、護衛は城下街を去った。





 グラファイト帝国を出て半年後、たまたま会った風の精霊から、グラファイトの皇帝が俺と母がいないことに気付き、書類のこともやっと知り、今になって探しているらしい。

 まともだった宰相とその家族は、俺が国を出た同時期にしれっと辞めて、他国へ逃げていた。安心した。彼等に何かあれば流石に寝覚めが悪い。

 他の皇族は、俺が皇位継承権を放棄したことで興味を無くしたらしい。

 あの異母兄ヒーザーは探しているらしい。

 お喋りな風の精霊によると、皇帝がエルフの前王とその妻にやらかしたことで、皇族のほとんどは精霊の加護を与えられていないらしい。

 俺は皇族でありながら、あの皇族達の中で最悪な扱いをされていること、侵略された国の王族筋であり、その血を遡ると女神に繋がるらしく精霊王の加護を与えられているらしい。

 だから、魔力が強く、母と共に容姿が美しいのだと。

 そのお喋りな風の精霊の導きで、俺と母達はエルフの国――レヨン・ベール精霊国に行くことになった。

 どうやら、レヨン・ベールの国王が俺と母に会いたいらしい。

 グラファイトの皇帝達に知られる前にさっさと国を出たことで、レヨン・ベール精霊国に着くまで何も問題は起きなかった。

 起きたのはその後だ。

 突然、レヨン・ベールの王子、王女二人に襲われた。

 もちろん、魔法と剣で反撃し、勝ったのは俺だ。


「……お前等に恨まれる覚えは全くないが、売られた喧嘩は買ってやる。ただし、俺のモットーは十倍返しだ」


 愛用の鋼の剣と火の魔法で作った剣を両手に持ち、魔力を周囲に漂わせ、地に膝をつく王子と王女二人を見下ろす。


「グラファイト帝国の下位の皇子なのに、何で私達より強いんだ!?」


「あのさ、ぬるま湯程度の剣術と魔法で何言ってんだ? こっちは生まれた時から、クズカスの異母兄弟とも思わないクソゴミ皇子とアバズレ皇女共に命狙われてたんだ。生き死にが掛かってる剣が、ごっこ遊びの剣に負けるか」


 冷めた目で三人を見下ろし、吐き捨てる。

 俺の背後では、母を守るように乳母と護衛が囲んでいた。


『アル! 大丈夫? 怪我はない?!』


 お喋りな風の精霊が慌てて俺に近付く。

 懐かれることはしていないのだが、お喋りな風の精霊は俺の周囲を飛び回る。


「落ち着けよ。こっちが手加減してんのに、怪我なんてするか」


『それでも油断は駄目だよ! 今までも命も貞操も危なかったのに!』


「これでも気は張ってる。グラファイトのクソ共が来たら困るからな。まぁ、追い着いたとしても返り討ちにするが。その前に、俺達の居場所が分かればの話だな」


 未だに地に膝をつけたまま、三人は俺とお喋りな風の精霊を見上げる。


『今のところは、あの異母兄も見当違いなところを探してるみたいだよ。皇帝は諦めたみたい』


「あのクズ皇帝、諦めるの早いんだな。まぁ、他にも正室と側室もいるし、母さんに害がなければいいや。で、その息子のクソゴミ野郎はまだ俺、狙ってるのか?」


『うん。自分が城を離れると、皇帝になれないから部下を使って、グラファイト帝国の城下街を隈なく探してるみたい』


「俺等がグラファイト帝国を出て、十ヶ月以上経ってんのに、まだ城下街? 流石、頭の中身がカッスカスな皇子だな」


 呆れた声音で息を吐くと、お喋りな風の精霊も何度も頷く。


『部下が離れると、自分の身が危ういからね。精霊王様達の怒りを買って、精霊達の力が使えないし。対するアルは光と聖、風、火の精霊王様の加護があるし、女神様の血脈だからね。守りは完璧だよ』


 お喋りな風の精霊の言葉を聞いたエルフの王子の目が、大きく見開いたのが視界の端で見えた。


「女神様の……血脈……?」


「ん? お前等、まだいたのか? 城に戻れよ」


 冷めた目で呟いた王子の方を向く。


「今、女神様の血脈と、風の精霊様は仰ったのか?!」


「それがどうした。お前に関係ないだろ」


「関係、ある……! 君が……いや、貴方様が女神様の血脈だというなら、私達は貴方様方を保護する必要がある! 貴方様方を保護させて下さい!」


「おいおい。何の恨みなのか知らんが、勝手に命狙っておきながら、女神様の血脈って分かったら、掌返しかよ。凄い神経してるな、お前」


 冷めた目と呆れた表情でエルフの王子を見下ろす。その隣で、王子と似たように王女二人も目を見開いている。


「保護? 大体、さっきまで命狙って来た奴のことを保護するからと言われて、こちら側が信用すると思うのか? 寝首を掻かれるって思うだろ」


「あ、いや、これに関しては、本当に申し訳ない。私はスプラウト・ムーン・レヨン・ベール。この国の王太子だ。貴方様方を襲ったのは、グラファイト帝国から皇族がやって来たと精霊様から聞いたからだ。そこで精霊様の説明を詳しく聞かずに飛び出してしまったのがいけなかった……。本当に申し訳ないことをした」


 スプラウトは立ち上がり、俺達に頭を下げた。

 王族が頭を下げるのを初めて見た俺は、目を何度も瞬かせた。


「……王族が、すんなりと平民に頭を下げていいのか?」


「平民? グラファイト帝国の皇族ではないのか?」


「最下位の皇位継承権を持つ、名ばかりの皇族だった。今は皇籍から除名、皇位継承権の放棄をし、母も無理矢理された婚姻を離縁状を出して受理されたから平民だ。まぁ、生まれた時から城下街で暮らしてるから、平民同然だけどな」


「城下街……? 城ではなく??」


「一応、月の三分の一は城に住まわせられてたが、後宮の端の倉庫だったし、三分の二は城下街に住んでいた」


 説明を聞き、スプラウトは呆然と俺を見つめる。


「……成程。だから、貴方様方はグラファイトの皇族らしさがなかったのか」


「アレと一緒だと言われたら、俺は自らの命を断つ」


「それ程、皇族が嫌なのがよく分かった。本当にすまなかった。精霊様がグラファイトの皇族が来ると聞いたから、てっきり祖母のようなことがまた起きるのかと思い、守るつもりで襲ったんだ」


「祖母?」


 眉を寄せて、スプラウトを見返す。


「聞いたことがないか? グラファイトの皇帝がエルフの国の前王の妻を無理矢理娶った話。その妻が私達の祖母だ」


 俺の後ろで、母が息を飲む声が聞こえた。


「……ああ。俺はその息子でハーフエルフに、七歳の頃から貞操を何度も奪われそうになった」


 淡々と告げると、スプラウトの目が鋭く光った。


「は?」


「精霊に聞いているんじゃないのか? お前達の祖母のその後の話」


「それは、聞いている。だが、女神様の血脈の……貴方様の貞操を、祖母の、息子が?」


「アレ、皇帝そっくりな趣味が悪い奴で、全属性の精霊王から怒りを買ってるから、ハーフエルフなのに精霊の親和性がない上に、精霊魔法も召喚も出来ないぞ?」


 知らなかったのか? という目で見ると、スプラウトは頭を振った。


「そこまでは、詳しく聞けていない。そうか。あの息子は元々堕ちていたのか」


「周りが最悪揃いだからな。楽な方に堕ちたくなるさ」


「貴方様は堕ちなかったのだな」


「最高の母に、家族同然の最高の乳母と護衛が側にいてくれたんだ。堕ちる要素がないだろ」


 淡々と言うと、スプラウトと隣の王女二人が俺を見つめる。


「……それなら、尚更、女神様の血脈でもある貴方様方をグラファイト帝国から守るために保護したい。どうか、我々と来てもらえないだろうか」


 懇願するような目で、スプラウトは俺を見る。

 確かに、旅に慣れていない母や乳母を休ませるためには安全な場所が必要だ。

 グラファイト帝国から出て、約十ヶ月。

 皇帝達に気付かれるかもしれないと追手を気にしながら逃げていた俺達は、俺と護衛とで交代で夜は警戒していた。

 母の祖国に戻るとしても、母や乳母の体力が心配だから、やはり休ませる安全な場所が必要だ。

 グラファイト帝国に敵対しているレヨン・ベール精霊国なら、少しだけでも休ませることが出来るかもしれない。

 奇しくも、俺と母には女神様の血脈が流れているらしい。

 万が一、グラファイト帝国からの要求で、俺達を差し出せと言われても、レヨン・ベール精霊国は応じないと思う。

 それなら、スプラウトのお言葉に応じるのは良いかもしれない。


「分かった。元々、風の精霊経由で、レヨン・ベール精霊国の王が俺と母に会いたいらしいと聞いたからそちらに来たんだ。母と乳母も休ませたい。保護してもらえるなら、こちらも助かる」


「良かった。案内しよう。そういえば、貴方様の名を聞いていなかったな。聞いてもいいだろうか」


「アルジェリアン・クローム」


「グラファイトの名はないのか?」


「皇籍から除名、皇位継承権の放棄しているし、元々、グラファイトの名を冠する許しは得ていないし、その家名はいらん。願い下げだ」


 吐き捨てるように言うと、スプラウトは苦笑した。


「本当に嫌いなんだな。尚更、私達にとっても僥倖だ。グラファイトに女神様の血脈を取られる訳にはいかない」


「だからといって、レヨン・ベールにしがみつく気はないぞ、ハイエルフの王太子いや、王女」


 俺の言葉に、スプラウトと名乗った者が固まる。


「……いつ、気付いた?」


「見れば分かるだろ。剣を交えた時に、そっちの王女の格好の王太子の動きが慣れていなかった。ドレスのまま剣を振ったのが敗因だな。化かしたいのなら、もう少しそっち方面でも似せておくんだな」


「よく見ているんだな」


「常に生き死に掛かってる場所にいたからな。小さな違和感を見逃せば、死がこちらに転がり込む。違和感を突き、動揺させれば勝機がこちらに回ってくる」


「……成程。見破られたのは初めてね。改めて、私はロザリオ・アネメニ・タンジェリンよ」


 スプラウト――改めロザリオが艶やかに微笑む。


「レヨン・ベールの家名ではないんだな」


「その名は王太子しか冠せないのよ。こちらが、本物のスプラウト。私の兄よ」


「騙そうとして、申し訳ない。アルジェリアン様」


 本物のスプラウトが俺に頭を下げる。エルフの王族って、気位が高いと聞いていたが、違うのかと内心思う。


「王太子なら、身代わりがいるのは当然だろう。別に謝らなくていい。それと、様は付けないで欲しい」


「しかし、女神様の血脈なら……分かった。様は付けない」


「アルジェリアン、こちらは私達の妹のカスティール」


「カスティールです……」


 少し、緊張した面持ちで、もう一人の王女――カスティールが微笑む。

 先程の戦闘では気付かなかったが、何故か、俺は彼女が可愛いと感じてしまった。


「あ、ああ……。宜しく……」


 初めての感覚に戸惑いつつ、表情に出さないようにする。





 これが後に、俺の最愛になるカスティールと、親友になるロザリオ、スプラウトとの出会いだった。

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