第118話 卒業パーティー後① 〜断罪 三人目①

 卒業パーティーも無事に終わり、三日が過ぎた。

 パーティー前にした断罪で、チェルシー・ダフニーとスチール神官、バレヌ子爵達は、国王である父、王太子の兄、ヘリオトロープ公爵、宰相補佐になったヴァイナス、シュヴァインフルト伯爵、セレスティアル伯爵、その他の関連の大臣達に尋問されている。

 ちなみに、俺は断罪の時の冷たい雰囲気が影響したのか、罪人全員が怯えるという事態が初日の尋問中に起きたので、尋問には参加しないようにと父から言われてしまった。ただ、罪人達が何も話さない場合は俺を呼ぶと言われたので、私室で待機中だ。

 俺も会場内で伝えなくてもいいと判断した余罪を記した書類を提出したことで、仕事を増やしてしまったが、しっかりと処断するための明確な材料なので渡す以外に選択肢はない。

 その書類も含めて、チェルシー・ダフニー達の尋問は三日経った今も、未だに続いている。


「ヴァル。いつチェルシー・ダフニーから元女神を引き剥がすんだ?」


 王城の南館の俺の私室のソファに座り、紅茶を飲みながら、ディジェムが対面に座る俺を見る。

 フィエスタ魔法学園を卒業したディジェムとオフェリアは、卒業生が魔法学園の寮に居座る訳にはいかないので、エルフェンバイン公国に帰るまでは王城の南館に滞在することになった。

 二人も結婚前なので、もちろん、部屋は隣同士だが別々だ。

 滞在する初日にディジェムとオフェリアから「魔法学園通学中も王城の南館に滞在する方が良かったんじゃないか?」と言われたが、魔窟とも言える王城で、しかも、暗殺や誘惑、夜這いをしようとする第二王子直属ではない使用人がやって来るかもしれない場所に、長期間も隣国の王族とその婚約者を泊まらせる訳にはいかないと伝えたら、何故か同情の目を二人から向けられた。

 腑に落ちない。


「うーん……陛下達が昼夜関係なく尋問してるから、もう一日、二日経たないと難しいかな……」


「え。昼夜関係なくって、どれだけ……」


「まぁ、陛下達も恨みがあるからね……。特に俺やウィスティは完全に被害者だし、そのくらいの精神的な攻撃はしたいんじゃないかな……」


 のんびり紅茶を飲みながら、対面に座るディジェムとオフェリアに言う。隣でウィステリアが苦笑している。

 特にチェルシー・ダフニーとスチール神官に対して、父と兄、ヘリオトロープ公爵、ヴァイナス、剣と魔法の師匠の精神攻撃が酷いらしい。

 何かあった時のために、琥珀と伽羅の地と無の精霊王夫婦に姿を消した状態で様子を見てもらっているけど、その二人から来る報告を聞くと、まぁ、するよね、というのが俺の感想だ。


「精神的な攻撃……。例えば、どんな……?」


 オフェリアが興味津々に俺を見る。


「……俺も実際を見てないから、念の為、様子を見てもらってる地と無の精霊王の報告からだけど、その、セレスティアル伯爵の禁呪ギリギリのラインの精神攻撃魔法の幻覚とか、シュヴァインフルト伯爵の得意な剣の魔法のミニサイズとか、ヘリオトロープ公爵の氷の究極魔法の縮小版とか、ヴァイナスの召喚獣のフェンリルに噛まれたり、引っ掻かれたりする幻とか、王太子殿下の火と闇の混合の煉獄魔法の幻とか、陛下の火まみれの隕石魔法の幻とか……を同時だったり、時間差にかなぁ……」


「え、怖っ。何それ。しかも、幻ってことは実際にやられた訳ではなくて、全部やられたように感じる幻覚ってことだよな? 痛覚ってあるのか?」


「セレスティアル伯爵がまず、精神攻撃魔法の幻覚を使ったらしくて、痛覚も感じるようにしたみたいだよ。と言っても、実際の痛みの四分の一くらいにしてるみたいだけど……。精神崩壊されても困るからね。まぁ、そこはセレスティアル伯爵が精神崩壊させないようにコントロールしてるみたいだけど」


 苦笑して答えると、ディジェムの顔色が少しだけ悪かった。


「気持ちはまぁ、分かるけどさ……。ところで、シュヴァインフルト伯爵の剣の魔法って何だ?」


「ああ、よく俺が出す剣を出す魔法のことだよ。俺は十二本くらい出して、飛ばしたり、両手にそれぞれ持って、その他を周りに浮かせたりするけど、シュヴァインフルト伯爵は大きいのを一本出して、二刀流にするんだよね。けど、今回は俺と同じように二十本くらい出して、相手の周囲に浮かせておどし……ごほん、尋問したみたいだよ」


「あの魔法って、セレスティアル伯爵から教わったんじゃないんだな。シュヴァインフルト伯爵だったのか。知らなかったなぁー……」


 ミモザが作った甘さ控えめのクッキーを一つ取って、齧りながらディジェムが呟いた。


「ディジェ君、重要なところを敢えてツッコまずに触れないように逃げたわね」


「いや……触れたら、何か別の扉というか、色んな俺のイメージが崩れそうな気がして……。俺の精神を守るための回避だな、うん」


「ディル様が精神攻撃をもらっている気がしますが……」


 心配そうに俺の隣に座るウィステリアが、対面のディジェムを見る。


「シュヴァインフルト伯爵の精神攻撃は二段構えの時間差攻撃だったんだね。知らなかったよ、流石、俺の剣の師匠……」


「そこで、変に感心しないの。ヴァル君、お願いだから、私達にはしないでね。ヴァル君の場合、その美しい顔も精神攻撃になるんだから。断罪の時の冷笑は攻撃力半端がなかったのよ。私達が断罪される側ではないのに、本当に怖かったのよ。乙女ゲームの第二王子がする断罪なんてカワイイわと思うくらいよ」


「友人達にはしないよ。するのは、こっちに俺の我慢の限界を超えるような手を出す相手だけ。チェルシー・ダフニーもスチール神官も俺の我慢の限界を超えた。アレは自業自得。でもそうなると、今からする予定の元女神達の断罪は、俺の我慢の限界が閉ざされた世界五百年分だからもっと酷いかもね」


 そう言うと、ウィステリアが更に心配そうに隣の俺を見上げた。


「ヴァル様、あまり無理はしないで下さいね」


「本当よ。恨み辛みがあるのは分かるけど、怒りで我を忘れるのはやめてね」


「そうだな。ヴァルの場合、権能の影響で魔に堕ちない分、理性があるままキレそうだから正直、俺も心配だな」


 三人に真顔で心配され、苦笑する。


「結局、そこにオチるんだね……。何か、危険人物みたいな扱いだなぁ……」


 ティーカップに口を触れながら、数秒目を閉じる。


「まぁ、とにかく、約束した通り、チェルシー・ダフニーから元女神を引き剥がす時はちゃんと呼ぶから、それまではゆっくりしてて。特にウィスティ」


「えっ、私ですか?!」


「卒業パーティーも無事に終わって、断罪されるかもしれないって、ずっと思っていたんだから、精神的な疲労はかなりあったと思うよ。俺がさせないって、ずっと言っていたとしても、心の何処かではあったと思う。だから、無事に終わったんだから、ゆっくり休めると思うよ」


 穏やかに微笑むと、ウィステリアは少しだけ顔を赤くした。


「確かにそうね。ウィスティちゃんは絶対にゆっくり休んだ方がいいわ。私は断罪される数年前にアクア王国から逃亡して自然とシナリオ回避をしたけど、ウィスティちゃんは逃亡せずにカーディナル王国にいた訳だもの。私より精神的な疲労はあったと思うわ」


「そうだな。俺やヴァルと違って、悪役聖女や悪役令嬢として断罪されるかもって不安はあっただろうから、無事に卒業した訳だし、ゆっくり休んだ方がいいな。二人共、しっかり休んでな」


 にっと白い歯を見せて、ディジェムはウィステリアとオフェリアに笑みを向ける。


「――ヴァルはもう少しで終わりだから、それまで無茶するなよ」


「それは相手次第かなぁー」


 そう言うと、三人から同情の目を向けられて、俺は苦笑するしかなかった。









 それから、四日後の夜。

 卒業パーティーから一週間。

 父達の尋問は一段落ついたようで、とりあえず、チェルシー・ダフニー達は処断が決まるまで、王城の地下牢にそのまま収容されることになった。

 王城全体に結界を張っているので、チェルシー・ダフニーの中から元女神が出たとしても、地下牢から出ることは出来ないようにしている。

 地下牢でのチェルシー・ダフニーの配置は、特に魅了魔法を持っているため、他の罪人達から離れた独居房にいる。

 他の罪人達は地下牢の一階。所謂、地下一階。

 チェルシー・ダフニーは地下牢の二階。地下二階で、更に奥に収容され、魅了魔法が漏れないように本人には魔封じの腕輪が着けられ、独居房内にも状態異常無効、解除の結界が二重に張られている。張ったのは俺とセレスティアル伯爵だ。それぞれの魔力で張っているので、万が一、どちらかが何かあっても、どちらかの魔力で結界が補われるため、結界は破れない……という対策が講じられている。

 その地下牢の地下二階に、俺とウィステリア、ディジェム、オフェリア、ハイドレンジア、ミモザ、グレイ、ロータス、サイプレスが向かっている。ちなみに、紅や月白といった俺の召喚獣達はもちろん、蘇芳や鴇といった俺の武器も同行している。


「それで、あいつ、ちゃんと自供してるのか?」


「まぁ、したと言うのかな、あれは。元々、罪の意識がないままやらかしてるからね。陛下方の話だと、俺が過去視の権能で視たものを書類にして渡してるから、それを参考に“やった覚えはあるか”と尋問して、確認しながら自供させたみたいだけどね。聞かれる度に目が泳いでいたから、陛下方もそこは分かりやすかったみたいだよ」


「大胆なことやらかしてるのに、罪の意識がないっていうのも凄いな」


「この世界はゲームの世界と思ってるからね。人の命も軽いとしか思ってないんだと思うよ」


 呆れた顔のディジェムに苦笑しながら、頷く。


「……そうか。何というか、憐れに思えてきた。ところで、元女神から引き剥がすのは何か方法があるのか?」


「チェルシー・ダフニーにとって衝撃となる言葉を言えば、動揺して引き剥がせるみたいだよ」


「誰が言うんだ?」


「多分、俺じゃないかな? 衝撃を与えられるとしたら、攻略しようとしていた俺だろうし。その時は、ちょっと悪役王子になるから引かないでね」


「衝撃を与えるなら、ウィスティちゃんじゃないの?」


 オフェリアが不思議そうに首を傾げながら、俺を見る。


「ウィスティが言うと、やっぱり乙女ゲームの世界なんだって思うだろうから、多分引き剥がせないよ。逆に攻略対象だった第二王子なら、衝撃を受けるんじゃない?」


「成程……。そうね。だから、悪役王子……」


「でも、危ないのではないですか?」


「危なくはないようにするよ。俺も触りたくないし。だから、衝撃を与えて、チェルシー・ダフニーの魂から元女神が剥がれた瞬間に結界で閉じ込めて、身体から剥がすつもり。その時にハーヴェストと神の俺の父親とハーヴェストを呼ぶから」


「ん? 神のヴァルと女神様の父親? 殺されたんじゃなかったっけ?」


 目を丸くしたまま、ディジェムが俺を見る。


「一度殺されたんだけど、自分の権能で再生の権能をストックしてたみたいで、復活したんだよ。で、今はハーヴェストと一緒にいるよ」


「……何でもアリだな、神のヴァルの父親」


「次席の神だからねー……。厄介な権能持ってるし」


「厄介? どんな権能なの?」


 オフェリアがまた不思議そうに俺を見る。


「裁きの権能。しかも、最高神も裁ける」


「ヴァルの権能より、厄介だな……」


「再生も守護も元々、神の俺の父親の権能だしね」


 苦笑して頷くと、チェルシー・ダフニーが収容されている地下牢に着いた。

 今、着いて来てくれているウィステリア達以外は侵入出来ないように、防音と覗き見防止、侵入禁止の結界、念の為の物理と魔法防御の結界を張り、守護の権能を上乗せする。


「ヴァル様、色々とてんこ盛りな結界を張られましたね……」


 呆然としながら、魔法を司る神でもあるサイプレスが呟く。


「ここからは特に、陛下方が来られるのは困るからね」


「そうですよね……。今から、元女神とその母親の断罪ですからね。ちなみに、ヴァル様と女神様のお父様はお二人に似てます?」


 ミモザが気になっていたのか、俺をじっと見上げる。


「顔は似てるとは思うよ。ハーヴェストも俺も元女神にもその母親にも似てないから」


「とっても期待してます!」


「いや、そんなの期待しなくていいから……」


 何故か意気込むミモザに、呆れた視線を向けつつ、静かにしているハイドレンジアとグレイ、ロータスに目を向ける。

 彼等はそれぞれ、警戒するように周囲を見ていた。


「レン、グレイ、ロータス。そろそろ入るよ」


「はい、我が君」


「分かりました、ヴァル様」


「畏まりました、ヴァーミリオン様」


 声を掛けるとそれぞれ頷いたり、一礼する。


「ウィスティ、ディル、オフィ嬢も準備はいい?」


「はい、大丈夫です」


「ああ、いつでもいいぜ」


「ええ、大丈夫よ」


 ウィステリア達も頷き、その後ろに目を向けるとミモザとサイプレスも頷いている。


「じゃあ、入るよ」


 小窓も何も付いていない、飾り気のない簡素な独居房の扉にある鍵穴に鍵を入れ、回す。

 ガチャリと乾いた音が鳴り、取っ手を回し、扉を開ける。

 中に入ると、逃亡防止の眉と目の間くらいの幅しかない、外の明かりを取り込むための小さな横長の窓の近くに膝を抱えて座るチェルシー・ダフニーがいた。

 俺が明かりを灯す魔法を二つ浮かべると、同時にサイプレスが俺達の周囲に魔法の壁を作る。

 チェルシー・ダフニーが明るくなった独居房内に気付き、こちらを見て、俺がいることに気付いて、立ち上がって、駆け寄って来る。


「ヴァーミリオン王子っ! やっぱり、あたしを助けに来てくれたの?!」


 俺の名を叫び、抱き着こうとしているのか両手を広げ、駆け寄るが、サイプレスが作った魔法の壁に阻まれ、激突した。

 ゴンッと重い音が響き、ディジェムとオフェリア、ハイドレンジア、ミモザ、グレイが引いてしまったようで、顔を引き攣るように歪めた。

 ウィステリアは少しだけ心配そうに見ており、ロータスとサイプレスは無表情だった。


「何よっ、この見えない壁!」


「我が主であるヴァーミリオン殿下に、穢れた魂を持つ罪人を近付かせたくありませんので」


 初めて聞く冷たい声音で、サイプレスがチェルシー・ダフニーに告げる。


「ち、違うっ! あたしは罪人なんかじゃない!」


「罪人だろう? 陛下方の尋問でも自供したと聞いているが?」


 腕を組んで、わざと高圧的に告げると、チェルシー・ダフニーはビクリと肩を震わせた。


「あ、あれは、国王達がやったのかって聞かれたから、やったって言っただけよ」


 まだ乙女ゲームの世界と思っているのか、チェルシー・ダフニーは目を泳がせながら、もごもごと呟くように言った。

 それを見た俺は溜め息を吐きながら、サイプレスが作った魔法の壁すれすれまで近付き、チェルシー・ダフニーを見据えた。


「チェルシー・ダフニー。真実を教えてやる」


「えっ?」


「――この世界は、お前が思っているような世界ではない」


「えっ、どういうことよ?!」


「お前が思っている、乙女ゲームの世界ではないということだ。故に、リセットボタンなんてモノは存在しない」


 冷笑して告げると、チェルシー・ダフニーの目がじわじわと大きく見開いていく。


「う、ウソよ! そんなのありえないっ! だって、乙女ゲームの登場人物がいるじゃない!」


「では、聞くが、乙女ゲームでは亡くなっているはずだった国王夫妻は何故、生きている? 黒幕のはずのセラドン侯爵が卒業パーティーに何故、いない? 襲撃に遭い、負傷しているはずの王太子夫妻は何故、負傷していない? 獅子ではなく、乙女ゲームには名前しか出ていない世界最強と呼ばれるフェニックスが何故、私の召喚獣になっている?」


 冷笑したまま、チェルシー・ダフニーを見る。

 答えはここは乙女ゲームの世界ではなく、似せた世界で、乙女ゲームのモデルになった世界で、乙女ゲームのストーリーを八割くらい知っていた第二王子に転生した俺が三歳から変えたからだ。

 更には同じく転生したウィステリアとディジェム、オフェリアも乙女ゲームのストーリーを変えたから。

 そこに辿り着いたかは分からないが、ゆっくりとチェルシー・ダフニーは俺を見た。


「……あなた、ヴァーミリオン王子じゃない、の……?」


 恐る恐るといった声音で、チェルシー・ダフニーは問い掛けた。


「いや、私は正真正銘のヴァーミリオン・エクリュ・カーディナルだ。お前の知る乙女ゲームの第二王子とは違う。アレはニセモノ。目の色が違うだろ」


「まさか、ウィステリア達も?!」


「違うに決まっているだろう。乙女ゲームの世界ではないのだから」


 冷笑したまま告げると、チェルシー・ダフニーが何かに気付いたのか、魔法の壁に両手を当てた。


「ち、違うのなら、どうして、乙女ゲームって言葉をあなたが知っているのよ?!」


「まだ答えは出ないのか? 流石、三年連続、試験最下位だな」


 呆れたように言うと、後ろでミモザが小さく吹いた。ちょっと、そこで笑わないで欲しいな。


「ま、まさか、あなたも転生者なの?! だから、ウィステリアと恋仲なの!?」


 まだそこなのか。思わず、顔に出そうになるが、出さずに息を吐いた。


「そうだとして、何かいけないところがあるのか?」


「あるじゃないっ! どうして、あたしを選ばずに、ウィステリアを選んだのよ! 話が違うじゃない!」


「何度も言うが、この世界は乙女ゲームの世界ではない。何故、私の好みでも何でもない者を選ぶ必要がある? 乙女ゲームの世界と違うこの世界はそれぞれ皆が生きている。感じ方も思いも乙女ゲームの世界と違う。転生に気付いておいて、何故、そこに気付かない?」


 冷めた目で見ると、魔法の壁越しではあるが、卒業パーティーの時よりも間近で見たためか、チェルシー・ダフニーがぶるりと身体を震わせる。


「それに、前世でも罪を犯したお前を、私は絶対に選ばないし、絶対に許さない」


「どうして、それを……」


 俺の言葉に、チェルシー・ダフニーはまた目を大きく見開いた。


「罪? ヴァル、どういうことだ? こいつ、前世でも何かしたのか?」


 後ろで聞いていたディジェムが、俺に問う。


「チェルシー・ダフニーは前世で、学びの場でも、仕事の場でも、お金や家の権力を使って、人々を教唆扇動して、混乱を招いた。巻き込まれた者の中には死者がいる上に、立場の弱い者を犯人に仕立て上げ、逃げた。逃亡中に事故でチェルシー・ダフニーの前世も命を落としたようだよ」


 ディジェム達の方に顔を向け、告げると、それぞれの目が驚愕の表情を浮かべる。


「その巻き込まれた者で命を落とした者は、私の前世の妹の友人だ」


 俺の言葉に、ウィステリア達の目がゆっくりと見開いていく。チェルシー・ダフニーもじわじわと顔を青褪めていく。

 知ったのは、昨日。

 不意打ちでやって来る過去視で、前世のチェルシー・ダフニーの人生が視えた。

 前回、視ることがなかった、前世のチェルシー・ダフニーの人生は魅了魔法がないだけで、今と変わらず、むしろ、今はないお金と家の権力があったせいで、人の命を何とも思わず、同級生をいじめ、自死に追い込んだ。

 命を落とした子は、俺の妹の友人で、小さな時から知っている子で、初めて触れたオンラインゲームを手伝ってくれたり、よくお見舞いにも来てくれる優しい女の子だった。

 それを知らなかったのは、前世の俺が死んだ後だったから。

 知ったとしても、寝たきりだった前世の俺ではどうすることも出来なかったと思う。

 それでも、何か、この罪人に一矢報いたい気持ちになった。

 あの子は望んでいないかもしれないが。


「だから、元々穢れた魂を持った者を私は選ばない。前世では逃亡中に事故に遭ったことで罰から逃れたかもしれないが、今世でも多くの人の命を奪い、更に罪を犯した。今世では絶対に逃さない。その命を以て、命の限り罪を償え。チェルシー・ダフニー」


 そう告げると、チェルシー・ダフニーはふらふらと後ろへ一歩、二歩と後退し、独居房の床にぺたりと座り込んだ。

 すると、チェルシー・ダフニーの心臓辺りから、黒いオーラのようなものが、じわじわと身体から出て来た。

 元女神だ。

 俺が告げた言葉が衝撃だったのか、チェルシー・ダフニーは両腕で自分を抱き締めるように交差する。

 チェルシー・ダフニーの身体から完全に出て来た元女神を結界で何重にも囲い、逃げられないようにしたのを確認し、呟くように俺は口を開いた。


「――ハーヴェスト、お父さん」


 俺の半身と神の俺の父親の敬称を呼ぶと、チェルシー・ダフニーの動きが止まる。


「えっ?!」


 ディジェムが驚いて声を上げる。


「何で、チェルシー・ダフニーの動きが止まってるんだ?」


 困惑した表情で、ディジェムが周りを見渡す。


『時間を止めたのよ、ディジェム』


 ふわりと俺の右隣りに立ち、ハーヴェストが苦笑する。


「女神、様……」


『お久し振り、皆。ヴァーミリオン、ミストを閉じ込めたの?』


「うん。チェルシー・ダフニーから離れようとしているのが見えたからね」


『それなら、時間を止めつつ、場所を変えようか、ハーヴェスト』


 ゆらりと俺の正面に、トワイライトが現れた。

 ウィステリア達がトワイライトを見て、驚きの表情を浮かべる。


「髪の色が違うけど、ヴァルそっくり……」


『初めまして。僕はトワイライト。大切な可愛い子供達の権能の創造と豊穣、守護と再生、過去視と未来視、そして、裁きと希望の権能を持つ、黄昏を司る神だよ。君達にはいつもヴァーミリオンがお世話になってるね。ヴァーミリオンを支えてくれて、ありがとう』


 にこりとトワイライトが穏やかに微笑むと、ウィステリア達は顔を赤くした。


「髪の色と女顔は違うけど、笑顔がヴァル君そっくり……。聖の精霊王と違うそっくりさがあるわ。やっぱり父親なのね……」


 オフェリアが顔を赤くしつつも、冷静に観察する。


『そう言われると嬉しいね。ハーヴェスト、ミストとついでにマルーンを呼び出せるような場所を創れるかな?』


『もちろん。ヴァーミリオンの我慢の限界が近いし、この世界であの母親を呼び出したくないから、もう創ってあるわ。そこに行きましょう』


 そう言うと、ハーヴェストが扉を創り、開ける。


『さぁ、入って』


 そう言うと、トワイライトが先頭で入り、俺とウィステリア、ディジェム達が続き、最後にハーヴェストが入り、扉を閉めた。







 ハーヴェストが創った世界に入ると、そこは花は咲いていないが野原のような場所だった。

 殺風景なその場所をハーヴェストは静かに見渡し、頷いた後に俺を見た。

 ハーヴェストの視線の先には、ミストそっくりな人形が転がっている。それを見ると、閉ざされた世界のミストそっくりな人形を思い出して、じわじわと不快な気分になってくる。


『ヴァーミリオン。結界に閉じ込めたミストを出してくれる?』


「え、このまま? 身体がないから姿が見えないけど……」


『大丈夫。あそこに人形を置いてるから、あそこで出してくれたら、ミストそっくりの人形に吸い込まれるから』


「創ったの?」


『うん。そうじゃないとウィステリア達には見えないでしょ? 正直な話、見えなくてもわたしは良いと思うのだけど、話が進まないし、皆にも見えた方が対処、出来るでしょう?』


 首を傾げながらハーヴェストが言うと、何故かトワイライトがにこにことこちらに近付いてきた。


「そうだけど……」


『ヴァーミリオン、大丈夫だ。あのミストそっくりな人形は、閉ざされた世界と同じで、機能も力も何にもないただの人形だから』


 にこにことトワイライトが言うと、その隣でハーヴェストが頷いた。


「ハーヴェストが言うなら……分かったよ」


 頷いて、俺は立方体の結界で厳重に閉じ込めている元女神を野原に転がっている人形に向かって放り投げた。

 放り投げられた立方体の結界は、元女神そっくりな人形に近付くと解除され、元女神の魂がその人形に吸い込まれていく。

 しばらくすると、人形の指がピクリと動き、ゆっくりとした動作で上半身が起き上がり、立ち上がった。


「もしかして、ハーヴィがわたくしの身体を創ってくれたの?」


『そうね。不本意ながらね。創らないとミストを断罪出来ないからね』


「断罪? 何のことかしら。わたくしは何もしていないわよ?」


『しているから言っているのよ。わたしとヴァーミリオン達を苦しめた罪、償ってもらうわ』


 ハーヴェストがそう告げると、人形に入った元女神の顔がぎこちない動きで歪んだ。

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