第114話 卒業パーティー② 〜悪役令嬢とヒロイン(ウィステリア視点→ヴァーミリオン視点)
扉を抜けて、卒業パーティーの会場に入ると、中で待っていた貴族の子息子女、その家族、大臣の皆様が私を見て、一度、静まり返ります。
恐らく、私がリオン様と入場しなかったことに気が付いたのでしょう。
普段の私なら、会場の皆様の目を見ただけで、回れ右をしたい気持ちになり、目線を下げていたと思います。
ですが、今回は違います。
王家の皆様、大臣方、貴族の皆様の前で、そのような姿を見せてしまえば、私はもちろん、婚約者の第二王子のリオン様の評価も下げてしまいます。
通常のパーティーでも当然の振る舞いなのですが、本当に今回は違います。
第二王子の婚約者で、貴族筆頭の公爵家の令嬢の私が、いつも以上に隙を見せる訳にはいきません。
私がパーティー会場に入ったところから、恐らくですがリオン様が考える断罪の切っ掛けになる出来事が始まるからです。
会場内が未だに静まり返っている中を、私は胸を張り、公爵令嬢としての立ち居振る舞いで前に進みます。
国王陛下と王妃陛下、王太子殿下と王太子妃殿下に挨拶の言葉を伝えるため、王家の皆様がいらっしゃる会場の奥へと向かい、途中の会場中央へと進むにつれ、貴族の皆様の様々な感情を乗せた視線が私を追うように動きます。
中央に着く数歩手前で、昨日も先程も、萌黄ちゃんから警戒するように告げられていた人物が現れ、私の前に立ち塞がりました。
「ヘリオトロープ公爵令嬢?!」
「どういうこと? それに、ヴァーミリオン殿下は!?」
その人物と私を見た貴族の皆様から、ざわざわと困惑の声が周囲から聞こえてきます。
会場の奥の王家の皆様に近いところで私を待っているディル様達、友人の皆様も困惑した表情を浮かべて、私と立ち塞がる人物を見ています。
……私も、詳しくは聞けていませんが、リオン様と萌黄ちゃんから聞いていなければ、混乱していたと思います。
私の前に立ち塞がる人物は、目を見開いて、驚きの表情を作り、口を開きました。
「ど、どうして……どうして、わたしと同じ顔なのですか……?!」
先手必勝の如く、私の前に立ち塞がる人物は、わざとらしく周りに聞こえるような大きな声で言いました。
私の前に立ち塞がる人物は、私と同じ顔、声で、まるで双子と言っても誰もが信じてしまうような姿をしていました。
ただ、姿形は瓜二つなのですが、服装はもちろん、公爵令嬢としての立ち居振る舞いが全くと言っていい程、なっていません……。
ドレス姿とはいえ、足を開き過ぎていて、大股ですし、恐らく慣れていないのと足に合っていないハイヒールを履いていらしていて、上手くバランスが取れていないことでぷるぷると震えていらっしゃいます。
姿形を似せているので、身長も一緒だから、物理的に高さを上げて、少しでも優位に立ちたいからハイヒールを選んだのでしょうか。
それに、私に似せるのでしたら、ドレスも同じものにすべきだと思います。
このドレスはリオン様が生地から選び、デザインした誂え品で、乙女ゲームにはないドレスなので、同じにするには、こちら側にスパイが必要だと思いますが。
目の前の人物の正体が誰なのかは、すぐ分かりましたけれど、私と親しくない貴族の皆様は先手を取った方を私だと信じ始めているようです。
本来なら、ここで私が否定し、名乗るところですが、恐らく更に追撃してくるつもりなのは分かりきったことなので、静かに、表情を変えずに背筋を伸ばした状態で目の前の人物を見ます。
「……反論、しないのですか? ニセモノのアナタがわたしと同じ顔をしているのはわざとですか? わたしと同じ顔にして、ヴァーミリオン王子を落とすつもりですか?」
私が何も言わないことで痺れを切らしたのか、目の前の人物が言いました。
私が言わないような言葉遣いなので、つい、小さく眉尻を上げます。私のそれには誰も気付かなかったようです。リオン様ならすぐ気付くと思いますが。
リオン様を引き合いに出されたので、内心、不快に感じた私は目の前の人物に反論することにしました。
「……それは貴女でしょう。私はヴァーミリオン殿下に、そのようなことを致しません。そのようなことをしなくても、ヴァーミリオン殿下は私を愛して下さっていますから」
余裕の笑みのつもりで、公爵令嬢としての作り笑顔で挑発するようなことを返してみると、目の前の人物は顔を歪ませました。
……成程。私の顔は、歪ませると悪役令嬢っぽい悪い顔になるのですね……。乙女ゲームでもしなかった顔でしたので、知りませんでした。かなりショックです……。
私のフリをしている目の前の人物の表情や仕草を見て、周りの貴族の皆様の中にも訝しむような顔で私の目の前の人物を見ていらっしゃる方がいます。
「なっ! ヴァーミリオン王子が愛しているのはあたしよっ!」
怒りで目を吊り上げて、目の前の人物は言葉遣いをいつものものに戻してしまいました。
その言葉遣いを聞いた貴族の皆様は、ざわざわと騒ぎ始めます。
貴族筆頭の公爵家の令嬢がそのような言葉遣いしませんから、それは驚きますよね……。
ほんの少しの挑発で、言葉遣いを元に戻したので、少し肩透かしを食わされた気分です。
そんな風に思っていると、背後からいつの間にか入場された私の愛しい方の声が静かに響きました。
「――私が、何だって?」
私の目の前の人物も、目を輝かせて見つめ、私も嬉しくて、振り返りました。
「ヴァーミリオン王子っ!」
「ヴァーミリオン殿下」
私はすぐさま、公爵令嬢として、ドレスのスカートをそっと摘み、カーテシーをします。
それを見た私のフリをしている人物も慌ててカーテシーをするのですが……公爵令嬢としてはお粗末なものでした。
そのため、リオン様が僅かに眉を顰めていました。
◇◆◇◆◇◆
思わず、目の前の不快な人物がするカーテシーに反応してしまい、僅かに眉を顰める。
そんなお粗末なカーテシーを、俺の愛しのウィステリアの姿でするな……!
怒りでうっかり魔力を漏らしそうになり、落ち着かせるように小さく長く息を吐く。
「……国王陛下の御前で、私の婚約者を貶めるようなことをしているのは誰だ?」
静かに怒りを声に乗せ、不快な人物を見据える。
すると、相手もビクリと肩を震わせる。
「な、何を言っているのですか、ヴァーミリオン王子!? あたしがあなたの婚約者のウィステリアですっ! ニセモノはあっちです!」
いやいやいや、どう見ても、どう聞いても、お前だろう、チェルシー・ダフニー!
思わず、叫びそうになるのをぐっと抑え、目を細めて不快でしかない人物を見る。
本当に不快でしかない。
「……私が、愛しい婚約者を間違えるとでも言うのか? 間違える訳がないだろう」
姿形を似せても、どう見ても、どう聞いても、目の前の不快な人物は、ウィステリアには見えない。
それに、俺が生地から選び、デザインしたドレスを着ているのが本物のウィステリアだし、魔力感知すれば一発だ。
ドレスも似ていたり、属性の擬態、完全な立ち居振る舞いをしていたら、分からなかったかもしれないが、そんなことすらしていないのだから、俺やウィステリアを知っている者達ならすぐに分かる。
まぁ、そんなことをしていても、俺にはどちらが本物のウィステリアなのかは一目瞭然なんだが。
何だろう、もう、追い詰めちゃってもいいの?
一応、ちらりと父達がいる会場の奥に目を向けると、父や母、兄夫婦もヘリオトロープ公爵夫妻も俺の顔を見て大きく頷いていた。
やっちゃっていいみたいなので、一発目は軽いジャブにしよう。
「それに、私の最愛の婚約者には、私が生地から選び、デザインしたドレスをこの日のために贈っている。それを着ている彼女こそ、私の婚約者のヘリオトロープ公爵令嬢だ。そちらのドレスを贈った覚えはない」
俺の言葉に、会場の貴族達の視線が目の前のチェルシー・ダフニー(仮)のドレスに向かう。
(仮)でも何でもなく、本人なんだけど。
目の前のチェルシー・ダフニー(仮)が着ているドレスは、軽やかに動けるミモレ丈で、名前から取ったのか、チェルシー・ピンクという紫みの赤色の総レースだ。どちらかというと派手ではなく目立たないような色なので、このようなパーティーではなく、レストランや二次会で着るようなドレスだ。
乙女ゲームの卒業パーティーで、ヒロインが第二王子から贈られて、着るドレスに似せた既製品のドレスを中古の服を売る店に置いてあるのをロータスが見つけて教えてくれたもので、それを情報として流したら、あちらは購入したようだ。それも昨日。
『……案の定、あの小娘はリオンが情報を流した店で売られている、乙女ゲームの第二王子が贈ったドレスに似せたドレスを着ているな』
俺や友人達、家族、ヘリオトロープ公爵達にしか見えないようにしている紅が、溜め息混じりに念話で呟いた。
『まぁ、既製品なんだけどね、アレ。乙女ゲームで第二王子が贈ったというドレス、全部既製品なんじゃないの? 乙女ゲームの第二王子じゃないから、俺にはどうでもいい話だけど。ついでに言うと、あの既製品のドレスは、細身で背丈が高いリアには似合わない。乙女ゲームのヒロインなら髪の色のピンクに映えて似合うだろうけど。ただ、あのドレスは曰く付きだから』
だから、ウィステリアの姿形で、そのドレスを着られると余計に不快に感じる。
念話で返しつつ、どう返そうかと考える顔を浮かべるチェルシー・ダフニー(仮)が俺を見上げる。
「こ、これは、ヴァーミリオン王子があたしにくれたものです! ウソではありません!」
チェルシー・ダフニー(仮)が目を潤ませて、俺というより、周りに訴え掛ける。
いや、だから、言葉遣い……!
ウィステリアはそんな言葉遣いはしないし、俺だと言い返されるからと、不快な人物は周りを味方にしようとしている。
ついでに、魅了魔法を掛けることも忘れてない。
状態異常無効を付与した魔石を会場内に至るところに置いているのに、それに気付かずにチェルシー・ダフニー(仮)が使う。
後で追及するから、とりあえず魅了魔法は後回しだ。
チェルシー・ダフニーの味方にはならなかったが、周りの貴族達が俺が何と答えるのか気になるようでこちらを見ている。
「何度も言うが、そのドレスを私は贈った覚えはない。私が贈るのはヘリオトロープ公爵令嬢のみで、生地から選ぶ。そちらのドレスの生地は私が選んだものではない」
目を細めて告げ、ついでにここぞとばかりに追撃してみる。
「それとその生地は、三年前に各国に通達があった絶滅危惧種の動物の毛で作られた生地で、売るのも買うのも、加工するのも違法なのだが……そのような生地のドレスをカーディナル王国の第二王子の私が最愛の婚約者に贈ると思うのか?」
俺の言葉に、会場の貴族達がざわりと騒ぎ、チェルシー・ダフニー(仮)に視線が集中する。
「え……ちが、これは……」
チェルシー・ダフニー(仮)が一歩下がろうとするが、逃さない。
「それに、ヘリオトロープ公爵令嬢は私のことを“ヴァーミリオン殿下”と呼ぶ。決して、“ヴァーミリオン王子”とは言わない。言葉遣いも立ち居振る舞いも貴族筆頭の公爵家の令嬢としてなっていない。たった数日程度の付け焼き刃で、私の婚約者を貶めるのはやめてもらおうか。そろそろ、私の最愛の婚約者の姿のままいられるのも不快だ。正体を現してもらおうか。セレスティアル伯」
「はい、殿下」
ちらりと近くで待機してもらっていたセレスティアル伯爵に目を向けると、魔法の師匠は俺に一礼してチェルシー・ダフニー(仮)に身体を向ける。
「あっ、や、やめて……! 今、バレたら……!」
チェルシー・ダフニー(仮)が小さく悲鳴を上げるとセレスティアル伯爵は気にせず解除の魔法を放つ。身体が小さく青白く光り、姿が元のチェルシー・ダフニーに戻った。
姿が戻ったことで、貴族達から小さな悲鳴が上がる。
「どういうことだ? ヘリオトロープ公爵令嬢に変装していたのは誰なんだ?」
「あの娘、確か息子が言っていた平民の編入生ではない? 聖属性の……」
「平民が、ヴァーミリオン殿下の婚約者のヘリオトロープ公爵令嬢に変装するなど、何と不敬な……」
貴族達がチェルシー・ダフニーに視線を向けながら囁き合う。
その囁き声が意外と会場内に響き、チェルシー・ダフニーの耳にも届いたようで、羞恥と怒りで顔を赤くして立ち尽くす。
その姿を横目で見つつ、ウィステリアに近付く。
「ウィスティ、大丈夫?」
声を掛けると、ウィステリアは俺に小さく微笑む。
「大丈夫です。ヴァル様が来て下さいましたし、意外とその、怯えや恐怖はありませんでした」
「それなら良かった。それじゃあ、本番、行こうか」
ウィステリアに向かって不敵に笑うと、彼女は程々にと言いたげに苦笑して、頷いた。
立ち尽くすチェルシー・ダフニーに目を向けた後、俺は国王である父に顔を向けた。
「――陛下。私とヘリオトロープ公爵令嬢のことで、ご不快な気分にさせてしまい、申し訳ありません」
父に声を掛けると、ニヤリと笑って頷いた。
「いい。気にするな。ヴァーミリオン、解決はしたか?」
予め父達に話していたので、そう返してきた。
若干、楽しそうな声なのが不謹慎というか、何というか……。
「――いえ。この場を借りて、陛下方の御前で様々な過ちを犯した者達の罪を暴いても宜しいでしょうか?」
チェルシー・ダフニーに鋭い視線を向けながら、父に問い掛ける。
俺の言葉に、また貴族達がざわつく。
俺に鋭い視線を向けられたチェルシー・ダフニーは何か思い当たる節があるのか、それとも俺に鋭い視線を向けられたことに怯えたのか、ビクリと肩を震わせる。
「罪? それは先程の騒ぎと関連することか?」
内容を知っているのに、父は勿体振った言い方で俺に聞く。この会場にいる貴族達に対するパフォーマンスだ。
「はい、そうです。フィエスタ魔法学園での三年間も含めて、合計で十三年間、罪を犯し、今も尚、罰されることもなく、平然としている者達がいます。その者達を、この場を借りて罰したいと考えています。陛下、宜しいでしょうか?」
敢えての遠回しでの言い方で告げると、何故かチェルシー・ダフニーの目が輝かせた。
ウィステリアのことだと思っているようだ。
“者達”という言葉で、ウィステリアではないと分からないかね……。
「ほぉ。罰したい者達か。それは誰だ?」
玉座ではないが、会場の国王が座る椅子の肘掛けにわざとらしく頬杖をついて、父がニヤリと笑う。
様になっているから、何だかイラッとする。
チェルシー・ダフニーが期待を込めた目で、俺を見ている。
残念ながら、ウィステリアじゃないんだよ、チェルシー・ダフニー。
思わず小さく口元に笑みを浮かべ、俺は大声ではなく、静かに通る声を意識して、父に告げる。
「この会場にいる、編入生のチェルシー・ダフニーとパーシモン教団の神官スチールです」
その言葉を聞いた貴族達全員がざわつき、理解するまで時間が掛かったのか、チェルシー・ダフニーの顔が一拍置いて歪んだ。
――ここからが、正念場だ。
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