第110話 証拠集め

「ヴァル様。遅くなりましたが、王都でのチェルシーのやらかしの証言、証拠諸々の報告書です。どうぞ、御査収下さい」


 王城の南館の俺の私室でヘリオトロープ公爵から回ってきた書類仕事中、辞典二冊分くらいの厚さの報告書をラスカスが持って来た。


「……短期間でこんなにもよく集めてきたね、ラスカス……」


 書類仕事を一旦やめて、分厚い報告書を受け取った俺はラスカスの証拠集めの能力に驚嘆する。


「いえ。ヴァル様とロータス様、ハイドレンジア様がたくさんのことを教えて下さったから、早く報告書が作れました。それに、チェルシーについては事前にヴァル様とロータス様が情報の土台を作って下さったおかげで、集めやすかったのもあります」


「それでも、これはとても助かるし、凄いよ。俺達が聞くと王族と貴族だから、王都に住む民達は恐れ多いからとあまり話してくれない。仕方ないことだけどね。でも、ラスカスは同じ目線に立てる。それは、為政者にはとても欲しい能力だよ」


「……俺からすると、ヴァル様こそ持っていらっしゃる能力だと思います。初めてお会いした時から、平民の俺やクラウディを一人の人間として接して下さいました。俺とクラウディが住んでいたダブ村のビートル子爵様は、ヴァル様が俺達にして下さったようには接しませんでしたから」


 苦笑の色を帯びた表情で、ラスカスは俺を見つめる。


「それに、平民の俺とクラウディにも、ヴァル様はご自身の事情を全て話して下さいました。例え、部下だとしても平民に普通はなさいません。だから、凄いのはヴァル様です。クラウディも同じことを言ってますよ」


「王城の南館に住む俺の臣下は皆知ってるのに、ラスカスとクラウディには教えないのはおかしいよ。今後も俺の下で働いてくれるんだから、知っておいてもらった方が何かあった時にお互い対応しやすいだろうし、何よりも差別する気はないよ。それに、前世では俺も平民だったし」


 何より、王子よりまだ一般人だった時の方が長い。神の年数は除外だ。閉じ込められてたし。


「そう……でしたね。ヴァル様が見た目にも、振る舞いも高潔な王子殿下なので、俺と同じ平民だったというのを忘れてしまいます」


 尊敬するような眼差しを向け、ラスカスは微笑む。

 少し照れ臭くなり、俺はラスカスから視線を落とし、渡された書類を一枚一枚めくる。

 少し読んだだけで、顔を顰めてしまう。


「……ラスカス。本当に頑張ったね。よくここまで集めたね……」


「あ……はい。その、王都のチェルシーが住む下町周辺の住民には彼女は有名なようで、特に女性の中では好悪が半々で、良く思っていない女性からはたくさんの情報が聞けました……」


 ぐったりとした表情でラスカスは苦笑する。

 お願いした身としては非常に申し訳ないので、今月の給金を少し多めにあげた方がいいかもしれない。ボーナスというか、萌黄に護衛のような形でいてもらったとはいえ、単身で聞きに行ってもらったので危険手当とか、報奨金のような項目で。


「……有名だろうね。あんな発言や態度ならね」


「あと、歩き方ですね。王都に住む平民の大半は下町に住んでいるそうですが、チェルシーが住む周辺の住民からも、あの歩き方は記憶に残っていました。途中から“凄い音で歩く少女”についてと聞くと、すぐに色々なことを教えてくれました」


 そうですよねー。俺も前世が一般人だったからないとは思ってたけど、平民の人達、全員が全員、流石にあんなドスドスと形容出来る凄い音の歩き方をする訳がないよね。


「……そうか。本当にご苦労様」


 労うように微笑むと、ラスカスは嬉しそうに笑った。


「ありがとうございます。それと、お渡しした報告書にはチェルシーのことしか載せていないのですが、チェルシーと関連して、ある情報を知ったのですが……」


 ラスカスが俺に告げようとした時、扉を叩く音が聞こえ、入室を許可するとロータスが入ってきた。


「ヴァーミリオン様。今、お時間、宜しいでしょうか」


「ロータス? どうしたの?」


「ご報告したいことがあったのですが、ちょうどラスカスもいますね。彼と一緒にご報告させて下さいませんか? 彼の報告書と関連していますので」


 ロータスの言葉に、ちらりとラスカスの方を見上げると、彼も頷いた。


「構わないよ。面倒な内容な気がするのだけど、どんな報告?」


「お察しの通り、とても面倒な内容なのですが、そこから更に突けば、国王陛下方から見て、相手の心証ガタ落ちで、相手を追い詰められる一手になるかと思う報告です。ラスカスからお聞き下さい。私はその後、付け加えさせて頂きます」


 ロータスがそう言うと、ラスカスの方を見る。


「ちょうど、その報告だったので、ロータス様もいらっしゃって、とても助かります。ヴァル様。俺が周辺の住民から聞いた情報なのですが、チェルシーの両親は少し評判の悪い金貸しから借金をしています」


 ラスカスの言葉に、思わず目を瞬かせる。


「え、金貸し? 調べによると、二人共働いていて、王都は物価や地価が他領地より高いけど、生活出来る収入のはずだよね? そのように陛下が施策しているはずだ。ダブ村から資金を援助という体で貰っているのを除外しても。王都にも金貸しがいるのは知ってるけど、よりによって何で少し評判の悪い金貸しから借りるんだ……」


「俺が周辺の住民から聞いた情報では、引っ越して最初の一、二年は問題なかったそうです。ただ、どんどん生活の質を上げ始めたようで、それによってダブ村からも資金を貰っていたところに繋がるようです。まぁ、ダブ村からの資金は引っ越してすぐから貰ってましたが。二年経ったあたりから生活の質を上げたことで金貸しから借り始めたようです。最初は評判の良いところから借りていたようですが、途中から借りられなくなり、少し評判の悪い金貸しからしか借りられなくなったようです」


「……もう、何と言ったらいいか分からなくなったよ。頭が痛くなってきた……」


 何で、他人の家の懐事情を聞かないといけないんだ……と思いながら、こめかみに触れて呟くと、ラスカスも同じ思いなのか苦笑した。


「ヴァーミリオン様。更に補足なのですが、チェルシー・ダフニーの両親はもちろんなのですが、スチール神官も金貸しから借りているようです。あとはチェルシー・ダフニー本人もですね」


「あー……うん、そんな気はしたよ。ただ、成人している上で仕事をしていないと金貸しから借りられないはずだよね? 何で、チェルシー・ダフニーまで借りられてるんだ……って、金貸しに魅了魔法掛けてる?」


 俺の言葉に、ラスカスが目を見開いて、ロータスを見る。


「流石のご慧眼です。仰る通り、少し評判の悪い金貸しにチェルシー・ダフニーは魅了魔法を掛けて、スチール神官共々お金を借りています。が、その少し評判の悪い金貸しの事務をしている者が運良く魅了魔法の耐性持ちだったようで、書類にして証拠を残しています」


 にっこりとロータスがそれはもう嬉しそうに笑っている。


「運良く……あちらにとっては運悪く、だね」


「その事務の者に詳しく話を聞いたのですが、少し評判の悪い金貸しはしっかり書類を残す性格なのに、チェルシー・ダフニーとスチール神官には書類を残さないようにと事務の者に指示したそうです。更に無制限で貸すことと返済は出世払いと契約したそうです」


「出世払い……それは聖女または王妃になることと、大神官になること、という出世払いかな?」


「恐らく。将来が見通せないような金貸しは金貸し側の損になりますので、事務の者はこっそり契約書を作成、二人に署名をさせたそうです」


 ロータスの言葉に、また目を瞬かせる。

 事務の人、凄い。


「どんな言葉を言って、署名させたんだ? 相手はチェルシー・ダフニーはともかく、スチール神官もいたよね?」


「言葉巧みに、国の規定上、書類を作成と収支の報告をすることは必要で、作成と報告をしないと貸した側も借りた側も国に目を付けられて不利になる。署名した後はしばらく保管後、国に報告して、破棄するからと言ったそうです」


「……嘘は言ってないね、すれすれだけど」


「そうですね……。、という言葉は厄介ですね。いつとは明確に言ってないので、すぐなのか、数年後なのか、その言葉を言った人、聞いた人の間隔にズレが起きやすいですよね」


 俺とラスカスがロータスの報告を聞いて、それぞれの感想を漏らす。


「そのおかげで、その署名付きの書類はしっかりとあり、書類を卒業パーティーの断罪後、一週間まで借り受けることが出来ました。場合によっては、借り受ける期間の延長も事務の者から了承済みです。今回はヴァーミリオン様のお名前は出しておりません。出すと、何処でチェルシー・ダフニーやスチール神官の耳に入るか分かりませんので、私個人の調べ物として伝えてあります」


 流石、ロータス。しっかり、大事な書類を借りる期間と、場合によっての延長の話をしている上に、俺の名前を出さない徹底ぶり。こちらは期間を伝えることで、信用を勝ち取っている。


「ありがとう。チェルシー・ダフニーもだけど、神官が金貸しから借りているという点は確かに陛下達の心証はガタ落ちだね。聖職者と自称聖女がお金を借りているんだから。ディーマン大神官にも報告しておいてもらえる?」


「そう仰ると思いましたので、既に伝えてあります。ヴァーミリオン様の指示があれば、スチール神官を拘束しますと伝言も頂きましたが……」


「伝えてくれてありがとう。そのまま泳がせておいて。こちらも琥珀に頼んで見張っているし、王家とヘリオトロープ公爵家の影も監視しているから、拘束は今はしない」


「――では、そのように」


 一礼して、ロータスは柔らかく微笑んだ。

 神の俺がうっかり言っちゃったことで、ロータスは俺に向ける笑顔が凄く柔らかい。

 まぁ、眷属神だから、前までの胡散臭い笑顔をされるのは嫌だけど。

 それはさておき。


「それよりも、その事務の人は出来る人のように思うのだけど、何で少し評判の悪い金貸しのところで働いているんだ?」


「少し評判の悪い金貸しの幼馴染みだそうです。“少し評判の悪い”というのも、金貸し本人の顔が強面のようで、恐く見えることで少し評判が悪いそうです。金利も高利な訳ではなく、常識の範囲の全うな人物です。情にも厚いようで、金貸し本人が損をするようなこともあるそうです。それで、事務の者がフォローしているようです」


「成程……良い相棒同士のようだね。卒業パーティーの断罪解決後に俺が下賜される予定の領地で働かないかな。金貸しを辞めて、二人が文官とかになってくれると非常に助かるんだけどなぁ……」


「打診、してみましょうか?」


 ロータスが問い掛けられ、俺は首を左右に振る。


「今は良いよ。金貸し本人は魅了魔法に掛かっているし、今解除するのはスチール神官に怪しまれる可能性もある。打診するにしても終わってからだね」


「ヴァル様。俺もクラウディもヴァル様に何処までもついて行きます。必要なことがあれば、すぐに仰って下さい」


「ありがとう。ラスカスにはこれからも王都の下町で情報収集をお願いすると思うし、クラウディにもお願いすることもあると思うから、とりあえずはお願いする時以外はラスカスとクラウディは自由にしていて。南館の皆は誰も咎めたりしないから」


 小さく笑うと、ラスカスは呆然と俺を見た。


「……ヴァル様の下は、地上の楽園ですか?」


「だから言ったでしょう、ラスカス。ヴァーミリオン様の下は癒やしだと。ここを知ると、他のところになんて行きたくなくなると」


 ドヤ顔でロータスがラスカスに告げる。

 いつそんな話をしたんだ。だが、それよりも……。


「……俺は麻薬か何かか、ロータス」


 ジトっとした目でロータスに突っ込むと、彼は誤魔化すように笑った。

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