歌う恋茄子

 一行は特に危ないこともなく森の奥へと進んでいきます。途中何度かボガートが現れたのですが、アルベルさんが素早い斬撃であっという間に倒してしまいました。あれは一瞬で三回斬りつける三段斬りという技ですね。


「アルベルがボガートを倒してくれるから楽でいいぬー」


 タヌキさんがのんきな声を出しますが、ヨハンさんはちょっとつまらなそうです。やはり活躍したいんですね、ヨハンさんらしいです。


「ボガートばっかりでやる気が出ないっすねー。ゴブリンは出てこないっすかねー」


 と思ったら、ゴブリンと戦いたかったようですね。ゴブリンはこの前たっぷり退治したじゃないですか、まったく……。


恋茄子マンドレイクはどこにあるのかしら?」


 ソフィアさんは楽しそうにキョロキョロしながら森を歩いています。お供だけ連れて飛び出してきただけあって、意外と体力がありますね。森の中をずっと歩いているのに疲れた様子を見せません。


「私を呼ぶのは誰かしら~?」


 そこに、透き通るような高い声で歌うように話しかける何者かが現れました。現れたといっても、姿は見えません。声だけが森に響いています。


◇◆◇


「これは新種のモンスターでしょうか?」


「新種のモンスター!?」


 あ、思わず漏らした呟きにコウメイさんが凄い勢いで食いついてきました。せっかくだからこの声の主を確認してもらいましょう。


◇◆◇


「あら、綺麗な声。どちらにいらっしゃるのかしら?」


 ソフィアさんが動じた様子もなく返事をします。アルベルさんとヨハンさんが剣を構えてソフィアさんをかばうように立ちました。


 タヌキさんはと言うと……「あちゃ~」って感じの表情で頭に手を当てていますね。どうやら声の主に心当たりがあるようですが。


「私はここよ~♪」


 声は近くの木の根本から聞こえてきます。近づいて見てみると、そこには小さな女の子……が上半身だけ地面から出ていますね。頭には見覚えのある葉っぱが生えています。


 はい、恋茄子ですね。


◇◆◇


「恋茄子の根っこってこんな形でしたっけ?」


 私は隣で覗き込むコウメイさんに尋ねました。


「根が人型になるという伝説は聞いたことがありますが、ここまで人型だとは思いませんでしたね。市場で売られているものはどう見ても植物の根にしか見えませんから」


 そして眼鏡をクイッとして悪い笑みを浮かべました。


「これは本当に新種のモンスターかもしれません。彼等がうまく連れ帰ってくれば……ククク」


 何をするつもりでしょうか? こんな小さくて可愛らしい女の子の姿をしていると、さすがに気の毒に思ってしまいます。まだモンスターかは分かりませんが。


「モンスターじゃなかったら薬の材料としてすり潰される運命です」


 コウメイさんの指摘。うわぁ、それはもっと想像したくないですね。


◇◆◇


「これは……モンスターか? ソフィア様、危険ですからお下がりください」


 アルベルさんが地面から生えている少女に剣を向けますが、剣を向けられても恋茄子は動じた様子を見せません。


「わあ、まるでお姫様を守る騎士ナイトみたい。素敵ね~」


 ほぼ正解です。


「待つぬー。それは依頼にあった恋茄子だぬー。誰にも見つからないまま百年経つとそうやって言葉を話すようになるんだぬー」


 タヌキさんは本当に物知りですね。私のとなりでコウメイさんの眼鏡が光ったような気がしました。


「百年!? こんなにちっちゃいのにそんなに長生きなんすか? ロリババアってやつっすね!」


 なんですか、その言葉は。初めて聞くのになんとなく意味が伝わる不思議な言葉です。とりあえず失礼な気がします。


「この子が恋茄子なんですね。では掘り出して持ち帰りましょう」


 ソフィアさん、当たり前のように言ってますけどなかなか容赦ないですね。


「まってまって~、掘り出されたら恥ずかしいわ~。悲鳴を上げちゃうかも~」


 恋茄子の悲鳴……まさか、あれは迷信ではなく、百年育ったものが出すのですか?


「止めるぬー。悲鳴で死ぬことはないけど、恐ろしいモンスターを召喚するぬー。育ってないのを探すぬー」


 あ、やっぱり死なないんですね。どんなモンスターを召喚するのでしょう?


「何を召喚するんだ?」


 アルベルさんも気になったようで、タヌキさんに聞きました。


金竜ゴールドドラゴンだぬー。このメンバーじゃ即全滅するぬー」


 ごっ……!?


「ゴールド! ドラゴン!!」


 ヨハンさんのテンションが一瞬にして天井を突き抜けました。これは危険です、すぐに止めないと!


「うおおおお!」


 猛スピードで駆け寄るヨハンさん。恋茄子を引っこ抜く気満々です。


堪忍袋バーストストレージ!】


「ぎゃああああ!」


 間一髪、私が放った雷がヨハンさんを痺れさせました。


◇◆◇


「なんですか、今のは? ここから遥か遠くにある恵みの森に魔法を?」


 コウメイさんに見られてしまいましたね。


「……実は、追跡の魔法で見ている場所にはここから魔法を送ることができるんです。ギルドマスターの隠し技ですね」


 これはギルドが一丸となって開拓地のボスモンスターと戦う時のためのとっておきなので、あまり知られたくないんですよね。


「凄いですね。さすがは賢者様」


「わー、やめてくださいー! それ、凄く恥ずかしいんですから!」


 賢者なんて、私のガラじゃないのに。クレメンスさんがどうしてもって言うから……ぶつぶつ。


 その後、何故だか恋茄子とソフィアさんが意気投合してしまい、周りの土ごと鉢植えに入れて持ち帰るという裏技を使ってきました。


 依頼主は鉢植えを見たら気味悪がって受け取り拒否したようです。ちゃんと報酬は貰えたようですが、鉢植えはヨハンさんが悪さをしないようにギルドの受付から見える位置に置きました。

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