ゴブスラ洞窟1

 今回探索する洞窟は、仮にゴブスラ洞窟と名付けられました。ゴブリンとスライムがいるからです。安直な名前ですが、どうせ攻略のためにつけた仮称なので分かりやすい方がいいのです。


 今回は最初から追跡を行います。ギルドの主力が参加するので安全管理の意図もありますが、一番は監視です。洞窟の探索で国から期待されているのは戦利品を持ち帰ること。つまりそこに潜むモンスターが貯め込んだお宝を『発掘』という名目で略奪してくるのです。だからこっそり懐に入れたりしないか見張っておかないといけません。モンスターは全滅を推奨されていますし、冷静に考えたらかなりひどい話ですが、国の領土を拡大するというのは綺麗ごとではないのです。


 いずれにしてもモンスターと人間は相容れない存在なので、情けをかけていては生存競争に負けて人間の方が滅びてしまうかもしれません。これまでにも多くの開拓者が彼等に命を奪われました。


 余談ですが、ある程度話のできる相手はモンスターではなく異種族として共存の道を探る方針です。それも国の方針では奴隷化を基本としているので、結局武力での制圧になる場合がほとんどなのですが……いつかこの風潮を変えたいと思っています。国同士が国力を競って開拓を進めている現状では無理がありますけどね。フォンデール王国だけが奴隷化を廃止しても、他の国が止めなければ意味はないですし。


 実は、奴隷の待遇はフォンデール王国が一番いいので、異種族にも望んでうちの国に来たがる方々がいるほどなのです。積極的に開拓をしているのは二つの帝国ですが、帝国というのはいくつもの国を従えていることから、奴隷の立場がうちの王国よりも一段階低くなってしまうんですよね。本国人、属国人そして奴隷というわけです。


 まあ、他国との関係について考えるのはもっと先の話です。今はゴブスラ洞窟を攻略しなくてはなりません。攻略チームの様子を見てみましょう。


「うおおお、すげえ! 本格的なダンジョンだ!」


 ヨハンさんの声が聞こえてきました。そんなに騒いだらゴブリンが襲ってきますよ?


「まずはモンスターを殲滅しよう。私とヨハンが前に、ミランダとマリーモとコウメイが後ろに。コタロウには先行して偵察と罠の解除を任せる」


「お任せを」


 おお、コタロウさんがキリッとして洞窟を進みます。ここにいる時はのんびりした印象ですが、お仕事モードは真剣そのものですね。


「ミラさーん、スライムは全部燃やしてくださいねー」


 マリーモさんはオカリナの手入れをしながらミラさんに話しかけています。表情は緩んだ笑顔なので、スライムは怖いというより嫌いなだけのようですね。歌で味方を強化するのにオカリナを何に使うのでしょうか? 気になります。


 コタロウさんが手招きをして、攻略パーティーが洞窟に入っていきました。洞窟の中はゴブリンの棲み処になっているからか、ところどころに粗末な照明がありますね。夜目が効くとは言っても完全な闇の中で動けるほどではないようです。


「ゴブリンは奥の方にいるみたいすね。入口近くはスライムしかいません」


 ふむふむ。どちらかと言うと反対のイメージがありましたが、スライムの方が浅い階層にいるんですね。あるいは満遍なく分布しているのか。


 スライムやゴブリンが隠し持っている宝なんて大したことないと思われそうですが、そんなことはありません。スライムは土の中から魔力のこもった石を見つけ出し、体内で育てて見事な魔宝石を作り出す能力を持っています。森に住むエルフにはスライムを飼いならして魔宝石を生産する技術者もいるそうです。当然ながら、コウメイさんが今回のチームに参加しているのは同じことをフォンデールでも出来ないか研究してもらうためです。ご本人も大層やる気に満ちているようですね。


 また、ゴブリンは周辺に落ちている珍しいものを拾い集めては巣に貯めこむ習性があります。人間を襲って持ち物を奪うこともあるので、巣にはかなりの財物が眠っていると言われています。


「スライムですか……ポンコツ君、この箱に一匹捕まえてくれたまえ」


 コウメイさんが眼鏡をクイッとしながらヨハンさんに白い箱を渡しました。


「ヨハンっすよ! これでどうやってスライムを捕まえるんっすか?」


「気合で」


 うわー、結構大雑把ですねえ。単にヨハンさんのことはどうでもいいと思っているだけかもしれませんが。


「気合っすね! 頑張るっすよ!」


 ヨハンさん……さすがにちょっと可哀想な気がしますよ?


 仕事を任されて嬉しいのか、意気揚々とスライムを探しに行くヨハンさん。その頭上、天井部分が波打ったように見えました。


 ヨハンさん、上、上ー!


「いないっすねー……ぎゃああああ!」


 ボトリ、と落ちてきたスライムがヨハンさんの兜を伝い、襟の隙間から服の中に侵入していきます。


「ぎぃえええ、冷たい! ネチョッとする!」


「これだからスライムは嫌なのー」


 とりあえずヨハンさんがピンチですが、この状況からスライムを引き剥がすのは容易なことではありません。どうするのでしょうか?


「火であぶってみる?」


 ミラさんの提案は消極的な賛成の空気に包まれます。上手く火を当ててやれば、確かに何とかなるのですが……全身火だるまになる未来が見えます。


「スライムには、塩をかけましょう」


 そこにコタロウさんが懐から取り出した塩を持って近づきます。効くんですか?


『ピギィ!』


 コタロウさんが塩を振ると、スライムは悲鳴を上げてヨハンさんの服から飛び出し、見た目からは想像も出来ない俊敏さで飛び跳ねて逃げていきました。


「これは興味深い!」


 コウメイさんの眼鏡が光ったように見えました。そういえば回復魔法の使い手がいませんが、ヨハンさんの皮膚は大丈夫でしょうか?


 現在ギルドに登録している冒険者で回復魔法が使えるのは、マスターの私だけなんですよねぇ……聖職者の登録が待たれます。


「ふー、ひどい目にあったっす」


 あ、大丈夫そうですね。パーティーは更に奥へ進みます。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る