ギルドマスターは頭が痛い

「ボガート退治お疲れ様でした! オルレアン三世から褒美を頂いてますよ」


 サラディンさん、ミラさん、コウメイさんがギルドの一階に集まっています。国からの成功報酬を彼等に配りましょう。


「ボガートは自分達の食料として、ファーストウッドの入植者から小麦粉を奪っていたようだ。まだ手付かずのものは回収しておいた」


「さすがサラディンさん! はい、報酬の500デントです」


「こんなに貰っていいのか?」


 サラディンさんは報酬の額に驚いた様子です。傭兵の仕事に比べると相当割高ですからね。国王直々の指令なので金額が高くなりがちです。


 宰相のクレメンスさんと話し合った結果、指令の報酬は難易度ごとに基本となる額を決めて、そこから個人の働きによって追加の報酬が出る仕組みになりました。


 こちらもクレメンスさん考案の冒険者ランクに合わせてE~Sまでの六段階に分かれています。


 Eランク:500デント

 Dランク:1000デント

 Cランク:2000デント

 Bランク:4000デント

 Aランク:10000デント

 Sランク:100000デント


 難易度別のランクなので、ランクが上がると一気に報酬が上がります。ボガートは弱いモンスターなのでEランク指令ですね。それでもサラディンさんが驚いていたように、指令の報酬はかなり高額です。


「はい、コウメイさんにはボガードの情報報告分が上乗せされて550デントになります」


「そんなに頂けるんですね、これで研究がはかどります」


「すごーい! これだけあったら二ヶ月は遊んで暮らせるじゃない」


 そうですね、宿屋が素泊まりで5デントですから、食費を考えてもそれぐらいは楽に暮らせますね。


「私は? 私は?」


 ミラさんが胸の前で両手を合わせ、目をキラキラさせながら報酬を待ちます。ずいぶんと期待しているようですね。私はニッコリを笑顔を作り、彼女に告げます。


「ミラさんの報酬はありません」


「は?」


 予想外の返答だったのでしょう。彼女は口をぽかんと開けて固まります。


「ミラさんの報酬は、今回山火事で発生した損害を補填するのに使わせていただきました」


「そっ、そんな~~!」


 机に手をつき、がっくりとうなだれるミラさん。ちょっとはりてくれるといいんですけど……はぁ。


 ミラさんはそこから勢いよく顔を上げて私を睨みつけます。抗議するつもりのようですね……どうやら自分の立場が分かっていないようです。


「ちょっと森が燃えたぐらいで報酬取り消しなんて酷いわ! ボガードの棲み処を片付けたのは私なのよ?」


「……へー、ちょっと?」


 私は笑顔を崩さないまま、怒気を込めた口調で返します。


「やめておけ、ミランダ」


 サラディンさんがミラさんの肩に手を置き、なだめてくれます。


「まずいですよミランダさん。マスターが怒ってます。お酒でもおごりますから、ここは大人しく引き下がりましょう」


 コウメイさんも仲裁に入ります。そうですよ、怒ってますよ?


――あの後、私は宮廷に呼ばれて今回の不祥事について注意を受けました。


「確かにボガートを討伐してくれと言ったが、あの森はフォンデールの貴重な資源なのだ。あそこで採れる数々の木の実やキノコは庶民から貴族まで幅広く親しまれているし、木こりが伐採した木材を商人ギルドに売った金が国の収入にもなっている。それらを守るためのモンスター討伐で、森そのものを破壊してしまっては元も子もないだろう」


 はい、まったくその通りです。


「幸い、エスカ殿が冒険者を使って消火活動を始めたのが早かったおかげで被害はわずかに抑えられたが、火事を起こしたのもギルドなのだから褒めるようなことでもない」


 そうです、私は山火事の発生を確認するとすぐ、ギルドにいた冒険者達にお願いして消火活動に向かったのでした。コタロウさんも周りの木をって延焼を防いでくれました。


「そんなわけで、火災によって発生した損害約400デントは報酬から引かせてもらう」


「申し訳ありませんでした」


 差額の100デントは手伝ってくれた冒険者さん達に支払う謝礼になりました。


「功績ポイントはちゃんと付きますから、安心してください」


 笑顔のままそう告げると、ミラさんは諦めたようです。


「くっ、エスカに暴れられたら大変なことになるからね……仕方ないわ」


 失礼な。ミラさんじゃあるまいし、暴れたりしませんよ!


 酒場に向かう三人を見送ると、今度は依頼を無事終えたヨハンさんがやってきました。


「おつかれっすー!」


 はあ、まさかこのヨハンさんの方がよほどちゃんと仕事をするとは。


「はい、お疲れ様でした。報酬の50デントと、功績ポイントを計算するために冒険のログを確認しましょう」


「おっ、なんすかそれ! 俺の武勇伝が本になったり?」


 なりません。でもログを確認という言葉で大体理解しているあたり、知識がないわけではないんですね。判断基準が常人には理解できないだけで。


『町の商店で小麦粉を受領』

『乗合馬車で開拓拠点ファーストウッドへ出発』

『フロンティア街道で馬車から降りる』

『ボガートに襲われる女性を助ける』


 あの出来事がログになるとこんな一文になるんですね。これはちょっと事実誤認を引き起こしそうな気もしないでもないですが、まあ概ねあっていると言えるかもしれません。


『フロンティア街道で女性に小麦粉を持ち逃げされる』


!?


『帰還』


 いやいやいや、帰還しないでくださいよ! 小麦粉はどうなったんですか?


「あ、小麦粉はサラディン先生がファーストウッドに持って行くから心配いらないって言ってたっす」


「……そうですか、では報酬の50デントはヨハンさんではなくサラディンさんに渡しますね。あと功績ポイントはゼロです」


「ええーっ!?」


「ええーっ!? じゃありません!!」


 あっ、さっきの怒りがまだ収まっていないうちに怒ってしまったからリミットが……。


堪忍袋バーストストレージ


「ぎゃあああ! 雷が落ちた!」


 思わずスキルを発動してしまいましたが、あまり怒りが貯まっていなかったので威力は抑えめで済みました。


「ヨハン君が焦げてますよ」


 コタロウさんが倒れたヨハンさんの脈を確認しながら言います。いや、そこまで強い雷は出してませんからね? ちょっと変な兜から煙が出ているだけです。


「あーあ、とばっちりで酷い目にあったわね」


「誰のせいですか!」


 他人事のように言うミラさんを睨みつけると、ダッシュで逃げていきました。


 本当に、もう!

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