第20話

「瑠璃ちゃん、体調はどう?」

「すみません、お休みしちゃって...青王様に明日も休むようにって言われたんですけど、もう大丈夫ですから」

「明日は店もお休みにしたから、ちゃんと回復するまでしっかり休んでね」

その時、瑠璃のおなかがグゥ~っと大きな音をたてた。

「す、すみません...」

「ふふ、本当にもう大丈夫そうね。さっきね青王様と一緒にトマトのカレーを作ったの。食べられそう?」

「はい!いただきます!」


瑠璃は大喜びでペロッとカレーをたいらげた。

おなかが満たされ落ち着いたところへ青王様がやってきた。

「それだけ食べられれば大丈夫だな。でも明日までしっかり休むこと」

「はい、わかりました。そういえばこのカレー、青王様も一緒に作られたんですよね。なんだかとても優しくて懐かしい感じがしました。穂香さんが一人で作った時よりもっと懐かしい感じ...」

「それはね、私が空良そらだった頃のことを思い出して、あの頃入れていた隠し味が入っているからだと思うわ」

瑠璃はとても驚いた顔をして固まってしまった。

「青王様からそのカレーをリクエストされて、一緒に作っているときに思い出したの。いつもこうして一緒にお料理してたなって」

「...空良様...いえ、穂香さん、このカレーとってもおいしかった...あの頃、白王様も王妃様も、みんなで一緒に食べた味でした」

瑠璃は涙を流しながら、でも笑顔で「懐かしかった、思い出してくれてうれしい」とよろこんでくれた。


「あっ!瑠璃ちゃんに謝らないといけないんだっだ」

瑠璃は「ん?」という顔をして首をかしげている。

「せっかく瑠璃ちゃんが仕込みをしておいてくれた生地だったのに、焼くのを失敗してしまったの...ごめんなさい」

「いえ、あのオーブン、ちょっとクセがあって右側が少し強いんです。だから途中で入れ替えないと焦げちゃうんです。わたしがちゃんと穂香さんに言っておくべきでした。すみません」

「瑠璃ちゃんは悪くないわ。私、自分の店のことなのにちゃんと把握してなかった。今度からなにか気づいたことがあったら、お互いにしっかり伝えるようにしましょう」


オーブンを使うお菓子は、ほとんど瑠璃に任せきりにしてしまっていたのだ。逆に瑠璃にチョコレート製造のことはほとんど教えていなかった。これでは情報共有ができない自由が丘の店のオーナーと同じだ...


「私はカカオの森へ寄ってから帰るわ。明後日の朝待ってるから、明日はしっかり休んでね」

「はい、ありがとうございます」

「穂香、わたしも一緒に行くよ」


青王様と一緒にカカオの森へ行くと、すねこすりたちとお手伝いのあやかしたちが集まってきた。みんなが妖の本来の姿でいてももう怖いとは思わない。だって空良としてここにいた頃はたくさんの妖に囲まれて暮らしていたのだから。


「今、カカオ豆の在庫はたくさんあるから、今日はカカオパルプを集めてほしいの。カカオ豆のまわりの白いところね。とりあえずこの中に入れてね」

王城の厨房から持ってきた寸胴鍋ずんどうなべを二つ、みんなの前に並べた。

すると一斉にカカオポットを取りに行き、次々とカカオパルプを集めていく。あっという間に二つの鍋がいっぱいになった。

「みんなありがとう。明日おやつを持ってくるから楽しみにしていてね」

私が懐中時計を取り出すと、妖たちは「待ってるね」と言って見送ってくれた。


青王様と一緒にたくさんのカカオパルプを持って Lupinus へ戻った私は、さっそくおやつを作ることにした。

「わたしも手伝っていいかい?」

「もちろんです」

とてもうれしそうにしている青王様に、まずはカカオパルプの味見をしてもらった。

「甘酸っぱくておいしいですよね。今日はこれでシャーベットを作ろうと思っています。まずはミキサーでなめらかにしましょう」

青王様にカカオパルプをミキサーにかけてもらっている間に、レモン果汁を準備する。

なめらかになったカカオパルプをボールに移し、レモン果汁を混ぜて大きめのバットに流し冷凍する。

「凍ったら泡立て器で崩して、また凍らせます。これを何度か繰り返しますね」

「凍るのを待つ間、お茶を飲みながら休憩しよう。紅茶を淹れてもらえるかい」

「はい、すぐ淹れますね」


紅茶とチョコレートを用意し、青王様に話しかけた。

「青王様は私をあの店で見かけたとき、空良の生まれ変わりだとわかったから瑠璃ちゃんに側で見守らせていたんですね。でも瑠璃ちゃんが空良のことを話さなかったのは、青王様が口止めしていたから、ですよね。そんなこと言われても私が困ってしまうと思ったから」

青王様は「穂香の言う通りだよ」と苦笑いの表情を浮かべ、

「突然そんなことを言われても受け入れられないだろうから、穂香が自分で思い出すまでは絶対に言わないようにと言い聞かせていたんだ」

「待っていてくださってありがとうございました。私、青王様とお話したり頭をなでられたりしたとき、何度も安心感や懐かしさを感じる瞬間があったんです。それなのに、どうしてもっと早く思い出さなかったんだろう...」

「前世の記憶なんて、普通は思い出さないだろう。でも穂香は空良から妖の魂を受け継いでいる。だからなにかキッカケがあれば思い出す可能性もあるかと思って待っていたんだ」

「妖の魂...」

「空良も妖の魂を受け継いでいて前世の記憶を思い出したんだ。わたしの三代前の王に仕える妖だったと」

ということは、私は純粋な人間だから、私の生まれ変わりの人からあとは前世の記憶を思い出すことはなくなっちゃうのかな...

「穂香、頼みがあるんだ」

「え...?」

「今までと同じように Lupinus で働き、わたしにも会いに来てほしい。それと、たまには一緒に料理をし、チョコレートも作らせてほしい」

「もちろんです!」

青王様はまだなにか言いたげな表情をしていたけれど、結局それ以上はなにも言わなかった。

「そろそろ凍ったかな」

冷凍庫から取り出したカカオパルプはしっかりと凍っていた。泡立て器で崩しながら

「こうやって崩して空気を含ませると、口当たりがなめらかになるんです」

「これを何回か繰り返すんだね」

「はい。もう一度凍ったら、今度は青王様がやってみてくださいね」

青王様はうれしそうに笑顔でうなずいた。


あの頃も本当にたくさんお手伝いしてもらったなぁ...

嫁いで間もない頃は王太子という立場の人にお手伝いなんかさせてしまっていいのかと、とても悩んだ。

でも王妃様も白王様にたくさんお手伝いさせていて、悩んでいる私に「やりたいと言ってくれるのだから遠慮なく頼めばいい」と言ってくださった。

王になった今でも、変わらずお手伝いをしたいと言う。「やっぱり白王様と青王様は親子なんだなぁ」と思い、つい口元が緩んでしまった。


空気を含ませる作業を三回ほど繰り返し、やっとできあがったカカオパルプのシャーベットを青王様が一口試食をし「おいしい」とよろこんでいる。

「これと、瑠璃ちゃんが作っておいてくれたバニラアイスにフルーツも使ってパフェを作りましょう」

オレンジ、マンゴー、それとナタデココを用意し、グラスに盛り付けていく。青王様も隣で「シャーベット多めがいいな」なんて言いながら一緒に盛り付けをしている。


できあがったパフェを二人同時に食べ始めた。

「さっぱりしていておいしい。やっぱり南国系のフルーツとあうわね」

「この四角い物体、どこかで見たことがあるが...思い出せない」

「それはナタデココと言って、ココナッツ果汁を発酵させたものです。ずいぶん前に日本で流行ったみたいですよ」

「ああ、ナタデココは聞いたことがある。食感がおもしろいな。でもわたしはこのシャーベットのほうが好きだ」

青王様はシャーベットをおかわりしている。本当に気に入ったみたいだ。

「明日、王城の厨房を使わせてください。カカオの森の妖たちにもおやつを持って行くと約束したし、瑠璃ちゃんにも食べさせてあげたいです」

「二階の厨房にはいつも料理番の妖がいるけれど、一階の厨房なら普段は使っていないから好きなときに使ってかまわないよ」

「はい、ありがとうございます」

「できれば少し多めに作って、父と母にも振る舞ってくれないか」

どうしよう...まだご挨拶もしていないのに、私が作ったものなんて召し上がってくださるだろうか。しっかりご挨拶をしてから、改めて伺ったほうがいいんじゃないかな...

私がどうしようかと考えていると、青王様が声をかけてくれた。

「穂香、大丈夫だよ。二人ともすぐに穂香を受け入れてくれる。きっと空良と同じように大切に思ってくれるよ」

「そうでしょうか...」

青王様は「心配ないよ」と頭をなでてくれる。

「わかりました。明日、準備します。チョコレートも持って行きますね」


青王様にもお手伝いをしてもらい、すべてのカカオパルプを冷凍庫に入れた。

「明日は荷物が多いから、十時頃に迎えにくるよ」

「ありがとうございます」

青王様は私の頭をポンポンとなでて、笑顔で帰って行った。

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