第13話

数日後、瑠璃に京陽のお店の話を相談することにした。

「青王様からね、京陽の商店街にチョコレートのお店を出すから商品を作って欲しいって頼まれたの。カカオ豆は十分確保できるけど、商品を作れる量は限られてるからどうしようかと思って」

「チョコレートって、京陽ではみんな見るのも食べるのも初めてだと思うし、なによりとってもおいしいからきっとものすごい量が売れると思うんです。でも穂香さんのチョコは一つずつ手作りだから正直言って二店舗分は厳しいんじゃないかなぁ」

「そうよね...やっぱりお断りしようかな」

きっと青王様はがっかりするだろう。でも引き受けてしまってからやっぱり無理ですとは言えないから...

「京陽のお店って、ボンボンショコラに特化したお店なんですか?ほかにもチョコレートを使ったお菓子を置いたらダメなのかなぁ...」

「あ、たしかに。チョコレートのお店の商品と言うことは、焼き菓子でもケーキでもチョコレートを使っていればいいのかも。私に作ってほしいって言われたからボンボンショコラしか頭になかった...」

「 Lupinus の商品でチョコレートを使ったものを多めに作ればいいならなんとかなるんじゃないですか?特に焼き菓子は一度にたくさん作れるし」

「そうね...青王様がどんなラインナップにしたいと思っているのか、もうちょっと詳しく聞いてみようかな」

瑠璃は「それがいいですよ」と言いながら開店の準備を始めた。今日も店の前には数人のお客様が待っている。毎日こんな感じなのは座敷童子である瑠璃のおかげかな...



「今日も閉店時間まで商品がちませんでしたね。やっぱり営業時間を変更したほうがいいんじゃないですか?本当に京陽のお店の分も作るなら、途中で補充する分まで作るのは大変ですよ」

「そうよね、すでにお客様にも迷惑かけているし...ちょっと青王様のところへお話に行きましょうか」


王城へ行くと青王様は不在だった。でもせっかく来たからとカカオの様子を見に行くと、すねこすりや鉄鼠てっそ白沢はくたくたちと楽しそうに話をしている青王様に会うことができた。

私を見つけたすねこすりたちは一斉に「遊んでー」と足下にやってきて、鉄鼠たちは次々と人の姿に変わっていく。

「穂香、瑠璃、どうした?」

「京陽のお店のことなんですが、取り扱う商品はボンボンショコラだけじゃなくて、チョコレートを使ったものならケーキや焼き菓子でもいいんでしょうか?」

「ああ、チョコレートかカカオを使っていればなんでもいいと思う。穂香に作って欲しいと言ったけれど、瑠璃のお菓子も絶品だからね。いつか時間に余裕ができたら、先日のドレッシングのような、お菓子以外のものを置いてもいいんじゃないかな」

瑠璃に目配せをすると笑顔でうなずいてくれた。

「わかりました。まずは Lupinus で出している商品の中からいくつか、こちらのお店の分も作りますね」

「ありがとう。二人とも頼んだよ」

青王様は私の頭をポンポンとなでる。

「そうだ。次の休みの日に京陽の商店街を見に行かないか?たくさんの妖に出会うことになるから、嫌なら無理にとは言わないけれど」

「お店がどんな場所にあるのか見てみたいし、行ってみようと思います」

「よかった。では待っているよ」

青王様と約束をしカカオの状態を確認すると、どの発酵箱もちょうどいい発酵具合だった。もう少し時間がかかると思っていたから、今日来てみてよかったかも。

「もう全部乾燥棚に移していいわ。急で申し訳ないけれどみんなお願いね」

妖たちは「はーい」と返事をしながらいそいそと準備を始める。

「穂香さん、いつも箱の中を覗くだけで発酵状態を見極めてますよね。何を見て判断してるんですか?」

「見た目じゃなくて、カカオの音を聞いているのよ」

瑠璃はカカオの音?と首をかしげている。青王様も不思議そうな顔をしている。

「私ね、子どもの頃から音の変化に敏感なの。すごく小さな音も聞こえるし普通の人には聞こえない周波数まで聞こえてるみたいで、聴力検査のときはいつも聞こえた時だけボタン押して!って怒られてたのよ」

「そうかぁ...わたしにはそこまで聞こえていないから違いがわからなかったんですね...」

ちょっと残念そうにしている瑠璃のとなりで青王様は、すっかり自分もやる気満々でとても楽しそうにしている。

「ほらほら、妖たちはみんな準備ができているよ。早く作業を始めよう」


乾燥棚からは乾燥が終わったカカオ豆を回収し、空いたところから次々と発酵後のカカオを並べていく。

カカオポットを割り、空いた発酵箱では新たに発酵を始める。

みんなで分担して作業を進めるとあっという間に終わってしまった。

「みんなお疲れさま。でもごめんなさい。今日はお菓子を持ってこられなかったの。次はたくさん持ってくるわね」

みんな口々に「いいよいいよー」「次は楽しみにしてるね」と言ってくれた。やさしい妖ばかりでよかった。それに、足下に集まるすねこすりたちをもふもふしてると、なんだかとても癒やされる。



「青王様、まだ穂香さんに打ち明けないんですか?穂香さんはちょっとずつ思い出し始めていますよ。さっきの話だと、能力も引き継いでいるみたいだし...」

「なかなか言い出せなくてね。 Lupinus はうまくいっているみたいだし、こちらの店も落ち着いてきたころには話そうと思う」

「そうですか。わかりました」



話をするために瑠璃と一緒に店に戻り、遅めの夕食をとりながら、

「京陽の店の分も作ることになったし、来週から営業時間を変更しようと思うの。開店は一時間遅くして閉店は一時間早めるのはどうかしら」

「そのくらいでいいと思います。あとで告知の張り紙作っておきますね」

「ありがとう。よろしくね」


食後にお茶を飲んでいると、瑠璃がなにか言いたそうにちらちらとこちらを見ている。

「どうしたの?」

「あ、えっと...穂香さんにちょっと提案と言うか、できたら試してみたいことがあったんですけど、青王様が先に京陽のお店のことを決めちゃったから...その...」

「なに?せっかくだから教えてよ」

瑠璃はまだちょっと逡巡しゅんじゅんしながらも話し始めた。

「あの...商品として出すには新たな設備が必要になると思うんですけど、アイスクリームを作ってみたいと思ったんです」

「アイスクリームかぁ。とりあえず一度試食用に、バニラとチョコとなにかもう一種類ぐらい作ってみたら?」

「いいんですか?」

「もちろん。作りたいと思ったものは一度試作して、京陽で手伝ってくれている妖たちにお礼代わりに試食してもらえばいいわ。それで好評だったら商品化すればいいじゃない」

「それいいですね!」と、とてもうれしそうにしている。

「二店舗分を一度に作るのが大変なら、新しいメニューは日替わりや週替わりでどちらかの店舗に置くようにすればいいと思うわ」

「なるほど!次にカカオの様子を見に行く時に持って行ってみよう」

瑠璃はティーカップを片付けると、レシピを考えておくと言って帰って行った。

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