第10話

「青王様、先日は助けてくださってありがとうございました」

「店は順調だと瑠璃から聞いている。穂香はもう大丈夫かい?」

「はい、青王様のおかげで安心していられます」

それはよかった、と頭をポンポンとなでられた。

やっぱり私は青王様を...


カカオ豆はしっかりと乾燥していた。

「これでチョコレートを作れます。できあがったら持ってきますね」

「楽しみにしているよ」


Lupinus へ戻り、さっそくチョコレート作りに取りかかる。

普通は悪い豆を選別して取り除くけれど、京陽産の豆は選別の必要がないぐらいとても状態がいい。

焙炒した豆をくだいて小さな粒状のカカオニブにしたものを、グラインダーにかける前に少し取り分けておいた。


「穂香さん、お願いします」

「はい、いま行きます」

瑠璃に店番をしてもらっていたけれど、お客様がレジ前で行列をつくっていた。

「おまたせしてすみません」

ケーキの箱詰めとお会計を手分けしてさばき、なんとか行列は解消した。

でも、ショーケースのなかの商品は残り少ない。

今日は開店前にカカオの森へ行くために、早朝からお菓子作りに励んだけれど、準備した数がいつもより少し少なかったのだ。

「ケーキの補充、お願いできる?」

「わかりました。今日はなんだかお客様が多いと思っていたんですけど、どうもテレビでケーキとチョコレートの特集をやってたらしいです」

「そうなんだ。それなら帰宅時間帯にもお客様が増えるかも。ちょっと多めに準備しておきましょうか」

瑠璃は、今日はチーズケーキがよく出るから...とつぶやきながら厨房に入っていった。

それでも閉店一時間前にはほぼ完売してしまったため、今日はもうクローズにすることにした。


明日もきっとお客様が多いと予想し、多めに準備をしておく。

「作る量が多いから、明日は五時ぐらいにきてもいいですか?」

「そのころにはコンチングが終わるから、きてもらえると助かるわ」

「やっと京陽産チョコレートができるんですね!どんな味だろう...楽しみだなぁ」

「ふふふ。楽しみすぎて眠れなかったー、なんてことにならないようにね」

「だ、大丈夫ですよぉ...たぶん...」

瑠璃は、お疲れ様でした!と元気に帰っていった。



私は、頭をそっとなでてくれた手を、背中をさすってくれた手を、知っている気がする。

そして瑠璃の作るお菓子の味を、なつかしいと感じる。

でもなにも思い出せない...



翌朝、コンチングが終わったチョコレートをスプーンですくい、瑠璃と同時に口に入れる。

「え!?これは...」

「うわぁ、おいしい!」

ベネズエラの小さな村、チュアオ村で栽培されているカカオで、伝説のカカオと言われるほど高品質で希少価値が高いカカオ『チュアオ』とほとんど変わらない、同時にくらべても区別がつかないと思うレベルのおいしいカカオだ。

「穂香さん、これ、すごいですね。柑橘っぽい酸味も感じるけど苦みもあって、でもクリーミーでまろやかな感じもする...」

「ええ、びっくりしたわ。これとほぼ同じ感じのカカオがこちらの世界にもあるんだけれど、入手はとても困難なの」

「あんな勝手に生えてて誰も見向きもしなかったのに、こんなにすごいものだったなんて...今までものすごーくもったいないことしてたんだ...」

「青王様にもちゃんと説明しないと。閉店後、このチョコレートを持って王城にいきましょう」

「はい。あ、今日のケーキにこのチョコレート使っていいですか?」

「そうね。テンパリングするから待ってて」

「はい!」


やっぱり今日もお客様が多い。それに、昼間来店して夕方にまた来店されるお客様も数名。

「今日のチョコケーキ、いつもよりおいしかったよ。いや、いつものだってとってもおいしいんだけど...なにか変わったの?」

「カカオ豆がいつもと違うんです。明日はボンボンショコラにもこのカカオ豆を使う予定なので、ぜひご来店ください」



「青王様、京陽産カカオのチョコレート持ってきました」

「それは楽しみだ。さっそくいただこうかな」

プレーンの小さなタブレットチョコを一口。すると青王様は目を見開いて固まっている。「青王様どうですか?やっぱり酸味が苦手でしたか?」

「あ、いや、驚いた。あの森のカカオで作ったチョコレートがこんなにおいしいとは。もちろん穂香の技術あってのことだろうが、それにしても今までで一番だと思う」

青王様にも、ここのカカオは希少な『チュアオ』にそっくりなことなどをしっかり説明した。

「ここの設備をもっと増やして妖たちに作業をさせるから、これから Lupinus ではここのカカオを使ったらどうだろう」

カカオはいくら使ってもいいと言われていたけれど、正直、発酵や乾燥の作業は大変だ。だからそれを任せられるのならとてもありがたいし、よりおいしいお菓子を提供することができる。

「それはとてもありがたいお話です。でも作業をしてくれる妖のみなさんは大変じゃないですか?」

「大丈夫だよ。体力がある妖に任せるからね」

「ここにいる妖たちは、みんな結構真面目だし、きっと丁寧に作業してくれますよ。おいしいチョコレートはお客様にも喜ばれると思うし。わたしもおいしいチョコレートが食べ放題...」

瑠璃はそれが一番の目的のような気がするけれど...

「それでは、せっかくなのでよろしくお願いします」

「うん。では妖たちにも声をかけておくよ。二日もあれば準備ができると思うから、近いうちに作業工程を教えにきてくれるかな」

「はい、わかりました」


でもまた新しい妖に出会うことになるのか。怖くないといいな...



「さて、明日分のボンボンショコラ、作ろうかな」

「この京陽産チョコ、全部のチョコ系商品に使ったら今回分はあと二日ぐらいでなくなっちゃいますね」

「そうね。次に京陽産カカオ豆を持ってくるまではいつものカカオ豆を使うことになるから...明日と明後日の二日間は『スペシャルカカオの日』にしたらどうかしら?」

「それいいですね。いつものカカオ豆に戻ったら、きっとまた味が変わったって言われそうだし」

「そうでしょ。あ、そういえば青王様はどれくらい設備を増やしてくれるのかしら。発酵も乾燥も時間がかかるから完全に京陽産カカオだけを使うとなると、数日ずつずらして発酵を始められるように複数の設備が必要になるけれど」

「そうですね。カカオの森はとっても広いのでいくらでも増やせると思います。それにあのカカオ、収穫しても数日で新しいカカオポットが実るのでいくら使ってもなくなることはありません。少し多めに設備を増やしていただいて、カカオ豆の在庫がある程度貯まったらしばらくお休みしてもらう、とかにしたらどうでしょう」

それならカカオ豆の在庫切れを心配する必要もないだろう。王城に戻ったら、瑠璃の提案を青王様に伝えておいてもらえるようにお願いした。



明日の仕込みを終わらせ、できあがったボンボンショコラを一つ瑠璃に渡す。

「あれ?この形、いつもと違いますね」

「そうなの。早く食べてみて」

まるごと口に入れようとしたけれど、やっぱり半分ほどをかじる。

「なんかサクサクする!これおいしいです!」

「カカオニブを混ぜたのよ」

「カカオニブ?」

「グラインダーにかける前の状態のカカオ豆よ」

「焙炒しただけだとこんな感じなんですね」

カカオニブを混ぜるとカカオの香りを一層強く感じられるし、クランチチョコのようなサクサクした食感も楽しめる。

「これ、青王様にも渡してくれる?」

「わかりました。さっきの話もしっかり伝えておきますね」

瑠璃はラッピングしたボンボンショコラを、とても大切そうに持って帰った。

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