第2話

気がつくとそこは広い和室で、隣には申し訳なさそうな顔をした瑠璃が座っている。

「ここ、どこ?」

「すみません、これからちゃんとお話します」

すると、スッとふすまが開き見知らぬ男性が入ってきた。

中性的な顔立ち、透き通るような水色の瞳、瞳と同じ色の腰まである髪を後ろでゆるく束ねている。

「穂香さん、こちらはあやかし界の王、しょう王様です。ここは妖の住む国、京陽きょうようといいます」

妖...青王様...?私、夢でも見てるのかな...


「瑠璃、ありがとう。わたしが説明するから大丈夫だよ」

青王様と呼ばれた人は、私のところへ近づいてきて

「穂香、突然連れてきてしまってすまない。驚かせてしまったね」

「ええと、これはどういうことでしょうか...」

「改めて、わたしはここ京陽の国王、しょうという。穂香に頼みたいことがあって瑠璃に連れてきてもらったんだ。瑠璃はわたしの手使いをしてくれている座敷童子という妖だよ」

「は!?座敷童子?」

いきなりすごいカミングアウトだ。いったい何がおこってるのか理解できないんだけど...

「瑠璃が言ったとおりここは様々な妖が暮らしている妖の国で、王城内では座敷童子、妖狐、猫又などの妖が働いているんだよ」

そう言われても、言葉は通じるし青王様も瑠璃も普通の人間にしか見えない。妖と言えば怖いイメージがあるけど、二人は怖いと思えないな。

「それで、わたしはたまに人間の世界で流行っている食べ物や娯楽などを見て歩き、それらを京陽でも取り入れられないか考えているんだ。そんなときたまたま入った店で初めてチョコレートを作っているところを見たんだ」

「初めてチョコレートを?」

「チョコレートを食べたことはあったけれど、その材料や作り方は知らなかったんだ」

「それでどうして私を?」

「そのときチョコレートを作っていたのが穂香だった。続きは別の場所で話すから一緒に来てほしい」


王城を出て方丈庭園のような手入れの行き届いた庭を青王様がゆっくりと進んで行き、その後ろを瑠璃と一緒について行く。

「ここだよ。森の中を歩きながら話そう」

「えっ、なんでこんなところに...」

目の前に広がるのは、カラフルなカカオポットがたくさんぶら下がっているカカオの木の森だ。

思わずかけ寄り黄色のカカオポットを手に取った。このゴツゴツとした形はクリオロ種だ。

「ここでカカオを栽培してるの?」

「いや、特に手入れなどはしていない。ここではカカオが自生しているんだよ」

「え、うそ...このカカオは病気になりやすくて手入れが大変なのよ」

「でもここでは勝手に育つんだ。たまに中の白い部分を絞って汁を飲んでいるものもいるけれど、ほぼほったらかしだね」

白い部分は、甘酸っぱくて糖質とビタミンB1を含んでいるカカオパルプという部分だ。


「話を戻すが...穂香がチョコレートを作っていたとき、そばにカカオの実があるのを見たんだ。だからカカオがチョコレートの材料だと知った。ここにはカカオがたくさんある。これを使ってチョコレートを作ってもらえないだろうか」

「その時そばにあったのはたぶんオブジェ用のカカオポットね。私が使っていたのは、発酵と乾燥をしてチョコレートを作るための準備が終わったカカオ豆。ここにあるものをこのままの状態で使えるわけじゃないのよ」

「その発酵と乾燥ができれば作れるのかい?」

「まあ...大変だと思うけれど、それができるのならなんとかなるかも...」

だけど私はその方法こそ知っているものの、実際には見たことも経験したこともない。できると言い切るのは無責任だと思う。

「必要なものを教えてもらえればすべて準備をする。どうかお願いできないだろうか」

「少し考える時間をください。とりあえず一度、お店に帰らせてください」

とにかく今私が一番にやるべきことはお店のオープン準備なのだ。

「わかった。では一度戻って落ち着いたら、また話をしに来てほしい」

「はい、店の準備が終わったらまた来ます。でもどうすれば来られるの?」

「そうだね、瑠璃に言えば連れて来てくれるけれど、穂香の都合がいいときに来られるようにこれをあげよう」

青王様はそう言って懐中時計をくれた。文字盤が透明でところどころ青くキラキラしていてとても綺麗だ。数字の部分には青い石が埋め込まれている。

「その青い石は瑠璃石という。穂香にはラピスラズリと言ったほうがわかるかな」

「ラピスラズリならわかるわ」

「そこには瑠璃が使う妖力の一つ、転移の力が込められているんだ。だからそれに行きたい場所を伝えると移動できる」

瑠璃ちゃんはすごい力を持っていたんだと思いながら懐中時計を眺める。やっぱりとても綺麗だと思う。

「穂香の店の名前を伝えれば戻れるよ。こちらに来るときは『京陽の王城』と伝えればわたしのところに来られる」

「穂香さん!そういえばまだお店の名前聞いてないです」

「あっ、まだ言ってなかった。店の名前はLupinusルピナスにしようって決めていたの。Lupinusの花言葉は、いつも幸せって言うのよ。私が作るチョコレートを食べた人に幸せな気持ちになってもらえたら、私も幸せだから」

「Lupinus、とっても素敵です!」

Lupinusはカラフルな花が咲き、とても綺麗なのだ。瑠璃にも気に入ってもらえてよかった。

「今は瑠璃がいるから懐中時計は使わなくてもいいが、まあ一度試してみるといい。穂香、また来てくれるのを楽しみに待っているよ。瑠璃、しっかり穂香の手伝いをするように」

「はい!」

「必ずまた来るとお約束します」

私は懐中時計に『Lupinus』と伝えた。

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