第20話
ユージンとの顔を合わせるその日は、爽やかな風が時折吹く穏やかな天気だった。
場所はフライアン侯爵家の庭園。
色鮮やかな花々が咲き乱れ柔らかな香り漂う、自慢の庭だ。
庭の奥にある東屋には、ユスティアとエドワルド、そして、ユージン・コックスが優雅にお茶を飲みながら談笑していた。
美しい三人が揃えば、そこだけが別の空間の様で、まるで美の神達が集ったかのように神々しく見える。
会話が聞こえない程度に離れている使用人達は、眼福とばかりに三人をうっとりと眺めているが、まさかその会話の内容が冷え冷えとしたものだとは誰も思うまい。
この度の、突然の招待を受けてくれた事に対してのお礼と、初対面の挨拶を終えると、ユスティアは単刀直入に切り込んだ。
「実は今我が侯爵家では、妹ライラの結婚のお相手を探しておりますの」
「ライラ嬢の、ですか?」
「えぇ。我が侯爵家に婿に入っていただける方ですわ」
「・・・・・その候補に、私が挙がっているという事ですか?」
ユージンは考え込むように、顎をさすった。
「ユージン様は、ライラの噂を知っていますか?」
ユスティアはわざと彼女の醜聞を知っているか問うた。
当然知っている。ユージンは言いずらそうしながらも頷いた。
「あぁ、お気遣いなく。我が家の問題児でもありますので。できれば、ユージン様から見てライラがどのように見えるのか、忌憚のない意見をお聞きしたいのです」
「私の、ですか?」
「えぇ。ユージン様にはライラの様な娘がお好きなのではと思いまして」
「それは、どういう意味でしょう?」
ピリッとした空気と共にニッコリ笑い問いかけるも、目が笑っていない彼。
だがユスティアは、誰もが見惚れる様な笑みで、爆弾を落とした。
「だってユージン様って、他の方を見ている女性がお好きでしょ?」
ピクリと眉が上がり、表情を取り繕う事もなく真顔になる。
「・・・・・何故、そう思われたのですか?」
「そうですね、失礼ですがこれまでの女性関係を調べさせていただきました。それらを私なりに分析させていただきましたの」
「分析・・・とは、なかなか面白い事を言いますね」
「えぇ。事実上、我が侯爵家を仕切ってもらい、妹の手綱を握ってもらわなくてはいけませんから」
少し険悪になりかけている雰囲気など気にすることなく、ふわりと微笑む彼女は本当に美しく、ユージンは心も身体も・・・己のすべてを奪われたかのような感覚に陥るのだった。
社交界デビュー前だというのに、傾国の美女と有名なユスティア・フライアン侯爵令嬢が自分に会いたいと、エドワルド・ライト小公爵との共通の知り合いを通じ連絡があった。
ユスティアとは・・・というよりも、フライアン侯爵家とは何の接点もなく、何故自分に会いたがっているのか想像もできなかったが、祖父母の代に傾国と謳われたフレデリカ元侯爵夫人以上に美しいと言われている侯爵令嬢に興味もあったため、招待を受けることにしたのだ。
自惚れていると言われるかもしれないが、ユージンは物語に出てくる王子の様だとよく言われ、令嬢達に大変モテていた。
もしや、その類の申し込みなのだろうか・・・と考えもしたが、色とりどりの花が咲き乱れる庭園をバックに立っている彼女を見た瞬間、そんな事を考えていた自分が恥ずかしくなってしまった。
花に囲まれて立つ彼女は女神のごとく美しく、女神が矮小な人間に好意など持つはずもないと素直に思ってしまったから。
声を掛けられるまで見惚れてしまっていた事は、思い出しただけでも恥ずかしい。
わざわざ庭園の入り口まで出迎え、東屋までエスコートしてくれるユスティアは、高位貴族の令嬢にありがちな傲慢さはなく、あの悪女として名高い女の姉とは到底思えない。
ましてやこれから、その悪女との結婚を薦められるなど夢にも思わなかった。
東屋に着くと、そこにはエドワルドが待っていて、そういえば共通の知人を介しての紹介だった事を思い出し、二人きりではない事に少し落胆する。
夜会などで何度か挨拶程度には言葉を交わしたことがあったが、自分とは正反対でいつも無表情な彼は正直、近寄りがたいとすら感じていた。
だが、自分に向ける表情は変わらぬものだが、ユスティアに視線を向けたとたん相好は崩れ、甲斐甲斐しく世話を焼き始めるのだから、見てはいけないものを見てしまったかと視線を外そうとするも、目が離せない。
そんなユージンにユスティアは、苦笑しながらも「実は、私達婚約しているんです」と告白。
照れながらも幸せそうに微笑み合う二人を目の前にユージンは、芽生え始めていた恋心が折れるどころか大きく膨らみ始めるのがわかった。
そして、ぞわりとした快感が背を走る事を懐かしくも恍惚とした思いで受け止め、やはりこれが自分が望んでいた愛の形なのだと改めて実感した。
彼女に「他の人を見ている女性が好き」と指摘された時には、隠していた本性を無理矢理暴かれてしまったのではと、表情を取り繕うだけで精一杯だった。
そう、ユージンは誰かに恋している女性が好きだ。
それを間近で見る事に喜びを感じ、そして興奮する。
その人と結ばれなくてもいい。結ばれてしまえば、きっと自分に惚れてしまうだろうから。そうなってしまえば、意味がなくなるのだ。
自分の性癖に気付いたのは、成人を過ぎた頃の事だった。
社交界デビューしたての頃、ある一人の令嬢と出会った事がきっかけだった。
彼女は好きな人がいるのに、家の都合で他の人と結婚しなくてはいけないのだという。
好意を寄せる彼とはたった一度だけ話す機会があり、その時に心を奪われたのだそうだ。
貴族社会では政略結婚は普通の事で、恋愛結婚の方が珍しい。
だからその話を聞いても、ユージンには同情する気持ちもなく「不毛な恋だな」くらいにしか思わなかった。
しかも相手にすら認識されていない、片思い。
だが、翌年の夜会で結婚した彼女を偶然見かけ、ユージンは衝撃を受けた。
夫の手を取りながらもその眼差しは、焦がれる熱と嫉妬に塗れながら想う男を見ていたのだから。
―――なんて美しいんだ・・・・
人妻となっても彼女の容姿は、取り立てて特徴もなく、美しいわけでも可愛らしいわけでもない。
だが、夫ではない人を見つめる彼女は、匂い立つほどの色気を放っていたのだ。
これまで自分の容姿に惹かれて群がる令嬢が多かったが、これといって惹かれる人はいなかった。
角が立たない様あしらってはいたが、知らないうちにどこぞの令嬢と付き合っていたとか、婚約間近だとか勝手に噂を流されていた事には驚いた。
女なんて自分の欲望の為ならば、事実無根な事でさえあったことの様に話すのだなと、嫌悪すら感じていた時に、彼女と出会ったのだ。
結婚しても夫ではない誰かを恋い慕う、女。
決して結ばれることのない関係だと、誰よりも何よりもわかっているはずなのに、想う事を止められない愚かな女。
ゾクゾクした。愛しい男を見るその眼差しに、興奮した。
できることなら、夫の立場を譲って欲しいとすら思うほどに。
自分の隣で、自分ではない男を思い身もだえる女。
それを一番近い場所で見つめ体感する事ができるのだ。
あぁ・・・なんて羨ましい・・・・
そしてあの日以降、自分に好意を寄せる女性には興味が持てず、自分ではない誰かに夢中になっている女性に心惹かれるようになるのだった。
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