第9話

―――あぁ・・なんで、こうなってしまったのか・・・・

キャロルは心の中で呟いた。

公爵から発せられた一言に、彼に見惚れていた事も忘れ、血の気が失せるという感覚を初めて味わっていた。





カーネルとキャロルは、ライト公爵邸へと、

何故呼ばれたのかわからない二人だったが、キャロルは噂では聞いていたが初めて対面する、この国一番といってもいいほどの美貌を持つライト公爵を目の前に、呆けたように見惚れていた。


なんて美しいの・・・これほどまでに美しい人は、お店で働いていた時も見た事がないわ!

地位も名誉も美貌も兼ね備えていて・・・この方の妻になれたらどんなに幸せなのかしら・・・


うっとりとしながら、ライト公爵の横に並び立つ自分の姿を夢想し、ちらりとカーネルを見た。

冴えない容姿の夫は、困惑しきりの表情で額の汗を拭いている。目の前の公爵に比べれば、矮小で凡庸で恥ずかしい気持ちになってくる。

そして「あの時焦ってこの人を選ばなければ、もしかしたらライト公爵と出会えていたのかもしれないのに・・・」と、激しい波の様な後悔が押し寄せてくるのだった。



キャロルは、男爵家の長女として生を受けた。

男爵家とはいえほぼ平民と同じで、貧しい生活を余儀なくされた一家は、皆働いて家計を助けているのが現状。

キャロルも給金が良いと言う理由だけで飲食店で働いていた。夜に男性を接待する飲食店である。

その店自体従業員に枕営業させる様な店ではなく、国内でも有名な高級クラブで健全な夜のお店だった。


採用条件自体も厳しい事で有名だったが、キャロルの場合は末端でも貴族という事と、見目も可愛いらしかった事で採用された。

従業員となる令嬢は貴族もいれば平民もいた。それぞれ訳アリばかり。

大概はお金絡みの事情である。

そんな彼女たちは店で施される淑女教育にも熱心で、いつか貴族の令息に見初められ婚姻する事を夢見ていた。

過去、この店で働いていた女性が、高位貴族の令息に見初められ結婚したことがあったからだ。

その事実が、彼女らにやる気をもたらしてもいた。

だが、キャロルは違った。


そんな事をしなきゃ、男を捕まえられないんなら、あんた達に何の魅力もないって事じゃない。

私は私自身の魅力で高位貴族を捕まえるわ!


よくわからない自信を持っているキャロルは、当然、淑女教育など身に付かず貴族に毛が生えたというか、ちょっとお行儀のよい平民のような振る舞いで接客をしていた。

店側は勿論いい顔をしなかったが、純朴で可愛らしい容姿も相まって一部の貴族には珍獣枠で人気があり、あれよあれよという間に一番人気となってしまったのだ。


店の規則は細かくて厳しいものだったが、それさえ守れば男女関係も比較的自由を許されている。

店の品位を貶める事さえしなければ、だ。

これまで貧しさ故、くすぶる不満を胸に秘め働いてきたキャロル。

だがここでは、男に媚びを売るだけでお金がもらえる。それは、今まであくせく働いて得たお金の何倍も多く。

これまでの自分の無知に対する怒りと、貧富差に対する悲しみが胸中をよぎったが、それも一瞬だけ。

もっともっと上を目指せば、もっともっと贅沢な生活ができるのだと。

今まで苦しい生活の中、我慢ばかり強いられてきたものが、一気に解放された瞬間だった。

人気が上がるにつれ給金もよくなり、時には高価な贈り物までくれる男達。


あぁ・・・こんなにも楽しいお仕事があったなんて・・・

客に可愛らしくおねだりし甘えただけで、ちやほやしてくれる。

たったそれだけでお金や宝石を贈ってくれるなんて・・・なんて楽なのかしら。


浅ましさ全開のキャロルに対し、同じく働いている女子達からは嫌みを言われたり嫌がらせをされたりしても、必ずその倍にして返す彼女。

生活の苦しさで抑えていた不満が単によくない形で現れただけなのかもしれないが、気付けば外見と中身が全く違う狡猾な女性へと変わっていたのだった。


純朴で愛らしい見た目に対し、淫靡で欲深い内面。

後腐れなく遊べる相手として、キャロルは性に奔放な貴族令息の遊び相手と認識されるようになっていた。

キャロル本人は、最高の結婚相手を見つける為に付き合っているつもりなのだが、男からしてみれば体のいい性欲処理の相手だ。

男遊びが激しくなってくると、流石に店側からも品位に欠けると厳重注意を受け、クビも時間の問題と言われていた。

そんな時に出会ったのが、カーネルだったのだ。

見た目は凡庸で女性慣れしていない彼に、キャロルはすぐに目を付けた。

次期侯爵という地位もだし、何の疑いもなくキャロルの言い分を信じてくれる間抜けさが、彼女には魅力的だった。

彼を落せば、なんの苦も無く贅沢な暮らしができるのだ。

ただ一つ不満を言うならば、自分にはふさわしくないその平凡な容姿。


自分にはもっと美しい男が相応しいんだけど・・・いつ店をクビになるかわからないから、ここで手を打っておかないと、またあの貧しい生活に逆戻りだわ。

あの頃に戻るくらいなら、顔くらい我慢よ!


そして、カーネルは極悪娼婦に騙された無能な侯爵令息として囁かれるようになるのだった。

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