第5話

公爵夫妻が部屋を出て行っても、エドワルドは変わらずユスティアの手を握って傍にいる。

部屋には当然だが使用人も控えているので、二人きりではないが・・・・


えっと・・・なんでエドワルド様が残っているのかしら?


声を掛けたいが、口を開こうとするとすぐに止められてしまう。

口を開こうとすると、確かに痛い。当然、口も痛いが頬も痛い。顔を顰めれば引き攣る様に、額の傷も痛い。

全てが連鎖するかのように痛むのだ。

頭には包帯が巻かれ、叩かれ腫れた頬には湿布が貼られている。

此処が安全なのだと安心した所為か、身体のあちこちも先程以上に痛む。

そして、痛いと疲れる・・・・

そして、心細くもなる・・・

手をずっと握っていてくれるエドワルドには感謝しかないが、冷静になればなるほど忙しくはないのだろうか?と不安にもなってくる。

そんなユスティアの気持ちを知ってか知らずか、エドワルドはそこはかとなく嬉しそうな顔で何かと世話を焼こうとしていた。

「お腹はすいていない?」

「喉は乾いていない?」

「口の中にも傷があるから、優しい食事にしようね」

「眠いなら、僕に気にせず眠ってもいいから」

思わず首を振る事で返事はするのだが、拒絶の意思は美しい笑顔で黙殺されるという、言葉で伝えられるという事の大事さをつくづく実感するユスティア。


それでもエドワルドの話は、興味の引くようなものばかりで、退屈させるものではなかった。

かといって一方的なものでもなく、ユスティアの体調に合わせる様に優しさにも溢れていた。

優し気な声。穏やかな口調。嬉しそうに細められる眼差し。温かくも力強い手の温もり。

次第にユスティアの身体からは余計な力が抜けていき、かなり緊張していたのだと自覚してしまう。


そんな穏やかな時間を過ごす二人に、使用人がエドワルドに見るからに高級な布の包みを持ってきた。

一言お礼を言い受け取ると、ユスティアの手を名残惜しそうに離し、枕元で布を開いた。

そこにあったのは、強欲な妹から取り返した祖母の形見のペンダント。

ライラが無理矢理ユスティアから奪おうとして、チェーンが切れてしまっていたのだ。

「チェーンが切れていたから直したんだ」

そう言って、そっと首にかけてくれた。

ユスティアは愛おしそうにペンダントトップを手に取り、安堵したように目を閉じた。


良かった・・・本当に良かった・・・


このペンダントはただの形見ではない。

王位継承権を持っている事の証明書のような役割をしているのだ。

ペンダントに嵌め込まれている宝石、アレクサンドライトはフレデリカの国では、特別な意味を持つ。

王族とその伴侶にしか与えられない、ても重要な石に位置付けられており「王石」とも呼ばれていた。

ペンダントはフレデリカの形見でもあるが、叔祖父でもある国王から直々にユスティアに対しても「王石」を与えられている。

王位継承権を認める証として。

王都に戻る際持ってきてはあるが、ユスティアの専属侍女が最も安全で信頼できる人に預けていた。

それは祖母の遺言でもあり、ライラたちに盗まれない為の対策でもある。

あの家の者からすれば、アレクサンドライトは最高級ではあるが、ただの宝石。

そう、ユスティアに王位継承権がある事を、家族達は知らないのだから。


そこまで考えてユスティアはハッとする。

領地から一緒にきてくれた、侍女の事を。

侍女ローラは祖母フレデリカの腹心でもあるルーナの娘で、「王石」を誰に預けているのかを知る唯一の人。と言うより、彼女が預けた張本人なのだが。

キャロルと対峙していた時、不運にもローラはその場にいなかったのだ。


きっと今頃私を探しているわ・・・

下手すれば、あいつらに喧嘩を売っているかもしれない・・・


いくら自分に忠実とはいえ、今は祖母もいない。

よって彼女の雇い主は名ばかりの父親のはずだ。

逆らえばどうなるのか・・・・

ユスティアは身体の痛みなど忘れたかのように、飛び起きようとした。


大切なローラ。


彼女は祖母の輿入れと共にこの国にやってきた、祖母の侍女ルーナの娘だ。

王都に居た時からユスティアを可愛がってくれていて、どちらかと言えば年の離れた姉的存在。祖母と共に彼女を育ててくれたといっても過言ではない。

領地に籠ってからも同じで、彼女は侍女兼護衛としての役割も果たしていた。

野山で駆け回るユスティアに、何が安全で何が危険なのかを教えたのもローラだった。

祖父母亡きあと、唯一の心の拠り所でもある。

だからこそ彼女の事は、何としても守らねばならない。


そんなユスティアを、またもエドワルドが止める。

邪魔をするなと言わんばかりにエドワルドを睨み付けるユスティアに「大丈夫、侍女殿の事だろ?彼女は大丈夫だよ」そう言って、ユスティアをベッドに戻した。

「多分今、父上たちと話をしていると思う。それが終わればここに来るよ」

何も言っていないのに、エドワルドがあまりに正確に自分の思考を読んでいる事に、驚き目を見開いた。

「気になる事が沢山あると思うけど、明日全て説明するから。侍女殿が来るまでゆっくりとお休み」


そう言って、怪我をしていない頬をそっと撫でるエドワルドの指先は、祖父母を思い出させるほど温かかった。


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