第30話 結局、拳で語るに限る

 か~な~しーみの~、向こ~うへと~……。酒井 僚太? あいつは死んだよ。真っ白に燃え尽きてしまったんだ……。


「もう……俺は……終わりだぁぁーーーーァァァァァァ」


 放課後、中庭に明井 奈々を呼び出して告白を行った。たどたどしくも勇気を振り絞って気持ちを伝えた酒井だったが、彼女からの返答はあっけないものだった。

 明井 奈々は仲間想いな人間だった。友人を友人として差無く接して来た。だからこそ、酒井 僚太への返答はサッパリとしていた。ただただ無理だと、そう言ったのだ。


「りょ、僚太……。そこまで悲しまなくても……」

「どうして……どうして駄目なんだぁぁーーー」

「そ、その……実はね? 私にも好きな人が居て―――」

「もしかして、俺?」


 んな訳あるかっ!


「そんな訳無いでしょ」

「うっ……」


 止めてあげて! もう彼のライフはゼロよ!


「一体……誰なんだよ」

「それは……そのぉ……。ナイト君……です……」


 あぁ、やっぱり。他人の色恋沙汰に興味が無い俺ですらも、明井 奈々の想い人が長生 内斗だとは予想が付いていた。

 だって長生と話している彼女の表情は、いつだって恋する乙女の表情だったからな。彼女が俺に向ける表情とは天と地ほどの差がある。凄いんだぞ? あの温度差は流石の宿毛さんでも出来ないんだからな? 風邪ひくわ、あんなの。


「だからさ、僚太とは友達のままで居たいなって思ってる」

「明井……」

「ごめんね」


 立ち去る明井 奈々を最後まで見届けた後、俺たちは隠れていた物陰から出て、地面に崩れ落ちている酒井を慰めてやる。


「まあ、その……残念だったな」

「師匠ぉ。俺はもう、生きる価値がありません……。殺してくださいぃーー」

「おい! 早まるな」

「面倒臭い男ね。松瀬川君、殺してあげたら?」

「なんでだよ。自殺ほう助で捕まるわ」

「今更でしょ?」

「おい。俺は一度も罪を犯したこと無いんだが?」

「あなたの存在自体が罪よ」

「そんな法律はねぇよ」

「私が決めたの」

「とんだ独裁者だな、お前」


 泣き崩れる酒井を見て、少しだけ同情の心が湧いた。

 湧いたついでだ。相談者のアフターケアを行うのも相談を受ける側の責務だろう。


「まあ、落ち着けって」

「でも師匠……」

「よく考えてみろ。明井は別に、お前の事が嫌いだとは言ってないだろ? 失敗した原因は別のところにあるんだ」


 そう、例えばその女々しい所とかな。

 この手の悩みを解決するのに良い手段がある。倫理療法と呼ばれるものだ。簡単に言えば、悩みに対して合理的な考えを持ちましょう、というものだ。

 今の酒井 僚太の脳内では、失恋した、彼女以外の恋人は居ない、恋人が作れないような自分は居なくなった方が良い、という風な流れで今の状況が出来上がっている。

 本人はこれの原因を、告白したのが原因だと思っている。しかしそれは始まりであって、悩みの原因ではない。この問題の本質は失恋した事じゃなく、失恋したことで生まれた明井 奈々への考え方が問題なのだ。

 俺たち第三者にとって、こんなことは考えなくても自然と分かるのだが、恋愛をしている本人たちには難しい。恋は盲目と言われるように、一種の精神的な病気だ。視野を狭め、普段通りの思考が出来なくなる。風邪のように放っておけば治るだろうが一早く治す為には、やはり薬が必要となる。

 俺が言うのも可笑しな話だが、青春とは案外、短いのだ。だからこそ早く治すのに越したことは無い。

 まあ、俺も本で読んだだけの浅知恵だから、酒井 僚太にどういった影響があるかなんて知らない。


「そうか……」


 涙を拭いながら立ち上がった酒井 僚太は、振り返ったかと思うと、勢いよく俺の両肩を掴んで揺らす。


「そうか! ナイト君よりも俺の方が優れていることを証明すれば良いんだ!」


 いや、そうはならんやろ。なっとるやろがいっ!

 セルフ突っ込みを入れてしまう程に、酒井 僚太が出した答えは予想外だった。


「い、いや待て。明井が断った理由はそうじゃなくてだな……」

「ありがとう! 師匠! 俺、必ずナイト君に勝って見せるっ!」


 いや、だから違うんだって! こいつはあれか? もしかして阿保と言うやつなのか?


「勝つって……一体何をする気だ?」

「そんなの決まってる! それは―――……」



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