第28話 道化師は笑う。おとぎ話は続く

 翌日、いつも通りに登校した俺は、教室に入るなり一直線に亀水 咫夜のもとへ向かった。


「ちょっと良いか?」


 堂々と亀水に話しかける俺に、周囲の目が向けられるのを感じる。一方の亀水も、俺の並々ならぬ雰囲気に、驚きと少しの不安を感じているようだった。


「な、何? 松瀬川君……」

「放課後、校舎裏に来てくれ。話したいことがある」


 それを聞いていた観衆から小さなざわめきが起こる。しかし今の俺にはそのざわめきすらも自信に変わるものだった。

 俺は先日の三好 京子と沢田君との会話である解決策を思いついた。それは俺が彼女に、亀水 咫夜に告白をするというものだ。遂に狂ったかと思われるだろうが違う。

 まず、何故ここまで大きな騒ぎになったのか。それは彼女がこの学校で有名だから、それもある。しかしそれと同時に、今まで男の陰が全く無かったからでもある。即ち皆からの視線を欺くように、ある特定の男と仲良くしていたから不平不満が出て来たのだ。

 沢田君は言った。彼女をアイドルと囃し立てている連中は、彼女をコンテンツとしてしか見ていないと。俺もそう感じた。だからこそ連中は自分の見えるところ以外の変化に敏感で、勝手に変わったことに憤りを感じるのだ。

 だったら対策は簡単だ。俺と亀水の関係をはっきりさせれば良いのだ。人間は自分が理解できない事に恐怖を感じる。賢い人間ならば、その恐怖の本質を知ろうとするものだが、世の中の人間が皆、賢い人間ではない。凡人はその恐怖から逃れようとするし、馬鹿は恐怖を理解しようとせずに攻撃する。沢田君を含めた告白して砕けた奴らが騒がないのも、彼らが亀水 咫夜を理解したからだ。勿論、全てを理解した訳では無いだろう。それは沢田君も、嫉妬していない訳じゃないという言葉で語っている。だがそれでも彼らと騒いでいる奴らでは、亀水 咫夜への理解度が天と地ほどの差がある。

 ではどうすれば連中を鎮められるか、分からせられるのか。俺が亀水との関係を、連中を集めて過去から現在に至るまでの過程を説明してやっても良いが、生憎そんな手間は省きたい。そして彼女自身が説明しても連中は耳を貸さない。となると解決方法は一つだ。見せつけてやれば良い。

 本当はきちんと本人に確認したかったが、亀水 咫夜は恐らく長生 内斗が好きだ。そこに俺の入る隙間は元々無い。だから俺が告白し、その場でフラれれば、俺と彼女との関係はあくまで委員会での付き合いなのだと、嫌でも思うわけだ。それにこうして堂々と、告白する雰囲気を出すものポイントだ。噂が広まるのは早い。明院寺の手を借りずともすぐに広まる。

 ただ問題があるとすれば、俺の初めての告白が確定で失敗するぐらいだ。

 彼女への罪滅ぼしと考えれば、こんな事どうってことは無いから問題では無いんだけどな。


 そして運命の放課後がやって来た。

 俺は一足先に、彼女に伝えている場所で待つ。到着して少し、亀水 咫夜がやって来た。西日の厳しいこの季節、日陰と日向はハッキリと別れていて、こちらから表情は見えづらい。

 日陰の向こう側で彼女は立ち止まる。


「松瀬川君。話って……何?」


 そう尋ねる彼女は、どこか怯えているようだった。手を胸の中央に持って行き、ぎゅっと何かに耐えるように握っていた。


「単刀直入に言う。俺と付き合ってください!」


 深々と頭を下げる俺に、亀水は何も言わない。

 どうした。早く断れ! そうじゃないとお前が不幸になるだけだぞ! 今は顔見知りだからと遠慮しなくていい。だから断ってくれ。

 十数秒の沈黙の後、亀水 咫夜から出てきたのは予想外の言葉だった。


「はい。喜んで」


 ……?

 この状況でこんな返し方は無礼であることは重々承知している。だが、言わせて欲しい……。


「は?」


 顔を上げると、亀水は薄ら笑みを浮かべていた。正確には俺にはそう見えただけ。彼女は日向に立っている訳で、俺からはハッキリと表情が見えなかった。でも薄く笑っているのは分かった。


「これからよろしくね、重信君」


 彼女の言葉がまるで入って来ない……。

 何故? どうして? 彼女が好きな相手は長生 内斗では無いのか?


「あ、そうだ! 今週末、一緒にお出かけしよ?」


 半ば放心状態の俺に、亀水 咫夜は一方的に約束を交わし、俺のすぐ横を通り過ぎて行く。通り過ぎるその瞬間、彼女は俺にひっそりと耳打ちする。


「ごめんね……」


 彼女のその言葉にハッとなって振り向く。


「それじゃあね!」


 無邪気に手を振りながら走り去っていく彼女。

 やられた……。いつから亀水 咫夜が仲間だと思っていたんだ……。彼女は俺が不利益をこうむることを理解した上で、わざと俺との交際を受けたのだ。過去の恨みを晴らす為に……。

 丘上の広場でのあの言葉も、今までの思わせぶりな態度も、全てこうなると分かっての事だったのか……。


「浅はかだった……」


 放心状態で動けない俺の下に、何処からともなく明院寺 道家が現れた。


「アハハハハハ! 良かったじゃないか! ボクもまさかこうなるとは思わなかったよ! アハハハハ! あ~あ、いやぁ……面白い事になって来たね。次はどんな面白い事が起きるのかな? 楽しみに待ってるね、重ちゃん」


 そう言って道家は再び姿を消した。

 沈んでいく夕日は、最後まで俺を照らしてはくれなかった。



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