第77話 女公爵、暗殺者になる

 さて、直接ではなくても、自分のテリトリーを侵されたわけである。穏便にすませた方がよいか?短期的にはともかく、長期的には大体ろくな結果にならなかったのは歴史を紐解けば分かることだ。

 私は戦争を辞さない。だが、流石に今の戦力差を考えると、すぐにと言うのは避けたい。ゲーム中盤のイベントが起きているんだったら、無理やりにでもゲーム中盤の状況にするだけだ。私はあくまで勝てる戦争を辞さないだけである。

 私は王城にある王太子の部屋の前に転移する。何をするのか。王太子を殺すのだ。但し、事故死に見せかけなければ、犯人探しが始まってしまう。始めてほしいのは王太子の座を巡る権力争いだ。本来なら主人公がこの役割を担うので、犯人探しと権力争いが同時に起こるのだが、シナリオが変化している以上、万が一バレて、仇をとるために一斉にウィステリア領に襲い掛かられても困る。

 私はガチャリとドアを開ける。王太子は部屋の中で筋トレをしていた。そのはちきれんばかりの筋肉はほれぼれするほどだ。悪人らしい顔は好みじゃないけれど。この男はもう何人もの奴隷を殺している。


「ノックもせずに入ってくるとは何者だ!」


 王太子は筋トレに使用していたバーベルを、ベンチプレスの台に置き、起き上がろうとする。


「始めまして、そしてさようなら」


 私は王太子を麻痺させる。そして歩いて近づいていき、バーベルを片手で持ち、首の上に置く。ぐっ、というくぐもった声が出るが、流石に王太子だけあって、これだけでは死なないようだ。私は首の支えになっている部分を自然に壊れた様に見せかけて折る。流石に苦しくなってきたのか、顔が真っ赤になった。そして今度は王太子の頭に手を添え、力を入れる。ボキリという音がし、首の骨が折れた。私は周りを見渡し、念の為バーベルの重りを追加しておく。これで王太子の暗殺は完遂だ。私は自分の城へと戻った。



 キャー、という甲高い音と、物が落ちる音が王城に響く。王太子が部屋で死んでいるのが見つかったのだ。死因は深くは調査されなかった。何故なら筋トレが盛んなこの地域で、自分の限界以上のバーベルに挑戦し、事故で死ぬことはままある事だったからだ。筋肉の限界に命がけで緒戦をするのは、恥ずかしい事でも何でもないため王太子は名誉の死を遂げたことになった。

 王太子の席が空白になった事で、水面下で権力争いが始まり始める。前王太子は王子の中で頭一つ抜けていたが、王太子の候補には5人の王子がいるのだが、誰も決定打に欠けた。しかも全員母親が違った。当然ながら王子の母親の生家がそれぞれの王子を押す。国王も特に急いで決める事もなかった。何故なら、競争相手を倒した強者こそが、王太子にふさわしいからである。

 本来なら王太子を筆頭にウィステリアを攻める計画だったが、軍にまとまりがない今は攻めるべきではないと国王は判断した。



 私は王領になるべく多くの使い魔を配置した。余りにも多く配置するとバレる可能性がある為、慎重に配置場所を選ぶ。そして使い魔及びスパイたちからの情報では、王家は混乱とまではいかないものの、王太子の座を巡って権力争いが発生しているらしい。本来なら主人公がここからさらに引っ掻き回すのだが、私は慎重に事を運んでいくことにする。

 ギルフォード男爵領は援軍到着まで持ちこたえた。というか思いのほか援軍が早かった。なんでもキザラート団長が、私が王家に取り込まれた場合反逆するために、密かに有志を集めていたらしい。のほほんとしているようで油断できない男だ。だが頼りになることは間違いない。私はシャガーガン伯爵にどう対応するか決めるためにギルフォード男爵の館へと向かった。


「この度は、援軍を出していただき有難うございました」


 私が館へ着くと、男爵が片膝をつき、頭を地面に接せんばかりに下げてきた。


「いえ、これまでの功績を考えれば当たり前の事です。寧ろ正々堂々と軍を出せなかった事を申し訳なく思っています」


「いえ、そのような事はりません。おかげで領を守ることが出来たのですから」


 ギルフォード男爵は今にも泣きそうな潤んだ目で私を見てくる。ギルフォード男爵の忠誠心は最高値まで上がっている。


「それで、こちらの被害とシャガーガン伯爵の被害はどうなっているのかしら?」


「それは私から説明しましょう」


 ジフロネットがそう言ってくる。副騎士団長を辞め、今は私に対する反逆者集団のリーダーだ。


「こちらの被害は死者約250名、対してシャガーガン伯爵の死者は約2000名。数字だけ見ると圧勝ですが、ギルフォード男爵殿、レヘンシア騎士爵殿の兵士が死者の約半数を占めており、開戦前の半分以下にまで減っています。我々がいなくなったら、次の防衛は難しいでしょう。ですが、我々を駐留させ続ける為の物資がありません」


 物資自体はこちらから出すことはできるが、反逆軍は約1000名、この町で駐留できるような人数ではない。怪しまれるだろう。


「それでは逆にシャガーガン伯爵の所を攻めましょう。シャガーガン伯爵の属してる派閥以外の王子に付け届けを忘れないでね」


 一枚岩でないとこういう時助かる。私はじわじわと切り取っていくことにした。

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